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86話 2人の貴族

団員さんに案内されながら元商家の家を見て回る。

団長さんは別行動をしているのか、周りを見てもその姿は確認できない。

副団長さんも、マルガジュラさんと一緒にどこかに行っていて近くにはいない。


「それにしても広いな」


ラットルアさんは、壁を叩きながら周りを見回している。


「そうですね。蔵も2個あるみたいですよ」


「そうなのか?」


「窓から見えました」


「隠し部屋があるならそっちかな?」


どうだろう?

隠し部屋って何処に作ったら、一番見つからないだろう。

蔵はなんとなく隠し場所のイメージがあるから、重点的に調べられそうだし。

あっ!


「マルガジュラさんが調べた場所ってどこですか?」


「ん? あぁ、そういう事か」


「はい。彼は裏工作をするために、組織から命令を受けてここにいるのでしょうから」


問題のある部屋を、問題なしと報告させる。

その役目を負っているのがマルガジュラさんだ。

つまり、彼の調べた部屋に隠し部屋に繋がる何かがあるはず。

もしかしたら、団長さんは1人で調べに行ったのかもしれない。

見つかるといいな。

組織を追い込む何かがあるはずだから。


1階を見終わった時、建物の入り口の扉が開く音がする。

丁度、近くにいたので視線を向けると、団員2人に案内されてきた身なりの良い、温和な雰囲気の男性と気難しそうな雰囲気の男性がいた。

その姿を見た瞬間、ラットルアさんの息を呑む音が聞こえた。

どうやら、ここにいて欲しくない存在のようだ。

誰だろう。


「ファルトリア伯爵、フォロンダ領主。どうかされましたか?」


ボロルダさんが、すぐに男性に声を掛ける。

その名前に聞き覚えがある。

ファルトリア伯爵は怪しい人。

フォロンダ領主はボロルダさんが信じたいと思っている人だ。


「たまたま、近くを通りかかってね。今どうなっているのか確認しておこうと思ったのだよ」


「そうですか」


「私は、ファルトリア伯爵と一緒にいたので、ついて来ただけだ」


見た目通りファルトリア伯爵は随分と穏やかな話し方で、悪い事とは無縁な印象。

フォロンダ領主は、静かな雰囲気だが、どこか近寄りがたい印象があるな。


「おや? そちらは?」


ファルトリア伯爵の視線が私に向いて、ふわりと笑う。

その笑いに不快なモノは無く、本当にこの人を疑っていいのだろうかという思いが湧きあがった。

その為だろうか、ちょっと後ろめたい。


「アイビー」


ボロルダさんに手招きをされたので、隣に並ぶ。

彼の表情には変化は無かったが、私の肩に置いた手が少し強張っているのに気が付いた。

それに釣られる様に、私も体に力が入ってしまう。


「この子はアイビーと言います。ある組織に狙われているため、我々が護衛をしています。他の仕事と重なったため、一緒に行動をしてもらっているんです」


「可愛らしい子だね。ファルトリアだ。よろしくね」


私に目線を合わせるように少し背を屈め、穏やかな声に、柔らかな笑顔。

何処にも不安を感じる要素などない。

ただ、バッグがピクリとも動かない。

つまりソラは、ファルトリア伯爵を問題ありと判断したようだ。


「大変だな。ボロルダ達は優秀だ。安心して大丈夫だぞ」


フォロンダ領主は、私を見下ろした状態で笑顔を見せる事も無い。

声にも優しさは無いが、ボロルダさんを優秀だと言った時だけ、なんだか暖かさを感じた。

見た目は、正直言うと怖いと言える。

でも、私の太ももにプルプルとソラの揺れを感じた。

ボロルダさんの服を少し掴む。


「ファルトリア伯爵、よろしくお願いします」


声を出すと同時に、つかんだ服を1回引っ張る。


「フォロンダ領主も、よろしくお願いします」


服からそっと手を離す。

肩に置かれていたボロルダさんの手から、すっと力が抜けた。

きっと安心したのだろう。

ボロルダさんが信じている人が、味方でよかった。

私も、体から力を抜くことが出来た。

それに気が付いたのか、ポンポンと軽く肩がたたかれた。


「団長は何処にいるんだい?」


ファルトリア伯爵が、周りを見回し聞いてくる。

あれ?

