歴史上で実際にあった、なろう系乙女ゲームの悪役令嬢がアホな王子を「ざまぁ」したっぽい話(厳密には皇妃と皇帝のバトル)――「寝取られ」や「逆ハー」や「もう遅い」もあるよ!

作者: 東郷しのぶ

 なろうでは、悪役令嬢を主人公にした小説が、いっぱい書かれていますよね。面白い作品が多くて、読者として、大変にありがたい思いをさせていただいております。


「なろう系悪役令嬢もの」にはテンプレが既に出来上がっていて、疲れているときに拝読しても、物語の流れがスッと頭の中に入ってくるのも良い点です。


 テンプレのストーリーは、だいたい以下のような感じ。


①舞台は、乙女ゲームの学園(なろう特有の乙女ゲーム設定で、実際の乙女ゲームとは違う)。


②現代日本人の主人公が、乙女ゲームの登場キャラである悪役令嬢に転生または憑依(ひょうい)する。


③悪役令嬢には、婚約者の王子が居る。


④悪役令嬢は当然、すっごい美人。ただし顔立ちがキツくて、周囲から「意地悪な人」と誤解されやすい。更に厳しい王妃(になるための)教育によって、学問や礼儀作法にも秀でている。一方、王子は顔が良いだけの、お馬鹿。


⑤乙女ゲームのヒロインが、出てくる。高確率でヒロインも、現代日本からの転生(憑依)者。しかもビッチで、攻略対象のイケメンを、のきなみゲットして、逆ハーレムを築きあげようとする。いわゆる〝ヒドイン〟。でも、考えようによっては(こころざし)が高い。魅了の能力を使っていたりする。


⑥王子は、ヒドインの攻略対象の1人。乙女ゲームのヒロインに()れて、悪役令嬢との婚約破棄を宣言する。ついでにヒドインが「いじめられた~」などと虚偽報告をして、悪役令嬢を陥れようとする。


⑦婚約破棄された悪役令嬢。罠にもはめられ、大ピンチ! しかしそこで不屈の精神を発揮し、逆襲する。それを手助けするのは、王子よりハイスペックなイケメン(隣国の皇太子だったりする。どっから、出てきたの?)。


⑧悪役令嬢はハイスペック・イケメンと結ばれ、お馬鹿な王子とヒドインは〝ざまぁ〟されたあげく、没落する。


 悪役令嬢は高位の貴族(公爵家か侯爵家あたり)の出で、最初は(つら)い環境に置かれています。家族から冷遇されたり、婚約者の王子に邪険にされたり、厳格な教育によって心身が疲弊(ひへい)していたり……それが極まるのが婚約破棄の瞬間で、そこから大逆転するからこそのカタルシスであるわけです。


 悪役令嬢の〝悪役要素〟については、「乙女ゲームの悪役令嬢になっちゃった。なんとかして、破滅を回避しなくては!」という主人公の頑張りへの動機づけとして、とても重要です。「主人公は悪いことをしていないのに、ゲームの設定上、必ず迫害されてしまう。可哀そう」といった感じのシチュエーションも作りやすいですしね。


 そんなこんなで「乙女ゲームの悪役令嬢に転生・憑依してしまった!」なストーリーは実に偉大な発明だと思うんですが、同時に大量にツッコミが入っちゃうのも、まぁ、分かります。


 (いわ)く、「〝悪役令嬢〟って呼称にもかかわらず、全くもって悪役じゃ無いじゃん」

 曰く、「こんな、お馬鹿な王子が居るわけが無い。コイツが王になったら、一瞬で国が滅びる」

 曰く、「悪役令嬢ばっかり厳しい教育を課されて、王子が放置されているのは、不自然」

 曰く、「逆ハー狙いのビッチ・ヒロインとか、行動以前に頭の中身が心配」

 曰く、「王子やヒドインへのざまぁが、華麗にきまりすぎる。柔道の完璧(パーフェクト)・一本背負いを見ているようだ」

 曰く、「悪役令嬢救済に出てくるヒーローが、ハイスペックすぎ。だったら、もっと早く助けなさい」

 曰く、「そもそも、これ、乙女ゲームの設定として破綻(はたん)している……。販売されても、誰も買わないよ?」

 などなど……。


 物語の世界にひたすら(ひた)るのも、いちいちツッコミを入れながら読むのも、それぞれに異なる楽しさがあります。

 自分はどちらかと言うと〝物語の流れに耽溺(たんでき)する派〟です。ただある瞬間に、ふっと冷静になり、ツッコミを入れ……それと同時に「あれ? この展開、現実の歴史でもあったような?」と疑問に感じてしまったことがありました。


