88話 組織のお金
70話の前に登場人物の一覧表をアップしました。
名前などの確認にご利用ください。
「ここだ」
団長さんが一見、固定されているように見える棚を手で押すと、近くの壁が横にゆっくりと移動した。
壁の向こうから現れたのは、8つに区切られた棚。
5つの棚は空だったが、3つの棚には箱が積み上がっていた。
1つの箱は蓋が開き、中に入っている紙が見えている。
「見つけたのはこの棚だ。あと箱には全て、書類が入っていた」
「俺達が見ても問題ないか?」
セイゼルクさんの言葉に、団長が頷くと3人が書類に手を伸ばす。
団長も新たな箱の蓋を開けて、確認を始めた。
私が見ていい書類ではないので、部屋全体を見て回る。
「そんな、まさか……」
しばらくすると、誰かの苦渋に満ちた声が聞こえた。
そしてドンと言う、棚を叩く音。
見るとボロルダさんが、苦しそうな表情を浮かべている。
セイゼルクさんが、そんな彼の肩に手を置く。
「あいつが……」
もしかしたら、知人が犯罪に加担している書類でも見てしまったのだろうか?
これから知らされるだろう真実に、どれだけの人が苦しむのだろう。
ボロルダさんを見ていると、心臓の辺りにギュッと痛みが走った。
視線を逸らして、1回深呼吸をする。
私にできる事はそれほど多くない、まずは問題のある人を知らせる事だけだ。
部屋をゆっくり歩きながら、壁や天井を確認して行く。
建物内を見て回っている時に、金庫も見たのだが小ささに驚いた。
組織の規模を聞いていたので、金庫の大きさに違和感を覚えたのだ。
なので、お金の隠し場所があるのではないかと期待している。
気になる部分を順番に押してみたり、引いてみたり……何も起こる気配がない。
残念。
お金はこの建物には置いてなかったのだろうか?
部屋全体を見終わっても、団長さんたちの書類を読む勢いは止まらない。
だが、ここに長時間居続けるのは不審がられるので注意が必要だ。
声を掛けようと4人に近付くと、足元からギシッと言う音がした。
「ん? 床?」
木造の建物なので、床が鳴ってもそれほど違和感はない。
現に玄関や、廊下は歩くたびにギシギシと音がしていた。
なのに、なぜか床の音が気になった。
もう一度音が鳴った場所を踏んでみる。
ギシッと音がする。
おかしいな、何が気になったのだろう?
「何かあったりして」
ちょっと期待して、床の部分をよく見ようとしゃがみ込む。
床を見回すと、少し段差がある事に気が付く。
その段差の部分を押してみるが、特に変化はない。
次は横に移動させてみようと引っ張るが、動く気配もない。
「そう、上手く見つかる訳ないか、残念」
立ち上がるために床に手を置いて押す。
が、手をついた床が前に移動した。
「ぅわっ!」
ゴンッ!
額に衝撃が。
「アイビー!」
私の叫び声に、ラットルアさんがすぐに駆けつけてくれた。
そして転んでいる私を起こして、体に付いた埃を払ってくれる。
「おい、それ」
ん?
