ケイスケの気持ち
「おっす、大将」
真冬ちゃんと入れ替わるように、ケイスケがやってきた。手にはカレーが乗ったトレイを持っている。…………本当にカレーが好きだなこいつは。
「おっす。最近どうよ」
ケイスケと会うのはそれなりに久しぶりだった。特に連絡を取り合って飯時に集まっている訳じゃない俺たちは、たまにこうやって会わない期間が出来る。大抵はケイスケが金欠で学食に来ないだけだが。
「まぁーぼちぼちだな。学祭の準備で寝不足だ」
ケイスケは俺の向かいに腰を降ろすと、早速と言った様子でカレーを食べ始めた。食べながら喋りかけてくる。
「ここ、誰か座ってた? ケツがあったかいんだけど」
「さっきまで真冬ちゃんが座ってたけど」
「うおっ、マジか! …………真冬ちゃんもちゃんと温かいんだな」
「何だよそれ」
「いや、なんか氷の女王って感じじゃん。体温なくても驚かないっていうかさ」
「真冬ちゃんを何だと思ってるんだよ…………」
雪女か何かだと勘違いしてないか?
「まあそれは置いといてさ。最近の真冬ちゃん、マジで大人気だな。彼氏としてさぞ鼻が高かろうて」
「べっ──」
──つに、真冬ちゃんは彼女じゃない。
と本当のことを言う訳にもいかない。俺が彼氏役をしていることで、真冬ちゃんはまともな大学生活を送れているんだから。
「まあ…………そうだな。ただ、俺まで注目されるから割と疲れてはいる」
「ははっ、それは仕方ないだろ。俺だったら寧ろ気持ちいいくらいだけどな。彼女が可愛くて嫉妬されるなんてサイコーじゃんか」
何でもないことのようにケイスケは言う。当事者じゃなければ俺もそう言っていたかもしれない。
「まあ真冬ちゃんに比べたら遥かにマシだろうからな。彼氏の俺が音を上げる訳にもいかないか」
「そうそう。旅行も待ってるんだから頑張れって」
「…………旅行ねえ」
真冬ちゃんがミスコンに参加するかわりに提示した「優勝したら俺と旅行に行く」という条件は、このままではそう遠くない未来、現実になりそうなのだった。
真冬ちゃんと二人で旅行…………俺、マジで襲われるんじゃないだろうか。色んな意味で。
と、考えたところで、ふと思う。
「なあケイスケ」
「なんだ?」
頬にカレーを詰めながら、ケイスケがこちらを向く。
「俺が真冬ちゃんの彼氏だって、皆知ってるんだよな?」
「そうだな、大抵の奴は知ってると思う。俺も結構お前のこと訊かれるし」
「マジか。まあそれは今はいいや…………でさ、ぶっちゃけミスコンって彼氏持ちでも人気になるものなのか? アイドルとか彼氏バレすると露骨に人気落ちたりするじゃんか」
言い方は悪いが…………他人の物を手放しに褒められる人間はそう多くない。人気商売では彼氏彼女の存在は隠すのが暗黙の了解になっているのがその証拠だ。
ケイスケは俺の質問に対し、ちょっと難しい顔をした。何か言いにくい事があるような、そんな顔。
「んー、まあ普通は彼氏いたらマイナスになると思うんだけどさ。現に他の参加者は彼氏いるって公表してないし。でも…………いやあ、これは言っていいのか……」
「何だ? 気にせず言ってくれ」
「そうか? なら言うぞ? …………ぶっちゃけ、蒼馬、お前あんまり脅威に思われてないっぽいんだよ」
「脅威に思われてない? どういう意味だそれ」
想像していなかった言葉が飛び出してきて、一瞬頭が固まる。
「だから…………お前相手なら真冬ちゃん奪っちゃえるんじゃね、って思ってる奴が多いってこと。まあほら、なんつーの…………お前って、別に超絶イケメンって訳じゃないじゃんか」
「そうだな。全然イケメンじゃないと思う」
答えながら、合点がいった。
つまり俺と真冬ちゃんが全然釣り合っていないから、真冬ちゃんは実質フリーのように思われてるってことだ。自分で言ってて情けなくなるが、まあそうなるよなという気もする。どう考えても俺と真冬ちゃんは全然釣り合ってないだろう。
「いやほら、俺は勿論お前と真冬ちゃんはお似合いカップルだと思ってるぞ? 真冬ちゃんがどれだけお前に惚れてるかも知ってるしさ。でもそれを知らない奴らはそうは思ってないんだよ。寧ろ……お前の存在がちょっとしたスパイスになってる的な?」
「俺はいつから香辛料になったんだ」
蒼馬の香辛料、ソウマサラ。
アホか。
「他人の物ほど欲しくなる、ってのは人間のサガだからさ。今は嵐の前の静けさっつーか、皆静観してるけどよ。俺の見立てじゃ、学祭終わり次第真冬ちゃんに近付こうって輩は多いだろうな。それこそ他の大学の奴らなんて彼氏いる事知らないだろうし。学祭で声掛けようって思ってるん奴も多いんじゃねーか?」
気ぃ付けろよ、とケイスケは真面目な顔で言う。
口の端にカレーをつけながら言った所で全然緊張感はなかったが、それはそれとしてケイスケが言ったことが本当なのであれば結構深刻な状況だった。ソウマサラなどと言っている場合ではない。
「ありがとなケイスケ。気を付けるよ」
「いいって。元はといえば俺が真冬ちゃんにミスコン出てみないかって誘っちまったのが原因だし。それに……俺は本気でお前と真冬ちゃんはお似合いだって思ってるんだよ。だから変な奴に取られないでくれよ?」
ケイスケは笑った。
その笑顔が、少し心苦しかった。