 しかし「悪役令嬢がアホ王子に婚約破棄され、けれど反撃し、見事にざまぁをしてのける」なんて事が実際にあるわけが………………ポク、ポク、ポク、ポク、ピ~ン! いえ、ありました。

 さすがにピッタリな状況ではありませんが、かなり近い出来事が世界史で、あったのです。


 それこそが1762年、ロシア帝国で起こった、エカチェリーナ2世によるクーデター――《ピョートル3世廃位事件》です。


 ロシア史上に燦然(さんぜん)と輝く女帝エカチェリーナ2世の生涯は、以下のように『なろう系乙女ゲームの悪役令嬢』的な要素に満ちているのです!


 語ります。


♢公国のお姫様だよ!


 エカチェリーナ2世(以後、エカチェリーナ)は1729年、北ドイツ(現在はポーランド領)で生まれました。最初の名前はゾフィー。父親はプロイセン王国の軍人で、アンハルト=ツェルプスト公国の統治者です。ゾフィーは公国のお姫様! でもあまり裕福では無く、家柄の格においても、ロシアの皇妃に相応しくはありませんでした……。


♢王子(皇太子)様の婚約者になったよ!


 当時のロシアの皇帝は、女帝エリザヴェータ! 彼女は生涯独身でしたが、若いときの婚約者で初恋の相手であったカールは、ゾフィーの母ヨハンナの兄だったのです。カールは、エリザヴェータと婚約した翌年に急死しました。

 エリザヴェータにとって、ゾフィーは、初恋の人の姪……だからこそ、身分の劣る彼女を皇太子の婚約者にしたのです。なんてロマンチックなのでしょう(しかし、ゾフィーが選ばれた最大の理由は……後述します)。


♢婚約相手の王子様はお馬鹿だよ!


 1744年、ロシアに迎え入れられたゾフィーはロシア正教会で洗礼を受け、名前をエカチェリーナに改めました。そして翌年には結婚し、皇太子妃になります。

 ロシアの皇太子にしてエカチェリーナの夫であるピョートル3世(以後、ピョートル)は、女帝エリザヴェータの甥にあたる人物です。ところが、このピョートル……とんでもない、お馬鹿だったのです!


 ピョートルのお馬鹿っぷりを示すエピソードは、数え切れないほどあります。

・あまりの低能さに、初対面で叔母のエリザヴェータは失望した。

・成人したあとも、人形遊びに熱中した。エカチェリーナもやむを得ず、それに付き合った。

・大酒飲み。

・生まれは、エカチェリーナと同じドイツ。そのため、ロシア語をろくに話せなかった(同じような条件下で、エカチェリーナは一生懸命に勉強し、ロシア語を流暢(りゅうちょう)に喋れるようになった)。

・ロシアと戦争中の敵国プロイセンの王フリードリヒ2世の大ファンで、彼を崇拝した(←これが1番ヤバい。ロシアの軍部は、怒りまくりです)。

 などなど……。


 ハッキリ言って、フィクションに登場してくる馬鹿王子でも、ここまでマイナスポイント盛りだくさんなケースは滅多にありません。

 

(しゅとめ)は意地悪だよ!


 エカチェリーナの姑にあたる女帝エリザヴェータは、政治的にはそれなりに有能でしたが、わがままで贅沢(ぜいたく)好きな性格でした。彼女はエカチェリーナの行動を厳しく監視し、しょっちゅう小言を述べ、お金の使い方にもケチを付け、何をするにも自分の許可を得るように求めてくるのです。

 そのためエカチェリーナはエリザヴェータを大変、苦手にしていました。


♢厳しいお妃教育が待っていたよ! でも、勉強を頑張ったよ!


 ドイツ生まれのエカチェリーナは、ロシアに馴染むためにとても努力をします。ロシア語を覚えるのは勿論、新教からギリシア正教に改宗し、神学を勉強し、ロシアの歴史・伝統・習慣を学び、類いまれな〝ロシア通〟になりました。哲学や法律の知識も会得(えとく)し、彼女の聡明さと勤勉ぶりは、ロシア宮廷の人々を驚かせ、ロシアの民衆から愛される要因になったのです。


♢〝寝取られ〟もあるよ!


