第九十二話「結婚の前に用意するモノ 前編」
シルフィと結婚することとなった。
結婚。
前世では踏み込めなかった領域である。
さらに言えば、少々早まった気もしている。
ゆえに不安な気持ちも大きい。
だが、それ以上に、夫婦という間柄なら許されるであろう、あんな事やこんな事への期待も大きい。
あの可憐な少女が俺の毒牙に掛かると考えると、今から垂涎である。
いや、もちろんシルフィの嫌がる事をするつもりはないが。
しかし、困った。
思えば、俺はこの世界の結婚システムをよく知らない。
少なくとも、今まで結婚式というものは見たことがない。
パウロもリーリャとの結婚式は上げていない。
まぁせいぜい、村の人を呼んでお祝いをした程度だ。
アスラの貴族は婚姻となればパーティでもやるのだろうが、式というものは聞いたこともない。
とはいえ、婚姻や結婚、
しかしわからない。
結婚とは何なのか。
結婚する男が何をすべきか。
どうすればいいのか。
この世界にきてもう16年も経過するというのに、そんな基本的な常識もわからない。
いやなに。
わからないなら、わからないでいい。
人は学ぶ事ができる。
わからなければ、聞けばいいのだ。
「結婚ですか?」
まず、夕飯の時間にザノバ(26歳・バツイチ)に聞いてみる事にした。
場所は寮の食堂である。
「余の時は、祝儀品として家畜や兵、食料などを相手の家に贈りましたな」
シーローンでは婚姻する場合、男の方が女の親族に対して祝儀品を送るのが常識らしい。
「お前は王子だから、もらう方なんじゃないのか?」
「うん? 王子だろうがなんだろうが、男の方が出すのは当然でしょう」
と、そこでクリフがひょいと首を突っ込んできた。
「ミリスでは逆だな。女の家族が、花嫁に結納品を持たせるんだ」
クリフは、夕飯を俺たちと一緒に取る事が多くなってきた。
こいつも友達少ないからな、寂しいんだろう。
「へぇ、でもそれだと、女性の家族は失うだけではないですか?」
「その代わり、男の方は女の家に何かあった時に、必ず助けるんだ」
「なるほど」
ミリスにしろシーローンにしろ、婚姻は家と家の繋がりであるという認識が強いのだろう。
「ま、もっとも種族が違えば、婚姻も色々さ」
「長耳族ではどうだったんですか?」
「……まだリーゼとは結婚してないんだ。呪いが解けてからって約束だ。だからよく知らない。リーゼは普通の長耳族とは違うから、そういう事にはうるさくなさそうだけど」
気の長い話だ。
しかし、こうして話していても、やはり式の話は出てこない。
結婚式というものは無いのだろうか。
無いのなら、無いでいいか。
「僕が誰かと結婚するとして、何が必要になりますかね」
「そうだな……まずは家だろ?」
「うむ」
クリフの言葉に、ザノバも頷いた。
家。
家か。
「え? いきなり家ですか?」
「当たり前だ、結婚するのに、家もなくてどうするんだ」
ザノバを見ると、彼も当然という顔で頷いていた。
この世界では、結婚するという事は家を持つという事なのか。
そういえば、パウロも結婚するにあたってブエナ村に住むようになったんだったか。
それまでは宿屋暮らしの冒険者で。
フィリップに頼んで、家と職を手に入れた、と。
「大体、寮には女子は入れないんだぞ。
普通は結婚したら寮は出て行くか、卒業まで結婚は控えるものだ。
住む所がないからな」
そう言われてみると、確かに。
寮で夫婦が暮らしているという話は聞かない。
既婚者用の寮も無い。
ここらには『別居』という概念はあまりない。
基本的に、夫婦は一緒に暮らすものだ。
「相手側がいい所のお嬢さんで、家を持っているってんならともかく、どっちも家無しだったら、男が用意するのが甲斐性ってもんだろ」
