番外編 ラトミ村の村長
目の前に、腐りかけている特産品のザロがある。
「どういう言う事だ!!」
周りを睨み付けると、ビクリと震えて誰もが視線を逸らす。
その態度に、怒りが倍増する。
「答えろ! どうして腐っている!」
静まり返り、静寂が訪れる。
苛立ち、もう一度声を出そうとした時、1人の男が前に出る。
「ザロの収穫は、占い師のルーバさんが教えてくれていたんです。それは村長もご存知のはずです」
「だからなんだ! あんなババァ1人いないだけで、こんな事になるか!」
「ザロの収穫時期はとても短い。それを見極めるのは長くザロを育ててきた私たちにも難しい。
だから占い師のルーバさんが必要だったんです! それを村長が!」
「うるさい! 誰に向かってそんな口をきいている!」
目の前の男を蹴り飛ばす。
周りから叫び声が上がり、農具を持った男たちが前に出る。
「なんだ、村長に向かって何をするつもりだ!」
気に入らない。
「とにかく、ザロを腐らせるな! 行商人が来たら高値で売れ、分かったな」
何なんだ、まったく。
あいつら、税金を上げてやる。
俺に盾を突いたらどうなるか、思い知らせてやる。
くそっ、あのババァが何だと言うんだ。
親父がちょっと目をかけてやったら調子に乗りやがって、俺に意見を言うなんて。
何様だ。
しかし、ザロがあの状態はやばい。
ちっ、村長になったら楽に遊べると思っていたのに、どいつもこいつも邪魔しやがって。
…………
収穫されるザロの量が少ない事が気が付き、久々に畑に足を向ける。
「どう言う事だ! 他の奴らはどうした!」
収穫作業をしている村民の数が異様に少ない。
半分ほどしかいない。
誰がサボっていいと言った!
あいつら、俺を馬鹿にしやがって!
「早く、サボっている奴らを連れて来い!」
「えっ……村長? 2日前に知らせましたが」
2日前?
何の事だ?
妾の所に居たので知るわけないだろう。
「知らん。何があった」
青い顔をした男が、震えながら口を開く。
「多くの村民が、村を出て行っています。『どうしたらいいですか?』と奥様に伝えるようにお願いしたのですが」
「……出て行った? 出て行っただと! この忙しい時期にか!」
村から恩を受けておきながら出て行っただと、なんて奴らだ。
あいつら、許さん!
「くそっ。どいつだ、名前を書きだせ!」
1人の女性が、慌てて紙に名前を書きだした。
次々に書かれる名前に、怒りでどうにかなりそうだ。
何故か一瞬止まって、最後に付け足された名前。
何処かで聞いた名前のような気がするが……子供?
子供が1人で?
まぁ、どうでもいい。
親がいないのだったら、奴隷商にでも売り飛ばせばよかったな。
「あの……収穫に手が足りません。どうしたら」
「そんなもの、お前たちで考えろ。収穫が終わるまで休むなよ!」
馬鹿にしやがってあいつら。
タダで済むと思うなよ。
名前の書かれた紙を掴み、馬を走らせる。
ちっ、ギルドが近くに無いというのは不便だな。
村から数時間馬を走らせると、ラトミ村が懇意にしている行商人の馬車を見つけることが出来た。
「おい、お前ら」
「ん? あんたはラトミ村の、何か用か?」
俺の声に、1人の男が馬車を降りて近づいて来る。
おそらく行商人だろう。
後2人、屈強な体つきの男がいるが警護だろう。
「ギルドに依頼を出すから手伝え!」
「ギルドに? 冒険者の方か? 商業の方か?」
「冒険者だ。村から逃げ出した奴らの財産を没収させる」
「……それは、やめた方がいい。それより……」
「うるさい! 村の事に口を出すな。ただの行商人ふぜいが!」
「……そうか。依頼は逃げた村民の財産の没収でいいのか?」
「あぁ」
「……5ギダル必要だな」
「は? 5ギダル?」
「依頼料だ」
「本当にそんなにするのか? 嘘をついていないだろうな」
「本当だ、他の行商人に聞けばわかる」
「ちっ、ほらよ。どうせ5ギダルぐらいなら、すぐに奴らから搾り取れるだろうからな」
「……」
行商人に5ギダルを渡す。
「本当に出していいのだな?」
「あ? 当たり前だ。俺を馬鹿にしやがって。屑どもが」
「わかった。ただギルドに依頼するまで時間がかかる。ラトミ村と同様ラトフ村にはギルドの簡易取扱い場所が無いからな」
「あぁ、そうだったな」
依頼を行商人に任せて、馬をラトミ村に引き返す。
家に帰り、玄関を乱暴に開ける。
すぐに奥からあの女が出て来るだろうと待つが、いくら待っても出て来ない。
「くそっ! 亭主が帰って来たんだ、早く出て来い、何をしてやがる!」
亭主を出迎えもせず、伝言も伝えに来ない、本当に役に立たねぇな。
親父が言わなかったら、誰があんな女。
家に土足で上がり部屋を見て回るが、人の居る気配がしない。
「おい! いい加減にしろ!」
どうして、あの女も手伝いの奴もいない!
こんな大切な時期に遊びやがって、帰って来たら覚えてろ!
…………
-行商人と警護をしている冒険者-
「その依頼、ギルドに出すんで?」
「ん? お金を預かってしまったからね」
「ハハハ、あれは相当馬鹿ですね」
「他の行商仲間から話は聞いていたが、ここまでとは。領主も代替わりして腐っちまったからな」
「あっ、そこから腐ってるんすか? 残った奴らが可哀想だな」
「ん~残った者達は村長派でしょう。今までの事を考えると自業自得ですかね」
隣で人の動く気配を感じ、視線を向ける。
老婆が目をさまし、私を見て警戒している。
「大丈夫ですか?」
「あっ、すみません。ここは? 奥様は?」
かすれた声で問いかけられるので、コップに水を入れて渡す。
「落ち着いて。ここは行商で使う馬車の中です。奥様は隣におりますよ。痛みがようやく落ち着いて、今は寝ていらっしゃいます」
老婆の視線が、私の反対の存在に向かう。
体中に傷を負っている女性の手を握りしめ、よかったとありがとうを繰り返しながら泣き出してしまう。
ラトミ村から村道を馬車で走っている時に、倒れている2人を見つけた。
見覚えがある顔に驚いたが、殴られたであろう顔や体の傷の多さにもっと驚かされた。
今の村長に替わりラトミ村が変わったとは聞いていたが、たった数年でここまでひどいことになるとは。
マジックバッグから依頼書を取り出す。
ラトミ村の現状と村民の状態、領主の対応について調べてほしいと商業ギルドから依頼が出ていた。
ちょうどこちらに出向く用事があったので、依頼を受けたのだ。
村の状態を書き込んだ紙と、村長から預かった紙に依頼内容を書いた紙を足して一緒にバッグに入れる。
ギルドには最初から行かなければならなかったので、ちょうどいい。
報告書と一緒に出しておけば、早急に対応をしてくれるだろう。
ただし、村長が期待した対応をするかは、私の知った事ではない。