89話 専門部隊?
団長さんとボロルダさんと一緒に、自警団詰所に向かう。
「アイビーが一緒に来る必要があるのか? ボロルダはすぐに戻らせるし。自己紹介の理由など、どうとでもなるだろう。団員には怖い顔の奴がごろごろいる、怖がらせると思うが」
団長さんが何度も確認するが、団員達を判断するのはマジックアイテムではなくソラだ。
それにボロルダさんだけでは、自己紹介をさせる理由が思い浮かばない。
どうとでもなると言うが、違和感を持たれたら作戦は失敗するかもしれない。
なので一緒に行く必要がある。
ソラの事を話していないからなのだが、ものすごく心配されている。
そんなに怖い顔の人がいるのだろうか?
団長さんを納得させるため、私がボロルダさんを一番信用しているからという事になった。
その話の時の、ラットルアさんの顔が怖かった。
彼のあんな顔を初めて見たな。
思い出して、ぶるっと体が震えてしまった。
「大丈夫か?」
団長さんに見られてしまい、心配に拍車がかかった。
失敗した。
「大丈夫です。急ぎましょう」
今回自警団と冒険者が集まって、組織を追い詰める専門部隊を組織するという大義名分を作った。
その為の人選びだ。
拠点となる場所は元商家。
その為の準備を今日中にすることになっている。
もちろん全て、組織を罠にかけるための嘘だ。
と言っても、今日中に人を選んで、準備はするので本当の事でもある。
ただその理由は、拠点となる場所を整えるためではない。
証拠の書類やお金を安全な場所に移動させるためだ。
「しかし、専門部隊ね。考えた事が無かったな」
団長の言葉に、苦笑いしてしまう。
組織の調査をしている専任者について聞くと、団長が驚いていた。
ある犯罪の解決の為だけに専門チームが作られると言う知識は、前の私の物だと気が付いたが遅かった。
話す前にしっかり考えないと、いつか自分の首を絞めることになる。
今回は団長さん達だったから、大丈夫だけど。
「確かにな。まぁミーラ達の動きがあってこそ作れる部隊だな」
確かに、今まで無かった物を作るのだから、原因が無ければ不審に思われただろうな。
専門部隊を作る理由は、組織の関係者らしき者達が活発に動き出したためだ。
ある意味、ミーラさん達には感謝している。
この専門部隊については、表向き団長さんの思いつきと言う事になった。
副団長さんに見つけた書類やお金の事、これからの作戦について話した。
専門部隊の事を話すと「団長のいつものアレで」と言う事になった。
どうやら団長さんは思いつきで行動しては、副団長さんが不備を補うために走り回っているらしい。
何処かで似たような話を聞いた気がするな。
情報を共有するのは自警団では副団長さんまで、あとはギルマスさんとシファルさん達だけとなった。
問題ない団員達にも、表向きの情報以外は隠すことになっている。
知っている者が多くなれば、それだけ漏れる確率が上がるからだ。
組織の目が何処にあるかもわからない状態では、ごく少数だけで動いた方が確実だ。
「ここだ。アイビー本当に大丈夫だな?」
「はい。大丈夫です」
団長さんに力強く頷いて、そっとバッグを撫でる。
ソラに頑張ってもらわないと。
此処に来る前に確認したが、元気に揺れていたので大丈夫だろう。
「お~い、集まれ。紹介したい子が居る」
集まった団員は全部で120名ほど。
休みの人もいてこの人数……大きな町だけあって人数が多い。
しかも、これに見習い団員という者達までいるらしい。
ただ今回、見習いさんは除外だ。
さすがに120人近くが前に並ぶと圧巻だ。
団長さんが、私が組織に狙われている人物である事。
その為、1人の姿を見たらすぐに保護する事。
また、誰かと一緒でも様子がおかしい場合は、団長さんやギルマスさんに報告する事。
そして、私が顔を覚えるために自己紹介する事などを説明する。
「アイビーと言います。よろしくお願いします」
ボロルダさんの服の裾をつまんでそっと頭を下げる。
さすがにこの人数にちょっと腰が引けるが、そんな事を言っている暇はない。
しっかりとソラが判断してくれたのを、ボロルダさんに伝えないと。