クリフの言葉には、過分な男尊女卑が見て取れる。
が、それを差し引いても、この世界の常識はそんな感じになるのか。
そういう事なら、俺が用意するのが筋だろう。
むしろ、用意していなければ幻滅される可能性もある。
「わかりました。まずは家ですね」
そう言うと、クリフは訝しげな表情を作った。
「というかルーデウス、お前、結婚するのか?」
「……ええ、まあ」
「誰と?」
クリフの問い。
シルフィの名前は出していいんだったっけか。
いずれバレるのは確定的に明らかなんだが、まぁもう少し隠しておくか。
「僕の病気を治してくれた人です」
「……ああ、なるほどな。名前は?」
「ええと、それは今のところナイショという事で」
「そっか……まあ、もし相手がミリス教なら言ってくれ。僕はこの町の司教と顔見知りだし、略式でいいなら祝詞もあげられるからな」
「はい」
一応、ミリス教団には結婚式的なものはあるらしい。
日本だと結婚式はやけに特別視されているが、こっちではそうでもないのか。
しかし、この世界だと、宗派が違うのに真似をしたら怒られそうだな。
大体、俺はミリス教徒じゃない。
シルフィも違うだろう。
「それにしても、家か……家は高いでしょうね」
「師匠、金に余裕が無いのでしたら、余が援助いたしますが?」
「いえ……この事でザノバに頼るのも情けない気がします」
と、強がっては見たものの。
このへんの家の相場ってどんなもんなんだろうか。
俺の手持ちで足りればいいんだが。
「とにかく明日、町に出て物件を見てきます。もし無理そうなら、お願いするかもしれません」
「無論です。この町で一番大きな家でも購入できる程度には持っているのでご安心を」
ザノバはそう言って、笑っていた。
小国とはいえ
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翌日、俺は不動産屋へと赴いた。
普通なら、領主が領民に土地と建物を貸し出す形になっている場合が多い。
だが、ここ魔法都市シャリーアには明確な領主がいない。
魔法三大国や魔術ギルドが人を出しあって管理している。
領主がいない状況で起こる問題を『不動産屋』を設置して解決しているのだ。
実際どういった問題が起きているのかはわからない。
俺は便宜上『不動産屋』と呼んでいるが、正式名称は『土地管理斡旋所』とか、そんな感じである。
空き家を売買したり、空いている土地に建物を建築する事を許可したり指示する。
いわゆる役所だな。
そんな不動産屋の受付にて「家が欲しい」と言うと、リストを渡された。
1ページに物件の情報がまとめて載っている。
住所や土地の広さ、敷地の大きさ、建物の部屋数、値段、住所等。
小さな部屋から、大きな家まで、様々だ。
「ふむ」
正直、どれぐらいの家を買えばいいのか、俺にはサッパリわからない。
やはり一軒家で、庭付き、犬が飼えるぐらいの大きさはあった方がいいだろうか。
それとも、長屋のようなアパルトメントでも問題無いのだろうか。
シルフィは王女の護衛だ。
護衛抜きにしても仲がいい。
となると、アリエル王女が来訪する場合もある。
その場合、あまり見窄らしい家だとマズイだろう。
かといって、貴族用の高級住宅となると、手持ちでは手が出ない。
ザノバに援助を頼もうか。
いや、奴を財布代わりに使うのは気が引ける。
そこそこの家なら手持ちで買えるわけだしな。
「うーむ」
シルフィと一緒に来た方がよかったかもしれない。
こういう大きな買い物は、嫁と相談するべきではないだろうか。
いやいや、この世界では家は男が購入し、女を迎え入れるものみたいだしな。
シルフィに相談したら、情けない男だと思われてしまうかもしれない。
甲斐性ぐらい見せておかねば。
