58話 オトルワ町へ。 隊長と副隊長
空にうっすら朝日がさす頃に、目が覚めた。
広場を誰かが移動している気配がする。
よかった。
旅をする前に感覚が戻ったようだ。
ソラが朝ごはんのポーションを勢いよく消化している姿を見ながら、木の実と干し肉を食べる。
「ソラ、今日でこのラトメ村ともお別れだよ。次はオトルワ町だね」
声をかけると、ソラの体がプルプルと揺れる。
食事が終わりお茶を飲んで休憩している隣で、ソラは縦に伸びる運動を始めた。
この運動もいつもの光景になったな。
半透明の青色だったソラは今、完全に2色に変化している。
雫型の下の部分が青色、上の部分が赤色だ。
半透明なので綺麗だが、なぜ色が変化したのか、本当に大丈夫なのかは不明のままだ。
運動が終わったのか、私を見てプルプルしている。
可愛いな。
「ふ~、さて、行こうか」
旅の準備は既に終わっている。
後はテントを片付けるだけだ。
ソラをバッグに入れてテントから出る。
テントを片付けて、背負うとそれ以外のバッグをそれぞれ肩から提げる。
準備完了。
広場の管理をしている人に軽く頭を下げる。
「行くのか?」
「はい、色々とありがとうございました」
「気を付けて、良い旅を」
1度深く頭を下げてから、村の門へと歩き出す。
門が見えてくると、ヴェリヴェラ副隊長が門に寄りかかっている。
今日の門番はヴェリヴェラ副隊長なのだろうか?
「おはよう。アイビー」
「おはようございます」
伝言は伝えてもらったけれど、自分でちゃんと言いたかったので会えてうれしい。
「ヴェリヴェラ副隊長、お世話になりました。ありがとうございます」
深く頭を下げる。
ポンポンと頭を撫でられるのが気持ちいい。
「気にするな、隊長の被害者同士だからな」
「えっ、いや、それは……。昨日は仕事大丈夫でしたか?」
「あ~、ハハハ事務仕事が苦手な人だからな~。何か言っていたか?」
「……部下を育てるのも、その」
言わないほうがよかったかも。
ヴェリヴェラ副隊長の笑顔に何だか寒い物が……怖いです!
「ほぉ~育てるね~。なるほど」
オグト隊長すみません。
何だか、もうすごく申し訳ないです。
「えっと、……」
「あぁ、悪い。気にするな。それより気を付けろよ、森には危ない動物も魔物もそして人もいるからな」
「はい」
「次のオトルワ町だが、やばい人さらいの組織がある。取り締まりは強化されたとは聞いたが、全員が捕まったと言う情報は無い。違和感を感じた奴には絶対に近づくな」
「人さらい……気を付けます」
「あぁ、それといつかまたこの村に来い。待ってるからな」
「えっ、……はい。いつかまた」
軽く頭を下げて村を離れる。
村道を歩きながら、少し泣きそうになった。
『いつかまた』
また、会いたいと思ってもらえる事がこんなにうれしい事だと初めて知った。
少し乱暴な話し方だけど優しいヴェリヴェラ副隊長、暴走気味だけど頼もしいオグト隊長。
良い人に出会えたな。
いつか、この村に戻ってきたいな。
「いつかまた」
…………
-隊長と副隊長-
バサバサ。
目の前の机に置かれた紙の束。
嫌な予感がするな~。
ちらりと視線を横に向けると、あ~笑顔なのに、ものすごい寒気が。
「ヴェリヴェラ、えっと。これは?」
「隊長がこの所ず~っとため込んでいる仕事です」
「ハハハ。おっと、見回り」
「ハハハ、安心してください。1日ずっとこの場所で仕事が出来るように変更しておきましたから」
「え゛っ……ハハハ」
「あっ、そうそう。俺も今日は1日ここで仕事ですから」
「……………………そうか」
本気だ、この目は本気だ。
やばい、さすがにこれは。
そう言えばここ最近、書類仕事をまったくしてないな……チラッと視線を書類の束に向ける。
なるほど、そりゃ切れるわけか。
「やらせていただきます」
「当たり前です」
「はい」
書類に手を伸ばす。
あ~、いちいち読むのがめんどくさいんだよな。
ほんと、書類仕事ってどうしてこう。
「あっ、これ」
「どうした?」
ヴェリヴェラが1枚の書類をこちらに差し出す。
手に取って中を確かめる。
次の瞬間、眉間に深いしわが入ったのが自分でもわかった。
その書類は、ラトミ村が冒険者ギルドに出した依頼の写しだ。
内容は村の財産を盗んでいった村人を、見つけて欲しいと言う物だ。
3枚に性別および名前が羅列されている。
「ラトミ村の村長は頭が悪いな」
「えぇ、既に両ギルドがラトミ村の現状を広げています。こんな物は意味がない」
行商人たちの情報は、生活が懸かっているためとても正確で早い。
商業ギルドも情報を大切にしているので、行商人たちの噂話にもすぐにチェックが入るような体制になっている。
その結果、ラトミ村が今どのような状態になっているのかは、既に知られているのだ。
商業ギルドは、ラトミ村を運営する村長と領主に対して、評価ランクを一番低い1にしている。
評価ランクとはすなわち信用度だ。
低いという事は、まともな取引が行えない可能性が高い事を意味している。
評価の低い村長がいる村とは、だれも取引をしたがらない。
そんな中こんな依頼を冒険者ギルドに出すなんてな。
自分の首を絞める事になると、なぜ気が付かないのか?
冒険者ギルドにも村の情報は流れている。
そのため、この書類の最初のページの空欄に追加された一文には、以下の村人たちの財産を保護するとある。
村ではなく、逃げた村人の財産を守る。
つまり、冒険者ギルドも商業ギルドもこの件では動かないと言う宣言だ。
「馬鹿だな」
「馬鹿ですね」
羅列されている名前にアイビーの名前は無い。
ただ、気になる少女の名前がある。
家族で逃げ出している者が多いなか、この少女だけ1人だ。
おそらくヴェリヴェラも気がついているだろう。
「あの子には何か秘密がある。性別とは別の何か」
「おそらく。それが村に居られなかった原因ではないですか?」
「ふ~、信用されなかったな、俺」
「……それだけラトミ村での事が傷となっているのでしょう。いつか話してくれますよ、きっと」
「そうだな。まぁ気長に待つか。会ったのだろう?」
「あぁ、ある情報もしっかり伝えたかったので」
「それよりお前、どんな言い方して当番を代わってもらったんだ?」
「なぜですか?」
「青い顔して怖かったって震えていたぞ」
「失礼な、笑顔で丁寧にお願いしましたが」
「……絶対、俺より怖がられているよな」
「隊長、いつまでたってもこの部屋から出られませんよ」
「あ~、やります! やります!」