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第3話 深夜の疑念

 一九九八年十一月一日、未明。

 競馬場正門通りは、金属製の棒が縦に連なる高い塀、東京競馬場に突き当たる。棒の隙間からは、ひっそりと闇夜に息を潜める場内が、望める。半日すれば、熱狂を迎えるのが、嘘のようだ。歩みを左に折れさせ、壁に沿って歩けば、正門だ。

 待ちきれない競馬ファンが、列を成す。先頭からは二百メーター続く末尾に加わり、出を待ち焦がれる。夜明けを待つ蒼き空の下、入場待ちの行列に溶け込んだ。ここなら早い者勝ちの当日席は確保出来そうだ。

 未だに暗き闇は、断末魔の濃さを引きずっていた。漆黒の闇は命絶える程に薄まり、新しい陽が競馬場を包み、サイレンススズカを照らすのは、あと少し。

 何かから逃れて忘れたいと、恭一は迎え酒の缶ビールを手にしていた。現実逃避ではなく、決意を持つ人間の武者震いにも見える。

 鈴は不思議に包まれる。陽子と恭一。自分の母親と恋人の父が、ただならぬ間柄の怪しい雰囲気。その若かりし馨の父が目前にいるミステリアス。三十路前で結婚適齢期になる男だ。陽子と飲んだ頃に比べて思案の表情は、想いを煮詰めて色濃かった。

 一体何なのか? 引っ掛かる鈴が、ふと質す。スズカのレース、気掛かりなんですか? には「楽しみにしている」が即答だ。だとすると、

「陽子さん、ですか。心配なのは?」

 力なく「いや」と、答えた。肯定とも否定とも取れる、曖昧が返る。

「彼女と一緒で、サイレンススズカが、お好きなんですよね?」鈴は改めて口にした。

「まあな」恭一は、面倒くさそうに手で顎を擦る。

 鈴は、恭一の迷宮に踏み込む。四人で飲んだ時、「今日だから、かな?」って言ってたじゃないですか? と、詰め寄る。ファンにとって「今日だから」の意味は、スズカが勝つのと同じですよね? 念を押すべく視線を密着させる。

「優勝したら、何かあるのですか?」

 纏わり付く洞察に、恭一は目を見開いて歯を唇に当て、黙る。陽子への想いは「友人」以上の関係か。看破した鈴は、見過ごせないと、口を真一文字にして真摯な顔で対峙する。

 厳粛な色に触発された恭一は語気を強め、「ここで決めるさ」と、重厚な意志を表にした。競馬だけではない、その先を意識している。自覚が本物なら、敢えて畳み込むのみ。鈴にしては、大胆に攻める。

「プロポーズ、するのですか?」

 突然の直球に、恭一は喉を詰まらせ、缶ビールを手から滑らせた。缶は転がり、黄色い液を床へぶちまけた。

「おお、悪い。ゴメンな」

 詫びる恭一は、大袈裟にティッシペーパーを幾枚も広げて拭く。

「こちらこそ、ごめんなさい」鈴は「悪い冗談でした」と謝り、顔色を掴む。

 少し前、毎日王冠の言葉を気にした陽子を、目に留めた恭一は何処かよそよそしい。これからプロポーズという人間が、苦渋を募らせている。単に、恭一は酒に酔っているだけか。悩ましげな姿、これ以上ない緊張から逃げたい気持ちも、伝わる気配はあるが。

 確かに、プロポーズは勇気も要るし、プレッシャー掛かるだろう。自身に置き換え、いつか、求婚の日が来るのか? 考えると、横目に馨が入って心臓が跳ね、心身が引き締る。告白直前など耐え難い、想像すると焦眉が心身を呪縛した。

 だが、プロポーズへの切迫以上に何かあると、鈴は勘が働く。隣の馨は、盗み聞いたようだが、面倒な話は遠慮だと、素知らぬ顔だ。まったく、恋愛に関しては、馨と恭一は似ている。ストレートで、奥手な鈴にですら分かり易い。