「広くて、部屋数が多くて、しかも安いような物件は……」
俺はリストを見ながら、物件を探していく。
どこの世界でも、家は当然のように高い。
新婚用のアパート的な物件なら安いが……。
「ん?」
と、そこで俺は一つの物件を見つけた。
リストの最後。
古びたページの一軒家だ。
大きさ的には、館とか屋敷といってもいいかもしれない。
場所は居住区の隅だが、位置的に魔法大学からはそう遠くない。
2階建てで、庭や地下室もある。
難点があるとすれば、築がやや古いという所か。
値段は驚くほど安く、同程度の物件の半値以下。
これぐらいなら、買ってもまだ俺の手元にいくらか残る。
「これは、なぜこんなに安いのですか?」
職員にそう尋ねると、苦笑いをされた。
「いえね、実はその館は呪われていまして」
「ほう、呪いですか」
「はい、夜中になると、キリキリ、キリキリという音がして、
でも、探してみても、何も見つからない。
家鳴りか何かだと思って放っておくと、翌日に家の者が惨殺されているのです」
マジか。
まあ、よく聞く話ではあるな。
呪いの館。
悪霊でもついているのだろうか。
この世界にはそういう魔物もいるし。
「除霊などはしなかったのですか?」
「それが、冒険者ギルドの方に依頼は出しているのですが、中々受けてもらえず、受けてもらえたとしても、その冒険者の方も惨殺されるという有様で」
要するに、色々あって未だ誰も除霊に成功していないそうだ。
ちなみに、依頼の討伐ランクはEだそうだ。
ランクを上げたいが、予算が降りないのもあり、冒険者ギルドとの軋轢もありで、色々と難しいらしい。
「魔術ギルドの方には?」
「彼らは、土地の事には口出ししにくい立場でして、自分たちでなんとかしろと、はい」
呪いの館に、諦めかけている不動産屋。
そういえば、魔大陸を旅している時にも似たような事があったな。
この世界ではよくある事なのだろう。
「もし、僕がその家の除霊に成功したら、タダで譲っていただける……という事になったりはしませんかね」
何を言ってるんだこいつは、という顔をされた。
そりゃそうか。
別に売れなくて困ってるってわけでもないみたいだしな。
「すいません。では仮契約という事で、後日物件を下見に行ってきますので。そこで気に入ったら本契約の方を進めるって形でどうでしょうか」
「…………では、こちらにお名前をお願いします」
値下げ交渉に失敗したが、俺は気にせず用紙に名前を書いた。
ついでに保証人のような所もあったので、アリエルとバーディガーディの名前も書いておいた。
提出。
用紙を見ると、職員は顔色を変えて、奥に引っ込んだ。
すぐに責任者っぽい人物が現れた。
揉み手をしながら。
名前だけでこれとは、俺も有名になったものだな。
いや、アリエルとバーディガーディの名前が効いているのかもしれない。
どっちもか。
少し話したら、値下げ交渉が成立した。
さらに半値になった。
ていうか、腫れ物のように扱われた。
クレーマーのつもりはないんだが。
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数日後。
幽霊屋敷にやってきた。
築百年以上という事だが、建物自体はガッシリとして見える。
この世界では、あらゆるものに魔力が宿っているせいか、朽ちるのに時間が掛かるのかもしれない。
全体的なフレームは石や土で作られており、床などを木張りにしている感じだ。
木材と石材の複合建築。
壁面には蔦や苔がべったりと張り付いている。
それを除けば綺麗なものだ。
もっとボロボロなのを想像していた。
「さて、ザノバさん、クリフさん、参りましょうか」
俺の背後には、ザノバとクリフが立っている。
俺はA級冒険者であるが、ソロで冒険するほど自意識過剰ではない。