 ロシアに溶け込もうと努めるエカチェリーナと、ドイツ風に固執(こしつ)するピョートル――2人の性格は水と油で、夫婦仲は結婚当初から――いえ、婚約スタート時点から、悪いままでした。そしてピョートルは、おおっぴらに愛人を持ちます。

 そうです! エカチェリーナは、夫を寝取られてしまったのです! 悲しい運命……一方、エカチェリーナも愛人を持ちます。は? …………なんで!? エカチェリーナとピョートル、どっちもどっちじゃん。お互いに寝取られてるじゃん。ダブルベッドは良いけど、ダブル不倫はダメだと思います(個人的意見)。


 ちなみにエカチェリーナの最初の愛人は、姑のエリザヴェータが勧めたとも言われています。「もうコイツとくっついて、子供をもうけなさい! その子をいずれ、ロシア皇帝にするから!」ってことらしいです。 

 カオスすぎますね、ロシア宮廷……。


♢ヒドインが居るよ!


 ピョートルの愛人となったエリザヴェータ・ヴォロンツォヴァ(以後、ヴォロンツォヴァ)は、もともとエカチェリーナの侍女でした。そこで、皇太子に見初(みそ)められたのです。やったね! 

 ピョートルが皇帝に即位すると、宮殿では彼の隣に専用の部屋を与えられます。更に勲章を貰ったり、一緒に旅行に行ったり……皇帝の寵愛(ちょうあい)を一身に受けるそのさまは、まさに物語のヒロインのよう。


 ヴォロンツォヴァの容姿については、醜かったと伝えられています。(ひど)い外見のヒロインだから、ヒドイン……は違いますね。

 けれどヴォロンツォヴァは、ピョートルには熱愛されつづけ、どうして彼を恋の(とりこ)に出来たのか? と考えると、彼女は魅了能力の持ち主だったのでは? と思わず推測してしまうほどです(ただし、効果はピョートル限定)。


 ヴォロンツォヴァから見たエカチェリーナの立ち位置は、愛する人の不仲な奥さん……自分のかつての主で、今は皇后。かなり、悪役令嬢――悪役夫人っぽいと言えるでしょう。エカチェリーナは、不本意かもしれませんけど。


♢婚約破棄ならぬ、婚姻(こんいん)解消をされそうになったよ! 大ピンチだよ!


 女帝エリザヴェータの死後、皇帝となったピョートル。エカチェリーナは皇后になりましたが、2人の仲は最悪なまま。ピョートルはエカチェリーナを修道院へ追放し、代わってヴォロンツォヴァを皇后の位につけようと企てます。


♢逆襲だよ!


 危機に陥ったエカチェリーナでしたが、近衛軍やロシア正教会が彼女の味方になります。ピンチをチャンスに! エカチェリーナが敢行したクーデターは見事に成功し、彼女は女帝エカチェリーナ2世になりました。

 この時、エカチェリーナはロシア軍伝統の濃緑(のうりょく)色の軍服を身にまとって馬に乗り、颯爽(さっそう)と集団の先頭に立ちました。まさに〝男装の麗人〟ですね。


 ロシアへやって来た異国の少女は、ついに皇帝となったのです。


♢ざまぁもするよ! 「もう遅い」だよ!


 捕虜となったピョートルは、大切な4つ――バイオリン・愛犬・黒人奴隷・恋人のヴォロンツォヴァ――だけは自分に残してくれと哀願します。しかしエカチェリーナにしてみれば、「今さら、私にすがってきても、もう遅い!」といったところだったのではないでしょうか? 

 たとえ愛せなかったとしても、皇后として尊重してくれてさえいれば……けれど、エカチェリーナの最後の慈悲なのか、ヴォロンツォヴァ以外の3つは許されました。


 しかし、クーデターから9日後、ピョートルは不審死を()げます。看守の任にあったアレクセイ・オルロフ(エカチェリーナの愛人の弟)によって殺害された可能性を、後世の歴史家は指摘していますが、エカチェリーナによる公式発表では「前帝は、持病の痔が悪化して亡くなりました」ということになっています。


「痔の悪化による死亡」って………それが「公式な発表」って……(汗)。エカチェリーナ~!!! いくらなんでも、ざまぁしすぎ~!!!


♢ヒーローも居るよ!


