74話 特殊な商品
「粘着質な視線か……なんでなんだ」
リックベルトさんの静かな声に、少し震える。
その声には感情が一切感じられず、異様な怖さを感じたからだ。
他の3人はリックベルトさんから、少し気まずそうに視線をそらす。
何とも言えない雰囲気が場を支配する。
「あ゛~」
いきなりリックベルトさんが、大きな声を出して頭を掻きむしった。
不意な事に驚いて、小さな声が口から飛び出す。
「あっ、ごめん。悪いなアイビー。驚かせちまった」
「いえ……大丈夫ですか?」
昨日から少し感じていた違和感。
それが何なのか分からなかったけど、きっとミーラさん達の事なのだろう。
「昨日、ミーラと一緒に弟のマルマもいたんだ」
「?」
「マルマは俺の幼馴染だ。俺の命の恩人でもある。……どこで間違っちまったんだろうなぁ?」
その答えは、ここには無い。
誰にも答えることが出来ない質問だ。
泣きそうな表情で少し笑ったリックベルトさんに、心臓がギュッと軋むような気がした。
「リック、この件から降りてもいいぞ」
「いや、俺の手で捕まえたい。それにまだ……信じたい気持ちもある」
「そうか」
ボロルダさんが、リックベルトさんの肩を数回軽く叩く。
ラットルアさんもセイゼルクさんも、少し苦しそうだ。
本当に大切な仲間なのだ。
ミーラさんもマルマさんも、トルトさんも。
悲しいな。
「ふ~、話を続けないとな。アイビーには全てを話しておいた方が良さそうだ。疑問もあるだろ?」
確かにある。
昨日何があったのか、何を見たのか。
気持を落ち着けて、ボロルダさんと向き合う。
「少し前に、取り締まりをしたが失敗した、という話を覚えているか?」
「はい。情報が漏れていたという事でした」
「そうだ。その情報は限られた者にしか知らされていなかった。つまり、知っていた者達の中に裏切り者がいるという事だ」
「自警団の隊長、副隊長、そしてギルマスが独自に情報を知っていた者達を調査したらしい。だが、証拠を見つける事は出来なかったそうだ。だが裏切り者はいると断言されたよ、それが討伐に行く前日だ」
「その話を聞かされたのは俺達4人だけだ。ちょっとギルマスと飲む機会があってな」
ボロルダさんもセイゼルクさんも、淡々と話を続けていく。
仲間を調査する事になった人達は苦しかっただろうな。
そして、それを聞かされた彼らも。
あぁそうか、この話を知っていたから4人は私と一緒にいてくれたのか。
「昨日討伐隊の集まりの後、ギルマスに挨拶に行ったのだが、そこである依頼をされた。それがある商人が特殊な商品を扱っている証拠が見つかった。まだ証拠能力としては弱いため、情報を集めて欲しいと」
「商人が扱っているのが人なんだが、その……まぁ、何だ。アイビーには言いにくいのだが……」
何だろう?
ボロルダさんが、突然しどろもどろになりだした。
セイゼルクさんも眉間にすごい皺が。
それほど言いにくい事なのだろうか?
商人が扱うのが人と言うのは予測できる。
人をさらって売りさばく、おそらく裏の奴隷商人。
これ以上に何か言いにくい事なのだろうか?
しかも私に?
「あ~、つまり……気分が悪くなったら言ってくれ?」
「はい」
ものすごく真剣にボロルダさんが言うので緊張感が増す。
「こいつの扱っている商品は人なんだが、子供なんだ。とくに男の子だ。そのだな……大人にはその、特殊な性癖と言うか、その……間違った愛情を子供に向ける奴がいてな、そんな奴らのための商人なんだよ……大丈夫か?」
なるほど、幼児性愛者……変態。
その商人に狙われているという事か……子供に性欲?