ゆえに、頼れるシールドとして、ザノバに同行をお願いした。
もし包丁をもった西洋人形とかが出てきても、ザノバならなんとかしてくれる。
クリフは仲間になりたそうな目をしていたので、連れてきた。
とはいえ、彼は神撃上級の腕を持つ天才だ。
相手が悪霊系の魔物であるなら、必ずや力になってくれるだろう。
「なかなかいい家ですな。少々手狭に見えますが……このぐらいが妥当なのでしょうか」
「いや、二人で暮らすには大きすぎるぐらいじゃないか? 最初に買うのは小さな家にしといて、手狭になったら後で金をためて引っ越してもいいんだぞ?」
二人の意見は対称的だ。
ということは、間を取ってこれぐらいでいいという事だろう。
「わけありなので値段はそう高くないんです、さぁ行きましょう」
「師匠がいいとおっしゃるなら、余は何もいいません」
ザノバはそう言いつつ、悠然と先頭を歩いて行く。
彼は手に一本の棒を持っている。
俺が用意した武器だ。
討伐に際して、さすがに丸腰ではまずいと思ったのだが、
奴はその怪力ゆえ、武器を持つと壊してしまうそうだ。
なので、俺が魔術で作った棍棒を与えた。
あれなら壊してもタダだ。
クリフは真ん中だ。
高そうな杖を握りしめて、きょろきょろと周囲を見渡している。
本人は警戒しているつもりなのだろうが、怯えているようにしか見えない。
俺は
このパーティなら、治癒術師であり火力にもなりうるクリフを守るのが最重要である。
経験者である俺は背後で目を光らせた方が安全だろう。
割れた石畳の上を歩き、入り口にたどり着く。
ひび割れた木の扉。
片方の蝶番は壊れている。
これも修復した方がいいな。
「罠の危険性は無いとおもいますが、十分に気をつけてください」
「はい、師匠」
注意を促しつつ、俺も予見眼を開眼しておく。
ザノバはドアノブに手を掛け、そのままバキリと扉を外した。
なんのためらいもなく。
「お前な、いきなり壊すなよ」
「失礼。扉が歪んで開かなくなっていました。どのみち改修が必要だったでしょう」
どうやら、一見無事に見えたもう片方の扉も歪んで開かなくなっていたらしい。
「そうか、でも次からは一言、な」
「はい、師匠」
返事だけはいいザノバである。
ともあれ俺達は家に入った。
入ってすぐはロビーだった。
真正面に二階へと上がる階段があり、左右には扉。
階段の脇には、奥へと続く廊下がある。
外からみると幽霊屋敷だが、中は明るい。
日当り良好。いい物件だ。
不動産屋が定期的に掃除でもしているのか、埃もあまり積もっていない。
「師匠、どうしますか?」
「まずは一階の右手から。全ての部屋を見て回ります。罠はないと思いますが、天井や床が腐っている可能性もあるので、頭上や足元には注意してください」
「かしこまりました」
ザノバが頷き、クリフが振り返った。
「な、なんかお前、本格的だな」
「……一応、僕もA級冒険者ですよ」
「あ、ああ、そうだったな」
クリフは何やら緊張しているらしい。
そういえば、先日、エリナリーゼと楽しく冒険してきたらしいが、その後の話は聞いてない。
どうなったんだろうか。
「そういえば、先日の冒険はどうでしたか?」
「…………ボロクソに言われた」
「まあ、彼らもS級ですからね……」
ステップトリーダーの面々も、それほどボロクソに言ったわけではないだろう。
相手がルーキーだとわかっているわけだしな。
悪気はなく、教育するつもりで、あれこれと言ったのだろう。
ただ、受け取る側がどう思うかは別問題だ。
「僕はどうすればいい?」
「敵を見つけたら、初級の神撃魔術で敵を攻撃してください」
「りょ、了解……霊じゃなかったらどうするんだ?」
「その時はザノバか僕が処理しますので、下がってください」
