95話 仲間が増えた
「う~、緊張してきました」
「アハハハ、大丈夫、大丈夫」
ラットルアさんと約束の場所へ向かう。
つまり、作戦は動き出してしまった。
成功するか、失敗するか。
怖い。
正直、今すぐ逃げ出したくなる。
失敗したら、誰かが死ぬかもしれない。
グッと両手を握る。
気を抜くと、震えてしまいそうだ。
「アイビー、本当にありがとう」
「えっ?」
ラットルアさんは、遠くを見るような視線を空へ向ける。
その横顔には、どことなく陰りが窺えた。
「今まで、どれだけ組織を追い詰めたと思っても、まるで雲を掴むみたいに目の前から消えてきた。それが何度も何度も。どれだけ自分達の力の無さを恨んだか。それだけじゃない。ボロルダやシファルの知り合いの子供達が、被害に遭っている可能性があるんだ。俺の弟達も、もしかしたら……。証拠が無いから何とも言えないが」
驚きで、一瞬息が詰まる。
ラットルアさんは時々、私を見て悲しそうな顔をしていた。
何か理由があるとは思っていたが。
まさか、弟さん達が被害に遭っているかも知れないなんて……。
「組織はこの町に、ずっと影を落としてきた問題なんだ。でも、手を伸ばしても掴めなかった。それがアイビー、君のおかげで組織の欠片を掴むことが出来た。そしてそれ以上の物まで、手に入れた」
きっと証拠の事だろう。
「でも、アイビーとソラがいなかったらきっと奪われていただろう。と言うか、気付かないうちにあそこから消えていた可能性の方が高いな。全てアイビーのおかげなんだよ。なによりアイビーは、諦めかけていた俺達の背中を押してくれた。それに、組織を出し抜く作戦も立ててくれたしな。あとは俺達の仕事なんだ。この町に住んで、この町を守る俺達の」
握り込んでいた両手から、ゆっくり力を抜く。
そうだ、彼らは弱い人達ではない。
諦めかけていたと言うが、ずっと耐えて機会を窺っていたのだと思う。
組織に襲いかかる時を。
「そうですね。セイゼルクさんやボロルダさんの仲間達は、すごく優秀なので大丈夫ですね」
「もちろん、俺もだよね?」
「もちろんです!」
約束の場所が見える。
そこには、ミーラさんとルイセリアさん、カルアさん。
そして初めて見る男性の姿。
予定外の人に、少しドキリと心臓が跳ねた。
でも、大丈夫。
「知っている人ですか?」
「あぁ、俺達と同じ冒険者だ。でも、あいつは……」
ラットルアさんが言葉を濁す。
何か思う事がある人なのだろうか?
「アイビー、ラットルア、おはよう」
ミーラさんが、笑顔で手を振ってくる。
「おはようございます。ミーラさん、ルイセリアさん、カルアさん。えっと……」
「ごめんね。急きょ1人追加。でも、いい奴だから」
「初めまして、マカシャです。ラットルアさんとは一緒に仕事をした事がありますよね?」
男性が名前を告げた時、カバンからプルプルとした振動が伝わる。
この人は大丈夫の様だ。
男性が見えた瞬間に掴んだラットルアさんの服から、そっと手を離す。
「あぁ、久しぶりだな。今日はどうしてミーラと?」
「久しぶりにカルアに会ったら、これから美味い物を食いに行くって言うので付いて来ました」
「甘味に目が無いからね。こいつ」
どうやらミーラさんの友人と言うより、カルアさんの知り合いの様だ。
甘味に目が無いか、ラットルアさんと話が合いそうだな。
「今日はママロコなんですよね。俺、あそこのだんずって言うやつ好きなんですよ」
「あれか……俺より甘党だな」
ラットルアさんの顔が、ちょっと引きつった。
あっ、カルアさんもだ。
もしかしてだんずって言う物は相当甘いお菓子なんだろうか?
「アイビーは手を出すなよ。あの甘さはやばい」
「確かに、ちょっと甘すぎるよね」
ミーラさんがにこやかに笑う。
綺麗な人だから、その笑みは人を引き付けるんだろうな。
「あ、そうだ。ミーラ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何? こんな所でなくてもお店でいいでしょ? 早く行こう!」
「……そうだな」
急かすように、ミーラさんがお店に誘う。
もしかしたらお店に何か罠でもあるのだろうか?
何だろう。
あるとしたら……。
ラットルアさんの服を少し引っ張る。
視線がこちらに向いたので、少ししゃがんでもらう。
「飲み物、食べ物注意です」
周りに聞こえないように小声で伝える。
少し驚いた顔をしたが、すぐににこりと笑顔を見せた。
「なに? どうしたの?」
ミーラさんの声が先ほどより少し低い。
聞かれたのだろうか?