 エカチェリーナのクーデターを手助けしたのは、近衛軍の将校グリゴリー・オルロフ(アレクセイ・オルロフの兄)で、彼はエカチェリーナの愛人(3番目の愛人……)でもありました。愛する人の危機を救い、クーデターを成功に導く――彼こそ、ヒーローそのものですね!


 エカチェリーナとオルロフの恋愛関係は10年ほど続きますが、やがて女帝の愛情は別の人物へと移っていくのでした……(なんでやねん)。


♢逆ハーもあるよ!


 皇帝となってからのエカチェリーナは表向き、独身を貫きました。しかし数多くの愛人が居て、夜の寝室にお呼ばれしています。公認されている者だけでも、その数は12人! 実際には更に多く居たようです。無論、これは35年の治世下における総計で、いっぺんに寵愛したわけではありませんが……時間差・逆ハーですね。 


 クーデターの立役者だった、あの(・・)グリゴリー・オルロフが「どうして、俺と結婚してくれないんだ! 誰のおかげで皇帝になれたと思っている? 皇帝の座から引きずり下ろすのも簡単なんだぞ」とエカチェリーナを(おど)したとき、周りの重臣たちは一斉に彼女を守り、その中の1人が「お前が陛下に何かをする前に、俺たちがお前を絞首刑(こうしゅけい)にする」と言い返したエピソードがあります。


 おお! さながら、リアル乙女ゲームの世界……キラキラと(まぶ)しいですね~。殺伐(さつばつ)としているように感じるのは、おそらく気のせいでしょう。


 結論。

 逆ハーをやったのは、ヒドイン役のヴォロンツォヴァでは無くて、悪役令嬢役を務めたエカチェリーナでした。主人公は、強いのです(いろんな意味で)!


♢ハイスペック・イケメンも居るよ!


 エカチェリーナの愛人の中で最も名高いのは、グリゴリー・ポチョムキンです。「エカチェリーナの真実の夫」と呼ぶ歴史家もおり、2人は秘密結婚していたとも言われています。武骨なオルロフなどとは違い、ポチョムキンは下級貴族出身ながら美男子で秀才、身体は頑強、まさしくハイスペック・イケメンでした。

 エカチェリーナはポチョムキンにベタ惚れで、彼の部屋は女帝の寝室の真上にあり、どんな時でも行き来が自由にできる状態になっていました。


 あらゆる方面で有能だったポチョムキンは、女帝の片腕とも呼ぶべき人物であり、政治・外交・軍事において、めざましい活躍を見せます。


♢純愛だよ!


 ポチョムキンは、エカチェリーナより10歳ほど年下でした。けれど、仕事が忙しくなると、常に女帝の側に居るわけにはいかなくなります。そこでポチョムキンは、若い男性をエカチェリーナのベッドの中に送り込むことにしました(賢い)。


 当然ながら、ポチョムキンは女帝の異性に関する趣味について知り尽くしています。

 この素敵なプレゼントに、エカチェリーナは大喜び! なんという、純愛なのでしょう(白目(しろめ))。ちなみに、容姿はエカチェリーナ好みで頭は空っぽなタイプを厳選したのこと……やっぱり、純愛ですね(再度・白目)。


 1791年、ポチョムキンの死の報告を耳にしたエカチェリーナは、「これからは、私1人で、この広大なロシアを統治していかなければならないのですね」と嘆いたという……つまり2人の仲は、最後まで純愛だったのです。感動です(でも、このとき、女帝の側には40歳ほど年下の恋人が居る)。


♢学園要素も(ちょびっとだけど)あるよ!


 なろう系乙女ゲームの舞台といえば、学園ですよね! 残念ながらエカチェリーナは学校に通いませんでしたが、女帝となったのち、1764年にロシア初の女性のための教育機関「スモーリヌィ女学院」を設立しました。


 この学院のカリキュラムや修学期間を見ると、意外に現代の学校に近い内容になっています。

 学ぶべき科目にダンスやエチケット、ハウスキーピングが含まれているのは、時代的特徴ではありますが、ちょっとだけ、なろう系乙女ゲームの学園を連想してしまいます(けれども、共学では無いのだ~)。


♢サポートキャラも居るよ!


