お邪魔します
「…………さて、どうすっかな」
気持ちよさそうに寝落ちしているひよりんを眺め、独りごちる。
とりあえず起きて貰わない事には始まらんか。
「おーい、ひよりんさーん? 起きて下さーい」
触れる勇気などある訳もなく、とりあえず普通に呼びかけてみるが…………全く反応が無い。
「ひよりんさーん? お願いだから起きて下さーい」
「んん…………」
耳元で呼びかけてみる。俺の声に反応してうめき声をあげるも、目を覚ましてはくれなかった。
「…………つーか」
酒臭ええええええええ。
つーんと鼻に来るアルコールの匂いに、涙が出そうになる。
「はあ…………」
あの日、ザニマスのファーストライブで、ステージの上で輝いていたかっこいいひよりんの姿が、音を立てて崩れていくような気がした。
「うーん…………そーま…………おかわり…………」
「…………どんな寝言だよそれ」
夢の中でも飲み食いしてるのか?
まあでも、俺の作ったご飯を美味しく感じてくれてたってことか。なんか嬉しいな。
「ほら、起きて下さいって」
おそるおそる肩に手を掛ける。
出る所は出ているのに、ひよりんの肩は冗談みたいに華奢だった。少し力をいれたら壊れてしまいそうで、その事が強烈にひよりんの「女」の部分を俺に意識させ、急に顔が暑くなった。
「…………マジで冷静になれ俺」
テーブルに残っていたお冷をぐいっと飲み干す。ここで変な気を起こしたら、送り出した静や真冬ちゃんに顔向け出来ないし、それ以前に犯罪だ。俺の理性が試されている。
「んん…………そーま…………?」
「あ、起きてくれましたか」
ひよりんが目を擦りながら起き上がる。俺は心から胸を撫でおろした。自分が何をしでかすか、ちょっと保証が出来ない状態だった。
「わらし、ねちゃってたんだ…………ごめんねえ」
「いや、大丈夫ですよ。立てます?」
「んー」
ひよりんは立ち上がろうとして────ふらっとテーブルに手をついた。足元が覚束ないようだ。
「あたまがぐるぐる…………ちょっろむりかも」
「ですね…………」
ひよりんは何とか上体こそ起こせたものの、頭がぐわんぐわんしていた。呂律も回ってないし、まだ酔いが抜けてないみたいだ。
「…………そーま、だっこ」
「へ?」
「ん!!」
ひよりんは甘えた声を出して、俺に両手を伸ばしてくる。
ええ…………だっこって…………マジか。
だっこしたらさ…………当たるじゃん。色んな所がさ。
「はーやーく! だっこ!」
「はいはい…………分かりましたよ」
ひよりんの傍に寄って少し腰を落とすと、ぴょんとひよりんが飛び移ってくる。
瞬間ずしっとした重みが身体を襲うがそれも一瞬の事で、ひよりんは冗談みたいに軽かった。
因みにネットの情報によるとひよりんの身長は154センチ、体重は「ヒ・ミ・ツ」。
「ん~♪」
「ちょっとひよりんさん、顔くっつけないで下さいって」
ひよりんは俺に抱き着くや否や、横顔に頬を擦り付けてくる。
すべすべの肌がひんやりしてて気持ちいいけど、アルコールの匂いに混じって濃い女の子の甘ったるい匂いがして、つーか全体的に柔らかすぎて、正直興奮した。
…………だから興奮しちゃダメなんだって。
「ほら、行きますよー」
胸板に当たっている柔らかな2つの感触と、太ももから尻にかけて巻き付いている健康的な脚を何とか意識から排除し、俺はエントランスに出た。
ひよりんの家の前に立ち、一応扉を開けてみる。
………まあ、開くわけないよな。
「ひよりんさん、鍵開けれます?」
「んん…………ぽけっと…………」
「ポケット?」
「う~ん…………とって…………」
「ええ…………」
ひよりんはうちに来る前に楽な服装に着替えて来たのか、寝間着のようなショートパンツを履いていた。
それでさっきから生足が丸見えになっているわけだが、それはともかくとしてショートパンツには小さなポケットがついているようで、どうやら鍵はそこに入っているらしい。
「でもな…………」
ショートパンツのポケットって…………それもうほとんど股だぞ?
流石にそんな所に手を入れるのはきついって。俺は大学生の男なんだぞ。
推しのアイドル声優と完全に密着しているこの状況。なんなら相手は俺に抱き着いてきている。
ホントにもう、マジで、勘弁してくれ。
手を出してない俺を誰か褒めてくれよ。
「んじゃ取りますけど…………変な所触っちゃたらごめんなさい」
抱っこしているせいでロクに下が向けないため、俺は手探りでひよりんの下半身をまさぐった。
多分この辺にポケットがあるはずなんだが…………
「んっ…………! あははっ、くすぐった~い!」
「ちょ、変な声出さないで下さいって」
…………マジでびっくりした。艶めかしい声に、どうしてもある部分が反応してしまう。
「あった、これか」
ひよりんの股付近からどうにか硬質の感触を探し出し、ポケットから引き抜く。そのまま鍵穴に差し込むと、カチャ、と解錠の音が聞こえた。
「…………じゃあ、お邪魔します」
まさか八住ひよりの家に入ることになろうとは。
そんなこと、2週間前は夢にも思わなかったな。