「だんずに挑戦したいって」
「え~、ダメダメ。あれは本当に一口で胃もたれするから」
ミーラさんが口を開く前に、カルアさんが反対する。
その隣でマカシャさんが少し情けない顔をしている。
「え~、美味いじゃないか」
「あんたのその味覚、絶対おかしいからね」
何だかカルアさん、今までと雰囲気が違う。
親しいマカシャさんがいるからかな?
もっと大人しい印象だったのだけど。
「ハグ、おはよう」
ミーラさんを先頭にママロコと言うお店に入ると、ハグさんと言う人が挨拶をしてくれた。
その雰囲気は、とても優しそうだ。
「初めての子がいるね」
「そう、アイビーって言うのよね」
「初めまして。アイビーです」
「ママロコのハグと言います。よろしく」
バッグがピクリとも動かない。
予想はしていたけどね。
ラットルアさんの服を掴み、1回引っ張る。
彼も予測していただろうから、ただの確認作業って感じだ。
「注文は?」
ミーラさんおすすめの甘味と、だんず1個をお願いする。
ラットルアさんとカルアさんが、反対するだんずが少し気になる。
とはいえ、今からの事を考えると甘味どころではないが。
お店を見渡すが、私たち以外いないようだ。
そう言えば、私をここで攫う予定なんだろうか?
その場合、ラットルアさん達はどうするつもりなんだろう。
まさか、殺す予定とか?
ありえそうだな。
まぁ、そちらの罠に引っ掛かる予定はないけれど。
「ミーラ、少し聞きたいことがあるんだ」
「何よ、改まって」
「お前の兄達の事だ」
ラットルアさんの言葉に、ミーラさんの表情が少し変わる。
ばれない様にハグさんに視線を向けようとすると、同じ行動をするカルアさんが視界に入る。
やっぱりカルアさんって、何か知っているような気がする。
もしかしたら、手を貸してくれるかもしれないな。
ソラの判断では、問題なしだし。
視線をハグさんに向けると、注文した物を作っているようだ。
だが一瞬、ラットルアさんを睨んだように見えた。
やはり、この店で何か仕掛ける予定なのだろう。
「兄達が何? 今は森で修行中だけど」
「本当に修行なのか? ちょっと森であいつらを見た奴がいてな」
「えっ……。それが何だっていうの?」
ミーラさんの顔が少し強張っている。
「なぁ、あいつ等、誰かやばい奴から借金とかしてないよな?」
「してないわよ! さっきから何? おかしいよラットルア!」
「あいつらが犯罪者を匿っていると言う情報があるんだ。それで既に討伐隊が出立している」
そろそろ拠点から出ている頃だろうな。
予定が狂っていなければ。
「えっ、どういう事?」
「確かな情報だよ。ミーラは知らなかったのか? まさか、知っていたのか?」
ルイセリアさんは、目を見開いて驚いている。
その様子から、彼女が見張り役ではないと判断する。
視界の隅に見えていたハグさんが、そっと移動するのが分かった。
様子を探ると、外へ出て行こうとしている。
どうやら、彼が見張り役の様だ。
おそらくお店の外にいる仲間に、討伐隊の事を知らせに行くのだろう。
どうしよう、カルアさんが動きやすいように体勢を整えている。
ラットルアさんはミーラさんの事で手一杯だろうし。
ここは賭けてみるかな。
「マルマとトルトは、多数の人殺しを洞窟に匿っている。それに対して討伐隊が出たんだ」
ラットルアさんの言葉に、ガタンと言う音がする。
ミーラさんが椅子を倒して立ち上がったのだ。
「あっ!」
カルアさんが動く。
駄目!
「カルアさん、駄目! マカシャさん、ルイセリアさんを捕まえてください!」
「えっ!」
「ぅわ! りょ、了解!」
よかった。
ハグさんはお店から出て行き、カルアさんは止まってくれた。
逃げようとしたルイセリアさんは、マカシャさんがガッシリ手を掴んでくれた。
彼女は暴れているが、さすがは男性の力だ。
逃げられない。
「なに? どういう事?」
ミーラさんが、私の事を凝視している。
それはそうだろう。
私、9歳の子供だもんね。
どうしよう、どう誤魔化せばいいのかな。
「アイビー、ありがとう。指示通りだね」
ラットルアさん、さすが!
「はい。これでよかったですか?」
笑顔で頷くラットルアさんに、カルアさんとマカシャさんが納得した顔をした。
よかった、本当によかった。