…………
「疲れた」
さすがに126人の自己紹介は多い。
そして見逃さない様にソラに集中していたので疲れた。
きっとソラも疲れているだろう。
後でいっぱいポーションをあげよう。
「に、しても多いな。問題ありが29人もか」
私はソラの判断を間違えず伝えるのに必死で人数までは分からないが、そんなにいたのか。
見張り役が、裏切り者だけで構成されていなかったのは運が良かったのかもしれない。
「どうだ?」
団長さんがそっとボロルダさんに聞きに来る。
少し迷ったようだが、人数を告げる。
それに、一瞬動きが止まったがすぐに「そうか」と静かに団長は頷いた。
「紙に名前を書きだしてくれ。出来るか?」
「当然。すぐにやるよ。紙は?」
団長が紙を数枚渡し、これからの予定を話すために団員達に向き合う。
何事もなかったように、通常通りに見えた。
ただ、1回手をぐっと握りしめたのが見えた。
「冒険者の方も、覚悟しておかないとな」
小さくこぼれた声は、どことなく疲れた印象を受ける。
仲間だと思っていた多くの人が、裏切っていた。
この現実はつらいな。
専門部隊に選ばれたのは問題ありの人で、団長が今まで信用していた人達8人。
そして問題なしの人達12人が選ばれ、合計20人。
紙に書かれた名前を見て、一度だけ団長の目が見開かれた。
その人は、ガボジュラさん。
その人も専門部隊に選ばれていた。
次は冒険者ギルドに向かう。
ラットルアさんが、ギルマスさんに話を通してくれているはずだ。
少し疲れたがあと少し、頑張ろう。
「お疲れ、大変だな」
ギルマスさんは15人の冒険者と会議室にいた。
そして団長と同じ説明をする。
そのあとの自己紹介。
15人と言う数字がとてもうれしい。
すぐに終わるのだが……7人が問題ありとソラは判断した。
隣のボロルダさんから、小さなため息が聞こえる。
「大丈夫ですか?」
小声で訊くと、乾いた笑いが返って来た。
「ハハ、覚悟していたからな。しかし、俺達が手を掛けて育てた奴らが裏切り者か……」
ギルマスさんが結果を聞いて、眉間のしわを深くする。
専門部隊にはボロルダさんが育てたチームが選ばれた。
ボロルダさんの様子を心配したが、選ばれた3人のチームの人達と話す彼はいつも通りだった。
ふぅと小さくため息をつく。
精神的に疲れたな。
バッグを上からそっと撫でる。
ソラには本当に感謝だ。
専門部隊に選ばれた人達と一緒に、元商家の家に向かう。
その間に、団長さんがこれからの予定を話した。
元商家を拠点にすると言った時に、少しざわついたが意見を言う者はいなかった。
「アグロップ、戻ったぞ~」
団長さんが副団長さんの名前を大声で呼ぶと、しばらくしてシファルさんが顔を見せた。
「あれ? アグロップは?」
「中で移動する物を確認していますよ。マルガジュラと言う人が手伝っています。アイビー疲れていないか?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
えっと、シファルさんには話が通っているのかな?
皆、隠すのが上手くて私ではわからない。
「あぁ、団長。ようやく戻ってきたか」
疲れた雰囲気で副団長さんが現れる。
その後ろにマルガジュラさんもいる。
「木箱の中身など確認して移動しても問題ない物ばかりだと判断した。移動先は蔵だ。すぐに取り掛かってくれ。今日からこの建物で寝泊まりする者がいる。掃除ぐらいは終わらせるぞ」
「待て、ここに集めた者達の名簿だ。冒険者もいるから纏めておいた」
問題ありの人に印が入った紙を団長が副団長に渡す時、小声で何かを伝えたのが見えた。
おそらく印の意味を知らせたのだろう。
紙を一通り見た副団長さんは、数回頷いた後、すぐに個別に指示を出し始める。
すごいな、一切の戸惑いを見せなかった。
しかも、問題ありの人が固まって行動しない様に、微妙なバランスでちりばめられている。
「さすが、考えなしで突っ走る団長を、10年以上支えている人だけの事はあるな」
ボロルダさんの言葉に、より一層副団長さんに尊敬を感じる。
ヴェリヴェラ副隊長の時も思ったけど、トップを支える人はすごいな。