ボロルダさんの視線を追うと、床の一部が開いている。
横に移動ではなく前に移動させる方式だったのか、惜しい。
ラットルアさんが床を完全に移動させると、床下に大きな木箱が見えた。
木箱の蓋を開けると……。
「あった!」
ぶつけた額が少し痛いが、お金を見つけた興奮が先に立つ。
視線の先には箱に入った大量のお金。
しかも、同じ木箱が3個もある。
組織は書類だけではなく、資金も置いていたのだ。
資金の損失は組織にとって、大きな痛手だ。
これで、ミーラさん達の異常な動きにも説明がつく。
「すごい大金だなって、アイビー血が出てるぞ!」
団長の焦った声に、ラットルアさんが慌てて布を額に押し付ける。
押さえられたからか、ずきずきとした痛みが走った。
しまった、ポーションを持って来るの忘れた。
「はい」
目の前には青のポーション。
視線を向けるとボロルダさんが、ポーションを差し出している。
「あっ、いえ。大丈夫です」
「気にするな、見つけてくれた報酬だ」
「ボロルダ、報酬が安すぎるだろ」
セイゼルクさんの冷静な突込みに、顔を歪めるボロルダさん。
「わかってるが、とりあえずだろうが」
ラットルアさんがボロルダさんからポーションを受け取り、私の傷に振りかける。
スーッと痛みが引いて行くのが分かる。
すぐに痛みが無くなったという事は正規品だろう。
まさか、私が正規品を使う日が来るとは、思ってもいなかったな。
「ありがとうございます」
ボロルダさんに頭を下げると、頭を撫でられた。
「アイビー、ありがとうな」
団長が、木箱を床下から引っ張り上げながらお礼を言ってくれる。
役に立ててよかった。
床下には木箱が全部で4個。
3個ではなかったようだ。
どの箱の中も、金貨が詰まっている。
数えなくても、すごい金額がある事だけはわかる。
これほどのお金を動かしていた組織。
考えるだけで恐ろしい。
「なんだか、ちょっと想像を超える金額だな」
セイゼルクさんの言葉に、他の3人が頷いている。
組織を知っている4人にとっても、想像を超えるお金。
「はぁ、俺達が推測していた組織より、デカい組織だったという事か」
団長さんが、疲れたようにため息をつく。
お金を動かす規模によって、組織の大きさが分かるらしい。
その辺は、経験から考えられる事だろうな。
あっ、結構な時間がかかっているな。
「不審に思われる前に、この部屋を出ませんか?」
ボロルダさんが苦笑いしながら、私の頭をポンと軽く撫でる。
そして額を触って来る。
傷跡でも残ったのかな?
「傷跡は残らなかったな、よかった」
傷跡など気にした事が無いので、少しむずむずする。
ポーションは命に係わる大切な物なので、他人に無償で譲ることは無いと聞いたことがある。
なのに、迷いなく差し出してくれたボロルダさん。
思い出すと口元が緩む。
「アイビーがさっき考えた作戦をとっとと始めるか。俺が考えるより成功率が高そうだ」
団長さんの恐ろしい言葉が耳に入る。
慌てて団長さんを見ると、なぜか頷かれた。
えっ、その頷きはどういう意味?
「いやいや、団長。俺達もしっかり考えないと駄目だろ」
ボロルダさんの言葉に、無言で何度も頷く。
ラットルアさんは下を向いて隠しているが、肩が震えている。
ちょっと私が焦っている時にと思って、拳を作り彼の肩を叩く。
「アハハハ……」
酷くなった。
それに合わせて、セイゼルクさんも笑い出した。
なぜだ!
「いや、ボロルダ。よく考えろ。アイビーの作戦には説得力がある。あれ以上の作戦を考えられるか?」
「ん~、まぁ確かにそうだな」
「だろ?」
えっ、ちょっとボロルダさんまでどうして納得しているの?
団長もそのしたり顔はおかしい。
「あの、さすがにあの作戦は相手任せな部分が多いので、もっとしっかり団長さんたちが作戦を立てた方が良いと思います」
「大丈夫だ。あのままでも、しっかりした作戦になっている」
大丈夫じゃないと思うが……。
とりあえず書類とお金を元に戻して、玄関に向かう。
「さて、まずは証拠とお金の移動だが、何処がいい場所だろうな?」
団長さん、どうして私に向かってしかもばっちり視線を合わせて話しているのだろうか?
おかしい、この中で一番若いと言うか子供なのに。
「……マルガジュラさんが調べている蔵が良いかと」
「そうだな。そこが一番の候補になるな」
ボロルダさんも同じ結論になっているようだ。
なら、もっと早く意見を言ってほしい。
「ならば、マルガジュラをここから追い出すか」
「団長さん、マルガジュラさんも証拠品の移動に参加させましょう」
「いやいやいや、組織の人間にそれは駄目だろう」
「あっ、説明不足ですね、すみません。えっと、各部屋に木箱や棚などが置いてありました。それを蔵に保管する名目で移動させます。で、その中に書類などを紛れ込ませるんです。中を確認しながら移動すれば、蔵には無用な物しかないと、マルガジュラさんに印象付けられます」
「組織にとってもって事か」
セイゼルクさんの言葉に頷く。
マルガジュラさんは、ここでの異変は全て組織に流しているだろう。
その為にいるのだから。
団長さんのいる方から「アイビーに作戦をたててもらって」と言う、恐ろしい言葉が聞こえてきた。
絶対に視線は合わせない!