結婚式編 12
西の塔は黒い煙を天高くに、熱をその周りに放ち、誰も近づくなと威嚇していた。ニック達が到着した時には、それでも何とかしようと塔に近づく騎士と塔から少し離れた位置に塔から逃げてきたのかくたびれた様子のメイドが10人ほどいた。
「状況はどうなっておる! 」
「良くわかりません」
「分かった。他に誰か! 取り残されておるのが分かる奴はおらんか! 」
「分かりません。そこにいるメイドたちに訊いてください! 火の手が強くて2階より先は全く分からないのです」
「ドラム! 儂が行く! 」
「平気か? 」
「応よ! 」
「頼む」
到着して、一番にドラムは質問する。それに対して、手近の騎士は間髪入れずに答えた。
彼らも、手探りで立ち向かっている。塔の中にどのくらいの人が残っているのか、生きているのか、そして、助けられるのか、恐ろしいという感情に蓋をして、何とかしようと彼らは懸命に前に向かっていた。しかし、西の塔は3階建てほどの高さがあり、彼らが何とかしようと決意しても現実難しいものであった。
それを聞きながら、ニックはすぐに決断する。熱に強く、煙をいくら吸っても問題ない。彼以外にこの状況に立ち向かえる者はいない。ドラムが一度確認すると、ニックはいつものように返事を返して西の塔に飛び込んだ。
「はい、ちょっと失礼、怪我した娘はいる? いるなら見せてちょうだい。ギクリ姉、水を出して」
「いいわよ。どのくらい? 」
少し離れた位置、塔から逃げてきたメイドたちの様子を見るためにヒノクは近づいた。それに気づくとメイドたちはヒノクに警戒するようにスッと動いた。巧妙に全員が壁となって、一人横になった少女をヒノクから隠したが、一瞬だけ、その姿が見えた。ヒノクは慌てて、その壁の向こうの少女の元に向かおうとする。
「そこをどいて! その子、倒れているじゃない! 」
「ちかづくな! 」 「そんな人はいない! 」 「来るな! 」 「あ、あの、私も怪我しているので、先に見てください。こちらです。」 「そ、そうだ。あいつから見てやってくれ! 」
「うるさい! まずはその娘からよ! その娘は煙を吸ったの? それとも、どこか怪我したの? とにかく退きなさい! 」
「ダメだ! お、……、あんた見せる気はない、」 「命に別状はないはずだ。ただ、少し寝ているだけ、」 「そう、休んでいるだけだ! 」
「ごちゃごちゃとせめて脈と呼吸だけでもみせなさい! 私は奇跡が使えるの! あんたたちが素人判断でその子に何かあったらどうするの! 」
「う、うるさい! 大丈夫なんだ! 」 「ねぇ、でも、お嬢様、起きないし、診てもらった方が? 」 「バカ! あんた! 」
「ヒノ? 水はこれくらいあればいいの? あと、向こうからも呼ばれているわよ? 」
「お嬢ちゃんたち、ちょっと聞きたいことがあるんじゃが? 今、この場にいない人間はいるかい? 」
ヒノクとメイドたちが舌戦を繰り広げる場所にギクリとドラムが現われる。2人は、それぞれ目的は違うが、両者のぶつかり合いを止めてくれた。ヒノクは、一旦、火傷を負った騎士たちの元に向かい、ドラムはメイドたちに質問を始めた。
「じゃあ、お嬢ちゃんたち、今、いないのは、ザーマ様でいいのかな? 」
「は、はい、そうです」
「後ろの娘は、大丈夫なのかな? 」
「え、ええ、大丈夫です」
「そうかい。分かった。ありがとう」
「あ、あの、助けられるのですか? 」
「ああ、大丈夫だよ。今向かっている。」
ドラムは聞きたいことを聞き終えるとすぐにその場を離れ、また、塔の方に向かった。9人のメイドは塔に向かうドラムの背中を少しの間だけ眺めた。