そう言うと、クリフは少しむっとした顔をしていた。
フォローを入れておく。
「クリフ先輩が魔術を使うと、家が壊れるかもしれませんので」
そう言うと、クリフも納得してくれたようだ。
初心者には、一つの事をやらせた方がいい。
敵を見つけたら神撃魔術を使う。
まずはそれだけだ。
じゃないと、ヘマをするからな。
「ザノバ。大丈夫だと思いますが、魔術を使う魔物が潜んでいる可能性もありますので、十分に注意してください」
「お任せください」
ザノバは意外と武人気質な所があるのか、まったく怯えていない。
心強い。
ロビーの右手の扉に入る。
広い部屋だった。
20畳以上はある。
日当たりもよく、奥には大きめの暖炉が設置されていた。
リビングか、ダイニングといった所なのだろうか。
暖炉が気になるな。
「クリフ先輩、この暖炉、魔道具ですかね」
「……さ、さあ、どうだろうな。調べてみる」
クリフがそのまま暖炉の奥を覗き込もうとする。
「ストップ。敵がいるかもしれません」
それを静止して、俺が暖炉を見てみる事にする。
「ふむ」
この辺りの冬は寒いから、暖房は重要だ。
魔道具の暖炉なら、家全体が暖かくなる。
もしそうじゃなかったら、改造も視野に入れておこう。
いや、寒い中、シルフィと裸で抱き合って暖を取るというのも捨てがたいが……。
「風を通します。中に魔物がいたら飛び出てくるかもしれないので、注意を」
注意を喚起し、
暖炉の筒の中に魔術を使い、強風を通してみる。
何も起きない。
耳を澄ますが、何かが動くような気配は無い。
煤が上から落ちてきただけだ。
一度、火も通して見たほうがいいだろうか。
上の方で穴でも開いていて火事になったら嫌だな。
とりあえず、首を突っ込んで下から覗いてみる。
煙突の奥に空が見えた。
一応、火を灯して照らしてみる。
何かが潜んでいる気配はない。
大丈夫だろう。
「クリフ先輩、お願いします」
「わかった」
クリフは暖炉の内側を少しさぐり、すぐに魔法陣を発見した。
さすが、最近魔道具や呪いのことをよく調べているだけはある。
「使えそうですか」
「火を入れてみないとわからないが、魔法陣の方は問題なさそうだな」
「そうですか、ありがとうございます」
よし。
俺は頷き、次の部屋へと移動する。
入り口から見て、右奥の部屋。
床が石造りになっており、窯のようなものがあった。
おそらく、台所だろう。
窯の傍には布切れが落ちており、拾い上げてみると、ボロボロの前掛けだった。
ここでシルフィが裸エプロンにて俺のために料理を作ってくれるかもしれない。
そう思えば、何やら興奮するものがある。
っと、いかんいかん。
今日は悪霊と思わしきナニカを退治しにきたのだ。
ナニをおったてている場合ではない。
俺は窯の中など、生物の隠れられそうな場所を探す。
「よし、異常ないな、次だ」
そうやって、次々と部屋を見ていく。
階段の裏に地下室への扉も発見したが、そっちは後だ。
逆時計回りで、次の部屋へと進んでいく。
異常は無い。
やや埃が積もっている場所もあったが、築100年とは思えないほど綺麗なものだ。
前の入居者が改修でもしたのだろうか。
「これで最後か」
一階は全て見終わった。
間取りを見て知っていたが、
この屋敷は対称的な作りになっている。
ただ、反対側の台所には窯はなかった。
料理ではない、別の用途で使っていたのかもしれない。
洗濯とか。
でも、とりあえず台所と呼んでおこう。
台所2。
大部屋2。
小部屋4。
トイレ2。
普通の一軒家が二つ並んでくっつけられているような印象を受ける。
階段は入り口正面にある他は無い。
「地下と二階。悪霊がいそうなのはどっちだ?」
「地下でしょうな」
「地下だろう」
