結婚式編 13
そこからの動きは早かった。誰も口を開かず、黙々と、火の手が広がるように準備して、全てが終わる頃、ザーマの服を無理やり着たカースが笑顔で全員に声を掛けた。
「よろしくね、……、あ、あと、なんか換金できるものは持っていきなさいよ? お嬢様に苦労掛けたら、夢に出てやるよ? 」
「その格好で? それは嫌ね」「うんうん」「えー、今、言うんですか、それ? 」「うーん、カース様が言うと冗談に聞こえない」「ほんとに出てきそうね」「細工の入ったものがいいかな? 」「あの燭台は? 」「カース様、」「抜かりなく」
「そう、じゃあ、お願いね、いや、よろしくお願いします」
最後にカースは深々と頭を下げて全員を見送る。メイドたちはそれに対して、何か言うことはしなかった。黙ってその姿を目に焼き付けた。眠るザーマを起こさないように慎重に階段を降り、準備していた油を撒けて、それに火を放った。
勢いよく燃え広がる火を目で追いながら、先ほどの、カースの姿を思い出し、それを振り払うように、塔から飛び出して、大声で火事だと伝える。すぐに人が集まり火の手を消そうとする中、メイドたちは塔から少し離れた位置で動けなくなった。
安全に逃げ出すために、もっと人が集まるのを待つ為に、動かない足をそんな言い訳で正当化し、メイドたちは皆誰もがそこから動けなかった。合理的でないし、カースの犠牲を、願いを無視している行動だが誰もそれを咎めない。
やがて、一番の障害となる脅威が向こうから近づいてきた。彼らさえいなければ、そんな思いが湧き上がるが、使い手は親身になってこちらを心配し、男は力強く安心を約束した。動くべきであるのに動けない、彼女たちは最後までその場に残ってしまった。
「おーい! おーい! ザーマちゃん? ザーマちゃん? どこにおる? 返事してくれ! 」
煙と火によって視界が塞がれる中をニックはものともしないで突き進んだ。ドラムの話で最上階にいるはずのザーマの元を目指して、火に包まれた階段を軽快に駆け上がり、頑丈に作られた扉を一つ一つ蹴破った。
煙に含まれる有害な毒も、渦巻く炎の熱も、今のニックには全く害をなさない。しかし、生身の人間であれば、この環境に長く耐えることはできない。ニックはセリフとは裏腹にかなり焦りながら、ザーマを捜索する。
「おーい! おーい! 生きとったら、返事せい! 」
何か微かに動いた音が聞こえた。ニックはその扉を勢いよく蹴破り、中で倒れる令嬢を見つける。
「ザーマちゃんか? おーい? 」
ニックは倒れた令嬢の元に駆け寄り、仰向けにして、息を確認するため顔を近づける。ガッツーン!!と大きな音を立ててニックの兜が吹き飛んだ。そして、悲鳴が上がった。
「おーい! おーい! ザーマちゃん? ザーマちゃん? どこにおる? 返事してくれ! 」
「……マジですか? ああ、職務熱心だこと、ほんと、働かなくていいことに働くんだから、」
全員と別れた後、カースはザーマの幽閉されていた部屋に戻り、隠していた短剣を手に持って葛藤していた。幼いころから、一緒にいたザーマの事を思い出して、過去のどんな些細な事でも楽しく思い、その先に自分が一緒にいられないことを悲しく思った。
母がいないザーマの母に、姉に、妹に、友人に、できるならば、最後まで共にいたいと思いながら、カースはあふれ出るものを抑える。
流石に、火の手が迫るまでじっと待ち続けられるほど狂っていない。じわじわと死んでいく前にいっそ自らと用意したものだが、いざ目の目にしてどうしても剣先が震えた。
長いことそれと戦いながら、気づくと外から声が聞こえてきた。炎と煙に包まれた塔の最上階にまさか乗り込んでくる奴がいるなんて想像していなかった。カースは自分以上に狂っている騎士に感心しながら、どうしようか困り果てた。
もしここで、助けられると、身代わりがばれてしまう。カースは少し長い棒を手の届く場所に置き、短剣を胸に隠して物音を立てた。外にいる騎士は有能なのかすぐに扉を蹴破り、すぐに呼吸を確認しようと顔を近づけてくる。気づかれないように目を固く閉じて、完全に注意がそれているタイミングで渾身の力を込めて棒をその兜に叩きつけた。
ガッツーン!!とかなり小気味よい音がした。手ごたえも思っていた以上にあった。立派な兜がそのまま壁にぶつかる。兜のあった場所に首がない。なるほど、この仕事熱心な騎士も巻き込んでしまうのは可哀そうだと思った。しかし、まさか、自分が頭ごと吹き飛ばすなんて思わなかった。
カースはまるで、10代の少女のような悲鳴を上げた。
「お、おい、大丈夫だ。安心しろ、儂は平気じゃ。落ち着け」
「……しゃべった? きゃぁぁぁああああ! 」
「おい、落ち着いて、ああ、ちょっと待てろ、逃げるな!」
「いやぁぁぁあああ!! 」
カースはそのまま、火の手と煙が渦巻く部屋の外に飛び出した。彼女はザーマの為に、自ら死ぬ覚悟は決めた。確かに、そうであった。
しかし、そうであっても、いきなり、目の前に化け物が現れたのだ。彼女が走って逃げる様子に、ニックはノイエから聞いていた素晴らしい令嬢という話を思い出し、確かに素晴らしい逃げ足だと感心する。ノイエがウソをつくはずないので、逃げるカースをザーマだと思っているニックは何とか彼女に素晴らしい点を見つける努力を欠かさない。
「待て、おーい! 待たんか!! ザーマじゃろ! 儂は助けに来たんじゃ! ほれ! 一緒に出るぞ! 」
「くるなぁあああ! お化けぇえええ!! 」
「お化けではないのじゃが、うーん、ほれ危ないからおいで? 」
「うるさい! あつ、うわ、火の手が、」
「ほら、おいで、お前さんは必ず助けないといかんのじゃよ! 」
「……、なんで? お前みたいなのがここにいる?」
迫る火の手、感じる熱に、理性的に話すニックよりも恐怖を感じて、ようやくまともに向かい合った。狂信者であり、保護者気取りの2人は話し合う。