 ゲームの主人公に適切な助言を与える情報通の友人のことを、しばしば〝サポートキャラ〟と言ったりします。エカチェリーナの側にも、〝サポートキャラ〟とでも呼びたくなるような女性が居ました。

 彼女の名前は、エカチェリーナ・ダーシュコワ(以下、ダーシュコワ)。エカチェリーナの親友で、ロシアにおける代表的な啓蒙(けいもう)主義者です。抜群の才女であり、皇位奪取のクーデターでは終始、エカチェリーナをサポートしました。


 ついでに述べると、ダーシュコワの姉は、ピョートルの愛人であったヴォロンツォヴァです。この姉妹の関係も、ちょっと面白いですね……。クーデターの後、ヴォロンツォヴァは特に(とが)められることもなく、穏やかな一生を送ります。

 ヴォロンツォヴァの性格は平凡で物事に常に受け身の姿勢だったのに対し、非凡な頭脳の持ち主であるダーシュコワは、親友の女帝と対立・和解を繰り返すことになったのでした(ダーシュコワは最終的に、サンクトペテルブルク科学アカデミーとロシア・アカデミーの総裁を兼任します)。


♢ハッピーエンドだよ!


 14歳で単身ロシアに渡った少女ゾフィー(同行した母親は、すぐに追い返されている)が偉大なる女帝となった、サクセスストーリーの結末は……。

 エカチェリーナは1796年に死去しましたが、その日の朝まで仕事をしていました。彼女の生涯が幸福であったか否かは、容易に判断することは出来ません。しかし「ロシア・ロマノフ王朝における、最後にして最大の女帝」としてロシアを繁栄させる一方で、愛欲に満ちた私生活を最期の瞬間まで楽しんだ彼女は、後悔の無い人生を送ったと言えるのではないでしょうか?


 以上、女帝エカチェリーナ2世の生涯を見てきましたが、もうちょっとだけ、語らせていただきます。


♢続編もあるよ!


 もしも「悪役令嬢エカチェリーナ物語」があったとして、おそらくそれはエカチェリーナが女帝となった時点をもって、いったん完結になると思います(第1部・完)。


 第2部を開始するには、導入のインパクトを考えるかぎり、第1部のエカチェリーナ以上の〝悪役令嬢キャラ〟が必要になるはずです。それをエカチェリーナが叩きつぶす展開なら、きっと読者も満足してくれるに違いない! そして当時のロシアには、そのような女性が実在したのです(驚き!)。


 悪役令嬢では無くて、伯爵夫人なのですが……彼女の名前は、ダリヤ・サルトゥイコヴァ。夫の伯爵亡きあと、治めている領土で、多くの農奴(のうど)を自らの快楽のために虐殺した、正真正銘の悪女です。

 公式の発表で、彼女の手による犠牲者の数は138人。しかも被害に遭ったのは、おもに金髪の女性ばかりでした。


 事実を知ったエカチェリーナは、1762年にダリヤを逮捕します。しかしクーデター後のエカチェリーナは貴族層の支持を必要としており、1754年以降、ロシアでは死刑が廃されていたため(なので暗殺や不審死が多発する)、女子修道院の地下室に無期限に閉じ込めることにしました。

 ダリヤは死ぬまで太陽を見ることも無く、身体を洗うことも許されなかったそうです。


 ピョートルへのざまぁには「やりすぎのような……」とモヤモヤした感情を抱いた読者が居たとしても、ダリヤへのざまぁには「良くやった!」とスカッとなされるんじゃないでしょうか?


 この事件を第2部のスタートに持ってくれば、読者へのつかみもバッチリになる! ……かも。


♢番外編もあるよ!


 なろうにおいて「悪役令嬢もの」と並ぶ人気を誇る「異世界転生・転移もの」。

 エカチェリーナたちが居る世界に異世界人がやって来たら……と妄想してしまいますが、それに近い出来事があったのは1791年。登場キャラは、江戸時代の日本人です。


 伊勢に生まれた船頭の大黒屋光太夫(こうだゆう)はトラックと衝突し……では無くて、嵐のために乗っていた舟が難破してしまい、アリューシャン列島に漂着します。そこから彼はシベリアを横断し、ロシアの首都サンクトペテルブルクへ。女帝エカチェリーナ2世に謁見(えっけん)して帰国の許可を得ることに成功し、日本へ戻ることが出来ました。


 エカチェリーナからしてみれば、異世界人が転移してきて、もとの世界へ帰っていった――そういう印象だったかもしれません(もちろん大黒屋光太夫を日本へ帰したのには、これを契機に、通商関係を樹立したいとの狙いもありました)。


 更に、語ります。


♢おまけ①リアル白雪姫の継母が居るよ!