満場一致で、まずは地下室へ行くこととなった。
地下室への扉は、二階への階段の裏にある。
物置のように見える鍵付きの扉。
そこを開けると階段が姿を現した。
俺は予め持って来たランプに火を灯し、ザノバとクリフに渡す。
「後ろから魔眼で見ています。危険だと思ってもランプは手放さないように。暗闇だと援護しきれませんので」
「ははは、余は神子ですぞ。恐れる者などありません」
ザノバは頼もしい死亡フラグを吐きつつ、階段を降りていく。
もっと慎重になれよな。
扉を開けたらいきなり矢が飛んでくる事だってあるんだぞ。
まあ、ザノバは矢ならカキンと音を立てて弾きそうだが。
なんて考えていたら、地下室についた。
「ふむ、何もありませんな」
地下室はガランとしていた。
いくつか木製の棚が並んでいるだけだ。
何も入っていない倉庫、という感じだ。
暗がりを照らしてみるが、何かが潜んでいる気配は無い。
壁にちょっと染みがあるが、別に人型をしているわけではない。
壁板の端の方が少し腐っているだけだろう。
とりあえずこれは交換するとして……。
魔物はいない。
拍子抜けだな。
「よし、じゃあ、二階だな」
地下室から出て、入り口へ。
そのまま二階へと上がっていく。
木張りの床はギシリとも音を立てない。頑丈なものである。
二階に入り、部屋を一つずつ見ていく。
二階も対称的だった。
端にやや大きな部屋があり、内側で寝室とつながっている。
それ以外は、六畳間ぐらいの部屋が並んでいるだけだ。
部屋数は全部で8つ。
六畳程度の小部屋4。
十二畳程度の中部屋2。
中部屋は中で六畳程度の広さを持つ寝室につながっている。
また、中部屋にはベランダもあった。
「ふむ」
寝室には大きなベッドを置こう。
三人ぐらいが寝転んでもまだ余るような奴だ。
なんだったら、普通のベッドを二つ並べてもいいな。
いや、小さなベッドで身を寄せ合って眠るのも悪くない。
目覚めたら、すぐ傍に温もり。
手の届く所に揉める貧乳のある性活。
そんなのも悪くない。
とにかく、ベッドは大事だ。毎日使うからな。
おっと、もちろんエロい目的だけじゃないぜ。
睡眠は毎日とるって事さ。
「クリフ先輩」
「な、なんだ。何か見つけたのか?」
「やはり夫婦で使う場合、ベッドは大きい方がいいと思いますか?」
「…………あ?」
クリフは数秒ほどだまり。
考え。
ハッと息を飲み込んで。
そして、ため息をついた。
「お前な。確かにそういった事は大事だけど、そればっかりだと相手に失礼だぞ」
「……ええ。まあ、そうですけどね」
なぜか説得力のある言葉だ。
やはりエリナリーゼはそればっかりなんだろうか。
部屋で二人きりになった途端、目を血走らせてクリフに襲いかかるエリナリーゼ。
容易に想像できるな。
肝に銘じておこう。
ま、それはそれとしてベッドは大きめにしておくか。
「ふぅ、いませんね」
俺は最後の部屋を見て回ったのち、一息と同時に、そう言った。
「では、予定通り、ここで一晩過ごすというわけですな」
「はい。よろしくおねがいします」
一応探してはみたものの、期待はしていなかった。
元々、例のやつは夜中に現れるという話だ。
キリキリという音と共に。
不気味な話だ。
恐らく、何らかの魔物が住み着いているのだろう。
幽霊系の魔物か、それとももっと別の魔物かはわからない。
町中にいる時点で、それほど強力な魔物ではないと思うが、低ランクの冒険者が依頼に失敗して死んでいるというのだから、油断は禁物だ。
案外、野盗か何かがここを根城にしているだけかもしれない。
入り口をピッキングするのに、キリキリという音がしたとか。
いや、入り口は壊れていたな。なら裏口か。
それにしては生活臭がしないな。
その線はないか。
うむ、わからんな。