今の聞き方は、ここに団長さんがいる事を知っているみたいだな。

でも、どうして知っているのだろう?

先ほど団長さんは「忙しくて、ここに来るのは取り締まりの日以来だ」って言っていたけど。

誰かから聞いたのかな?

……もしかして、建物の外にも見張り役の人がいるのかな?

何だかいっぱい潜んでいそうで嫌だな。


「ここにいますが、何かご用でしょうか?」


団長さんは1階の奥から姿を見せた。

あっ、副団長さんとマルガジュラさんも一緒だ。


「いや、少し様子を見に来たんだが」


「そうでしたか。上がって中を見て行きますか?」


その言葉にどきりとする。

どうしよう、団長さんにはファルトリア伯爵が問題ありだとまだ知らせていない。

ちらりと隣にいるボロルダさんに視線を向ける。

私の視線に気が付いたのか、にやりと彼が表情を変える。

ん? こんな表情を初めて見たな。

何かを企んでいるような顔と言えばいいのか……何だろう。


「いやいや、仕事の邪魔をしても悪いからね。元気な顔を見たかっただけなのだよ」


「そうでしたか、わざわざありがとうございました」


ファルトリア伯爵は、笑顔で周りの団員さんにも声を掛けながら建物から出て行く。

そのあとを追うように、フォロンダ領主が足を外へ向ける。


「フォロンダ領主、少し話したい事があるのですが」


「なんだ?」


「ここではちょっと言いにくい事ですので、お時間を作って欲しいのですが」


ボロルダさんが、頭を下げる。

フォロンダ領主は、一瞬何かを考えるそぶりを見せたが、あとでギルドに顔を出すと約束してくれた。

2人の姿が完全に見えなくなると、どっと疲れが来た。

初めて貴族を前にして、ドキドキとずっと心臓が鳴りっぱなしだったのだ。

しかも1人は、組織の人間で敵。

穏やかな見た目と優しそうな笑顔が、途中から怖くて、怖くて。

もう少し長く話しかけられたら、震えていたかも知れない。


副団長さんがマルガジュラさんに、蔵をもう一度調査するから団員を集めるよう指示を出している。

やはり、まだ隠し部屋は見つかっていないようだ。

……って違う。

問題ありのマルガジュラさんに、指示を出しているという事は……。

もしかして、偽装工作かな?

隠し部屋が見つかったのかもしれない!

マルガジュラさんはすぐに2人の団員さんを呼びに行き、副団長さんと共に蔵へ向かった。

その後ろ姿を見送っていると、伯爵たちを案内してきた2人の団員さんとここまで私たちを案内してくれた団員さんに、戻るよう指示を出す団長さんの声がした。


入口付近にいるのは団長さん、ボロルダさん、セイゼルクさん、ラットルアさんと私だけだ。

団長さんが私をちらっと見て、少し思案顔をしている。

首を傾げると。


「団長、アイビーは問題ない」


「それは知っている。そうではなくてだな」


「あぁ、普通はそうだな」


「何がだ?」


「アイビーは、おそらく団長が今まで何をしていたのか、そしてその結果も予想している」


「は?」


あっ、怖い顔の人がちょっと抜けた表情になると、面白い顔になるんだ。

にしても、団長さんがどうして、そこまで驚くのだろう。

順序立てて考えれば、答えは分かりそうなのに。


「アイビーが考えている事は想像がつくけど、普通の9歳は考えないからな」


ラットルアさんの言葉に首を捻る。

そうだろうか?

って普通って、私も普通の9歳なのに。


「見た目は、9歳にも見えないのにな」


セイゼルクさんには貶された!


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