 エカチェリーナの姑であったエリザヴェータは、エカチェリーナに負けず劣らず、個性の強い女帝でした。派手好きの浪費家で、観劇に祝宴に音楽会に舞踏会と、宮廷で遊戯(ゆうぎ)に没頭します。


 エリザヴェータの性格は比較的陽気で、加えて美しい容貌の持ち主だったのですが、困ったことに、お洒落に関しては異常なほどに他者と張り合いました。そんな彼女は、皇帝陛下。やりたい放題です。貴族の女性たちが自分と同じ髪型や服装をすることなど、絶対に許しません。

 ロシアの宮廷で、女性がエリザヴェータより目立つ存在になることはタブーだったのです。


 女帝エリザヴェータがやったこと――

・エリザヴェータが好きなピンク色の服は、上着だろうが下着だろうが、他の女性が身にまとうのを禁止する。

・貴族の婦人が綺麗なリボンをつけていたら、それを大きなハサミで切り取ってしまう。

・アクシデントで自分の髪を()らなくてはならなくなった際には、宮廷の女性たちに丸坊主を強制する。……ここまでくると、魔法の鏡に向かって「世界でもっとも美しい女性は?」と問いかけていた白雪姫の継母そのものですね。


 実はエリザヴェータが、皇太子妃にゾフィー(エカチェリーナ)を選んだのは、彼女の容姿がパッとしなかったのが、最大の理由だと言われているのです。「自分の美貌の安全保障(爆)を、(おびや)かさない」と確信したからだとか。

 酷すぎる。エカチェリーナは、怒っても良いと思います。


♢おまけ②リアル・シンデレラが居るよ! いや、シンデレラを超えているよ! 成り上がりだよ!


 エリザヴェータの父親は、エカチェリーナ2世と並んでロシア史上最高の皇帝といわれる大帝ピョートル1世です。そしてピョートル1世の死後、皇位を継いだのは、彼の妻であり、エリザヴェータの母であるエカチェリーナ・アレクセーエヴナ(最初の名前は、マルタ。のちのエカチェリーナ1世)でした。


 マルタは農民の娘として生まれ、戦場でロシアの将軍の捕虜となったあと、洗濯婦として働き(春を売る商売をしていたとも)、やがて皇帝へと献上されました。

 最初は愛人の1人でしたが、ピョートル1世に気に入られ、ついには皇后になります。のみならず、ピョートル1世の次の皇帝――ロシア初の女帝エカチェリーナ1世になってしまうのです。


 卑賤(ひせん)の身から皇妃や王妃となった女性は、世界史でときおり見受けられますが、皇帝にまで成り上がったのは、エカチェリーナ1世のみなのではないでしょうか? 

 まぎれもなく、「シンデレラを超えたシンデレラ」と言えます。


 もっともエカチェリーナ1世は、2年あまりの短い治世の間、貴族や軍隊の単なる操り人形的な存在以上にはなりえませんでした。

 しかし彼女が切り開いた女帝の道の先に、エリザヴェータやエカチェリーナ2世が出現することになるのです。



 なんだか、ながながと話を述べてしまいましたが、「小説って面白い! 歴史も面白い!」との思いを叫びたかっただけだったりします。


 あと、もしも……ヴォロンツォヴァが主人公の乙女ゲームがあったとしたら、攻略対象はピョートル・オルロフ兄弟・ポチョムキンあたりになるのでしょうか? 


 ゲームの舞台はロシアの宮廷で、立ち塞がる悪役令嬢はエカチェリーナ。

 …………うん。悪役令嬢に()びを売って生き残る――そのルート、一択(いったく)ですね。


~おしまい~

 ロシアの宮廷、同じ名前の人物が多すぎ問題。


※読者様からの指摘を受け、エカチェリーナ(ゾフィー)の実家についての記載を改めました(10/26)。

 エカチェリーナの父親は公国(侯領と訳しているケースも)の統治者といっても、単に相続しているだけという感じでした。ただしエカチェリーナの母親は夫が亡くなったあと、息子(エカチェリーナの弟)が成人するまで、公国の摂政を務めています。彼女もエカチェリーナの母だけあって、とてもパワフルな女性でした。


 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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