念のため三人できたが……エリナリーゼあたりも連れてくるべきだったか。
年の功で、何か知恵を授けてくれたかもしれないしな。
だが正直な所、俺はあの女に出会ったら、性的な意味で我慢できる気がしない。
夜中に見張りをしている時に忍び寄ってくる影。
耳元で囁かれる誘惑。
「クリフが横で寝てますよ」
「それがいいんじゃありませんの」
それがいいのは俺もわかっている。
だからよくないのだ。
俺は二階の端、寝室で宣言した。
「今晩はここで待機します。一日では現れないかもしれませんが、とりあえず今晩はここで寝泊まりします」
「ふむ。ジュリが心配ですな」
「僕もリーゼが心配だ」
二人はそれぞれ、残してきた女への心配を述べた。
ジュリは賢い子だ。
奴隷という立場もわかっている。
貴族の多い寮の一角で、無闇に周囲を刺激するようなことはすまい。
心配しなくてもいいだろう。
エリナリーゼは淫靡な女だ。
自分がモテるという事もわかっている。
クリフが夜にいないとなれば、これを機にと浮気するかもしれない。
心配だろう。
対して、俺のシルフィはどうだろうか。
彼女は今日も王女の護衛をしていることだろう。
いつも通りだ、何も心配することはない。
いや、でも今日は出かけるとは言ったが、外泊するとは言ってなかった。
もしかすると、寝る前にちょっとだけお話をと俺の部屋にくるかもしれない。
しかし、そこには俺はいない。
寒い廊下で佇むシルフィ。
ぽつりとつぶやく「ルディ、遅いな……」という声。
心配だ。
「もうすぐ日が落ちますな」
ザノバの言葉に、窓にうつる夕日を見る。
今からだと、帰ると夜になるな。
シルフィはすでに女子寮に戻っているだろう。
いや、直接言わずとも、扉の前に書き置きでもしておけばいいんだ、今晩は留守だと。
よし、そうしよう、今すぐそうしよう。
いやまて。
俺が出ている間に二人がやられたらどうする。
それはいかん。
一応、俺はこのパーティのリーダーだ。
なに、ちょっとした事だ。
あとできちんと話せば、シルフィだってわかってくれる。
いや、でも、昔どこかで聞いたな。
「ちょっとぐらいなら」の積み重ねが、最終的に大きな亀裂を生む、と。
くそっ、嫌な予感がする。
こういう時は、わざと死亡フラグを吐いて嫌な予感を吹き飛ばさなければ。
「ザノバ」
「なんでしょうか」
「……俺、この依頼が終わったら結婚するんだ」
「はい。さっさと終わらせて、この屋敷で盛大に祝いたいものですな」
ザノバは、首をかしげつつも、頷いていた。
まずいな。
口に出してみると、思った以上に嫌な予感がしてきた。
ここで調子にのって「祝福しろ、俺達にはそれが必要だ」とか言ったら最終的に結婚できなくなる気がする。
とりあえず、何か硬いものを胸ポケットに入れておくとしよう……。
と、思ったが胸ポケットがなかった。
これでは唐突に357マグナム弾が飛来してきても受け止める事が出来ない。
などと考えていると、クリフが会話に割り込んできた。
「そのお祝い、ちゃんと僕とリーゼも呼べよ」
「当たり前じゃないですか」
「当たり前ならいいんだ、僕はともかく、リーゼが仲間ハズレにされたら可哀想だからな……」
クリフは、空気が読めない奴だから、そういう集まりはいつもハブられているんだろう。
可哀想な奴だ。
ちゃんと呼んでやろう。
もちろん、エリナリーゼも。
ああ。
それにしても、なんて男くさいメンツなんだ。
はやく終わらせてシルフィの貧乳を揉みたい。
いや、今はぐっと我慢だ。
あとでいくらでも揉めるのだから。
などと考えている間に、夜になった。
一方その頃シルフィは、ルーデウスが自分のために家を用意しているという情報を聞いて、妄想豊かに枕を抱きしめてゴロゴロしていた。