彼女たちとしては、今も中に残る人を助けてほしい。しかし、その人が助かるという事は、目論見が発覚することになる。矛盾していると考えればわかるが、それで説明がつくでもない。複雑な気持ちでカースから頼まれた眠るメイド服の娘のためだと無理やり納得させる。
「お嬢様、少し、ほんの少し失敗しました。なので、脱いでください。裸になって、神に祈りましょう! 」
「みんなは怪我していいなの? 」
「お嬢様、申し訳ありません」 「思っていたより、相手が強かったです」 「お嬢様、ごめんなさい」
「ほら、みんな、悔しいんです。お嬢様の裸体で慰めないと! 」
「カース! 何か考えてるんでしょ? 」
「……、ここに火を放ちます。話を聞く限り、かなり優しいみたいですし、怪我をしたという形であれば、必ず助かるでしょう」
「なるほど、」 「カース様、」 「では、すぐに準備します」
カース以外のメイドたちがザーマの元に集まったのは、最後の手ごまを向かわせた後であった。一番初めに組み立てていた作戦は全て失敗し、彼女たちは申し訳ないという表情でそこに現れた。ザーマもその彼女たちの顔を見て、全てを察して顔を伏せる。そんな中で、一人、バカみたいに明るい声で、バカなことを口したのがカースであった。
普段から、おかしい彼女であるが、決して理由なくおかしなことは口にしない。何か、考えがあるかもしれない、その程度の気持ちで、ザーマはカースに尋ねる。そして、それにカースは見事に応えてくれた。暗かった未来に少し明るさが見える。全員の顔が上を向く。
「貴女、考えていることがあるなら、先に言いなさい。変な事ばかり口にするから、」
「……、えへへ、お嬢様、ご褒美下さい! 」
「何が欲しいの? 」
「キスもいいですねぇ、上目遣いで大好きとか言ってもらうのもいいですねぇ、」
「……、いつも思うのだけど、あなた本当に日本人ではないの? オタクとか、萌えっていう言葉は知らないのよね? 」
「知りません。でも、何となく、分かりますよ。……、あ、ご褒美、笑顔で抱きしめてください。お嬢様! 」
「はいはい、どうぞ、」
「わーい! クンクン、すぅー、はー、ああ、何でしょうか、キマスね、これ、最高ですよ! 」
「もういいでしょ! 離れなさい! 」
「はい! お元気で、お嬢様」
カースが何をしたのか、最後の言葉を掛けた瞬間、抱きしめていたザーマがぐったりと動かなくなる。他のメイドたちもあまりにあっという間の出来事に反応できない。
「お嬢様の事は頼みます」
メイド全員にそういうと、カースは服を脱ぎ、ザーマの服を脱がせ始める。その段階で、ようやく、他のメイドがぶちギレた。
「カース!」 「いくら何でも、そんなことするとは思いませんでしたが、ここに来てするとは、貴女は最低です! 」 「死ね! 」 「クソが! 」 「……!」「!」
「ちょっと待て、ちがう、いくら何でも、無理やりはしないから、ちょっと、聞いて!」
罵り、こぶしを振り上げてカースに向かうメイドたち、カースはその殺気だった集団に魂の命乞いを始める。
「ここでお嬢様が見つからないと、王国は威信をかけて探すはずよ? いつまでも逃げなくてはならないわ。だから、ここで私がお嬢様の代わりになるの! 」
「無理だろ? お嬢様の服、サイズが違う、私がやる」 「いえ、ここは私が、カース様がいないとお嬢様は、」 「わ、私が」
「いいの、お嬢様の香りに包まれて、いいでしょ? それにね、さっき、お嬢様にご褒美もいただいたしね、それに、お嬢様はきっと誰がそれをやっても喜ばない。そんなお嬢様を見たくないの。ごめんね、押し付けて、私は最高の笑顔のお嬢様を見て笑っていたと伝えてちょうだい。お願いね」
カースは笑顔で全員にお願いする。その笑顔に誰も何も言うことはできず、頷いた。