「大丈夫、アイビー?」
考え込んでしまった私を心配して、ラットルアさんが声をかけてくれた。
黙っていたので気分が悪くなったと、思われたのかもしれない。
「大丈夫です。えっと、……大丈夫です」
いや、大丈夫ではない。
頭の中がぐるぐるしていて気分が悪い。
そんな対象に……私が……。
少し、違う事を考えて落ち着こう。
「あの、炎の剣も雷王も上位冒険者ですよね。そんな人たちと一緒にいるのに、狙う理由は何ですか? リスクが高いですよね?」
「……金だな。そして今まで培ってきた自信だろう」
「お金と自信?」
「表に出せない性癖だからな、そう言う対象で狙われた子供はかなり高額で取引される。とくに国の取り締まりが厳しくなって、罰が重くなったおかげで値段が跳ね上がった」
ボロルダさんが、大きなため息をつく。
取り締まりが強化されたのは良いが、逆に値が吊り上り、金になる商売になってしまったのか。
何だか、やるせない気持ちになるな。
「それと組織について、まだ何も発覚していないと思っているため、上位冒険者ごときには邪魔はされないと考えているんだろうな。今まで通り仕事をすれば問題ないと」
セイゼルクさんの声に嫌悪感が混じる。
「今回だって裏切り者が分からなければ、緑の風にも商人の情報が流れたはずだ。そうなれば商人はすぐさま消され、組織には近づけなかっただろう」
そうか、ギルドの情報は上位冒険者には通達される。
それだけ信用があるからだ。
あれ?
「緑の風も上位冒険者なのですか?」
「違うが、今までの功績で同じ情報が流れていた。貴族の支持があったからな」
セイゼルクさんの言葉に疑問が浮かぶ。
貴族がどうして口を出すのだろう?
知り合いだったとか?
「その貴族と、緑の風って親しいのですか?」
「いや、そんな事は聞いたことが無いな。それに親しいからと口を出したら、それこそ問題になる」
親しくない。
だったら上位冒険者が少ないから、もしもの時のために情報を共有している?
「……この町の上位冒険者って少ないのですか?」
「ん?いや俺達を含めて7組いるから少なくないぞ。……まさかアイビー、貴族を疑っているのか?」
セイゼルクさんが、驚いた表情をする。
ボロルダさんもリックベルトさんもだ。
どうしてだろう?
相当額なお金が動くなら、お金を持っている人が怪しい。
一番は貴族だ。
そして緑の風を支持したのも貴族。
理由があるのかもしれないが、怪しいと思うけどな……あれ?
何でこんなことを考えたんだろう?
「すみません。ちょっと……」
「いや、大丈夫だ。今、話に出た貴族だが問題ない、信用できる人だ」
「それはどうだろう。本当に信用していいのか?」
「あ゛っ?」
ラットルアさんとボロルダさんが睨み合う。
どうしたのだろう?
いきなりボロルダさんの雰囲気が変わった。
「ボロルダはあの人に感謝しているのかも知れない。でも、今の状態で本当に信用できるのか?」
「当たり前だろうが」
「本当に?」
「あぁ」
「ミーラの事を踏まえて、同じことが言えるのか?」
「それはっ!……」
「落ち着きなよ、2人とも」
リックベルトさんが、興奮している2人の肩を叩く。
少し声が大きくなっていたようだ。
……あれ?
この話って周りに聞こえているのでは?
周りを見渡すが、こちらを気にしている様子の冒険者はいない。
……なんで?
「あれ? 今気が付いた? 防音アイテムを使っているんだ。魔物からドロップしたマジックアイテム。すごいでしょ」
ラットルアさんが、少し自慢げに机の上の防音アイテムを指す。
気が付かなかった。
それにしても魔物からのドロップアイテムか……この辺りがゲームなんだよね……ん?
何だろ今の、あぁ前の私の知識か。
「すまない」
ボロルダさんの声が耳に届き、意識を切り替える。
彼は、何とも言えない表情をしている。
信じたいが本当に信じていいのか、迷っているようだ。
ミーラさんが裏切り者だった事で、誰が味方で誰が敵なのか、判らなくなっているのだろうな。
あれ?
ミーラさんが裏切り者ってどうしてわかったんだっけ?