66話 ラットルアさん
「おはようございます」
テントの外ではヌーガさんが、朝ごはんの用意をしていた。
「おはよう。スープをありがとう」
「いえ」
昨日、夕食用のスープとは別に、翌朝に食べられるようにスープを作っておいたのだ。
ヌーガさんは、スープの鍋を温めながら干し肉を切り分けている。
「おっはよう!」
朝から元気な声が後ろから聞こえ、そして頭をポンポンと軽く撫でられる。
ラットルアさんは私が狙われていると知ってから、少し接触が増えたような気がする。
心配をしてくれているのだろうが、それとは何か違う物を少し感じる。
ただそれは、不快感や違和感ではない。
ほんの少し感じるだけなので、それが何なのかは掴みかねている。
「おはようございます」
セイゼルクさんと、シファルさんもすぐにテントから出てきて、全員で朝食を食べ始める。
「はいこれ」っと渡された黒パンを受け取りながら、不思議に感じる。
私は部外者だと思うのだが、炎の剣の皆は何の違和感もなく受け入れてくれている。
当たり前のように一緒に食べて、当然のように私のパンがある。
……手の中の黒パンを見つめる。
組織の事を思うと不安だが、仲間がいるようで少しホッとする。
「そうだ~、セイゼルク。今日俺お休みね」
「はぁ……あ~、まぁ仕方ないか」
何だろう?
ラットルアさんは、今日はお休み?
討伐中にそんな事ってあるのかな?
聞いたことが無いけど……まぁ、上位冒険者とは初めて関わるし、あるのかな。
「やったね。アイビーと一緒にいられるね」
これって、もしかして私のため?
ミーラさんの事を考えるとうれしいが、駄目だと思う。
「あの、私は大丈夫ですから」
「いいの~、セイゼルクの許可はとったしね」
セイゼルクさんを見ると、肩をすくめるだけで撤回はしないようだ。
いいのかな?
本当に?
「気にすることは無い。ラットルア、あとでリーダーに許可を取りに行くぞ」
「了解!」
ヌーガさんの言葉に、ラットルアさんはうれしそうだ。
なんとなく、セイゼルクさんに向かって頭を下げた。
セイゼルクさんは、苦笑いで軽く手をあげる。
正直に言えばミーラさんが怖いので、ラットルアさんが一緒に居てくれると心強い。
ホッと体から力が抜けた。
これからの事を考えて、自分が思っていた以上に緊張していたようだ。
朝食を食べ終わってしばらくすると、ヌーガさんとラットルアさんが討伐隊のリーダーの元に説明に向かう。
本当にいいのかな?って思いながら後ろ姿を見送る。
「アイビー、悪いな」
「いえ、私の方こそすみません。ラットルアさんを休ませるような事になってしまって」
「それは違う。休むのはラットルアのためなんだ」
えっ?
ラットルアさんのため?
「……まぁ、色々とな」
「えっ?」
何故か、いつも冷静なセイゼルクさんの表情が苦々しいモノに変わる。
それに驚いて、じっと見つめてしまう。
私の視線に気が付いたのか、その表情は消えて苦笑いを浮かべる。
「まぁ、なんて言うか。……アイビーが組織に狙われていると知って、ちょっと不安定になっていてな。だから悪いが今日は一緒に居てやってくれ」
「そうなのですか? 私も一緒に居てくれると心強いので、助かります」
……セイゼルクさんの表情から、何かがあるのかも知れないなと感じた。
だが、知り合ってすぐの子供である私が、踏み込んで良い事ではないだろう。
不安定になっているのかは分からないが、頭を撫でる回数は増えている。
あれは、安心するためなのかもしれないな。
「あぁでも、めんどくさくなったら殴っても良いからな」
「殴る、ですか?」
「そうそう。大丈夫だアイビーが殴るぐらいでへこたれないから」
セイゼルクさんの表情は本気だ。
不安定だと言っていたのに、殴っていい物なのか?
「アイビー。何、俺の話?」
「リーダーはなんて?」
「すっごい大きなため息ついていたけど問題なし!」
そんな簡単に?
「アイビー、今日は一緒だね!」
「はい。うれしいです」
討伐に向かうセイゼルクさん達を見送り、朝食の後片付けをする。
昨日と同様に、ゴミを集めて処理をしているスライムの下へ向かう。
途中で他の冒険者たちのゴミも集めて行く。
すると、首の辺りに不快感を感じた。
今日は周りを確かめる前に、どちらの方向からの視線なのか探ってみる。
……分かりづらいな。
すっと視線を周りに走らせる時には、不快感は消えていた。
ギュッと手を握られた。
驚いて視線をあげると、ラットルアさんが私を見て笑っている。
「大丈夫だよ」
その笑顔と言葉にホッとする。
笑い返すと、ラットルアさんが視線を前に戻す。
「えっ?」
「どうしたの?」
「いいえ、手伝ってもらってありがとうございます」
「問題ないよ。暇だしね」
「セイゼルクさんに聞かれたら、怒られますよ」
「ハハハ」
何だろう。
一瞬だけ、ラットルアさんが泣きそうな表情をしたように見えた。
気のせいかな?
今の彼は、いつもと変わらない。
何だろう?
視線を前に向けると、笑顔で手を振っているミーラさんがいた。
一瞬、ラットルアさんと繋いでいる手に力が入ってしまう。
「……」
不思議そうにラットルアさんが、私を見ているのを感じる。
でも、どういえばいいのかは分からないので、繋がっている手を引っ張る様に足を速める。
「ゴミの処理をお願いしましょう」
「あ~……うん。そうだ、ミーラのスライムって少し特殊なんだよ。見た?」
ミーラさんの名前が耳から入った瞬間、体がびくっと震えてしまった。
気付かなかった事にして、話に乗る。
「剣を処理するスライムなら見せてもらいました」
「見たんだ。そうあれ。すごいよね~。かなりレアなんだよ」
「そうなんですか。すごいですね」
少し視線を下にして深呼吸を繰り返す。
顔を見ただけで、名前を聞いただけで動揺してしまった。
落ち着け、これでは気付かれてしまう。
落ち着け、大丈夫。
何度も、心の中で唱える。
長く息を吐いて、すっと視線をミーラさんに向ける。
「大丈夫」
「ん?どうしたの?」
心の中の言葉が、小さくこぼれてしまったようだ。
首を横に振って、ミーラさんの下へ向かう。
大丈夫。
「アイビー、おはよう。どうしてラットルアがいるのかしら?」
「今日はお休み~」
「何それ? そんなの許されないでしょ?」
「ハハハ、本当に休み。リーダーの許可もとってあるよ」
「そうなの? まぁいいけど。それよりゴミはそれぞれのスライムの前によろしくね」
「了解!」
スライムの前にゴミをおいて行く。
どの子も……ソラの様に勢いよく消化はしない。
もしかして、皆お腹がいっぱいなのだろうか?
「どうしたの?」
スライムをじっと見ていたのが気になったのか、ラットルアさんが声をかけてくれた。
「ゆっくり消化しているので」
「ん? こんなもんでしょ?」
えっ、……これが普通?
この、のんびりした消化速度が?
ポーションが入っていた空瓶を、ソラの5分の1くらいの速度で消化するスライム。
ソラってやっぱり特別すぎるような気がする。