「ちょっと、酔いを覚まして来るわ」

 恭一が両手で両膝を叩き、のそりと立ち上がる。散歩に行くと、後ろにした手を振った。これ以上の核心的な突っ込みを、忌避するようだ。ふらりと離れる背中を、鈴は眺める。どうするのだろう? どうなるのだろう? を、小さくなる姿に問い掛けた。


「毎日王冠、観ようよ!」

 鈴は、気分転換にと、声高に叫んだ。

 周囲の目線が集まると、ふたり同時に右と左に顔を逃した。

 頭を上げる鈴が「荻窪でスマホに映像を落としたでしょ」と、隣を催促する。四人で過去レースを観戦した時の戯れ言を、鈴は忘れることにした。

 馨が、イヤホンを左右でふたつに分け、片方を手渡した。

「サイレンススズカが、出走する毎日王冠」

 空いている片方の耳にレース名が、馨から飛び込んできた。

 出走メンバーは、エルコンドルパサー、グラスワンダー。凄いメンバーだと馨が興奮で口角泡を飛ばしながら、名を挙げた二頭を、解説する。

 エルコンドルパサー、デビューから五連勝で毎日王冠を迎えていた。その後はジャパンカップを優勝し、翌年には欧州へ遠征した名馬だ。

 グラスワンダー、これもデビュー以来負けなしの四連勝で、毎日王冠に挑む。レース後は有馬記念を勝って翌年も連覇し、宝塚記念も勝ち取った優駿だ。

鈴には、「ウマ娘」でも馴染み深い馬たちだ。説明を聞くだけで、競馬初心者の鈴も凄いと、感心を同じにする。

 サイレンススズカ、エルコンドルパサー、グラスワンダー。

 この三頭が出走する史上最高のG2レースが、今から観る毎日王冠だと馨が断言した。スマートフォンの小さな画面に雄々しく映える三頭の優駿に、鈴の意識は吸い込まれる。

 そう、紺スキニーパンツに赤色ニット姿の鈴は、東京競馬場の一角にいた。東側の四コーナーが、よく見える場所だ。隣では、厚手のブルゾンを羽織る馨が、待ちきれないと、二コーナー奥のスタート地点に首を伸ばし、レースを待ち構えていた。

 スターターが歩む姿がターフビジョンに映し出されると、場内が大きく盛りあがる。場内は十三万人、G1レベルの人だかりだ。今日の毎日王冠はG1に昇格させた方がいいんじゃない? と鈴が位置づけると、場内の混み具合が、競馬の格を証明していると、馨が合いの手を入れた。

馬々が促されて、位置に付く。宝塚記念以来、再び、ゲートインするサイレンススズカ。

 緊張で呼吸を止めたふたりは、春のグランプリホースへの想いを新たにした。

 ゲートが開いた! グラスワンダーが十ヶ月の休養明け、久々のせいか、やや立ち遅れる。有力馬の不利に対し、すっとハナに立ち、先頭に躍り出る。

 サイレンススズカが、今日も当然と逃げを打つ。三頭並ぶ内の二番手でエルコンドルパサーが、前を行く馬をマークする。ランニングゲイル、ビックサンデーも前目で競馬する。

 向こう正面では二番手との差は二馬身程度、そんな大逃げではない。その後にテイエムオオアラシ、半馬身外目にグラスワンダーが六番手で盛り返す。

 サイレンススズカは五馬身差を維持して、八〇〇メートルを46秒で刻む。

 三コーナーから四コーナー、二番手のランニングゲイルが先頭を脅かそうと肉薄し、半馬身差でビックサンデーも追走する。外から四番手へと加速するグラスワンダーが、内のエルコンドルパサーを躱すと競馬が動く。大欅の手前で、グラスワンダーが更に前へと仕掛けた。内のビックサンデーと一緒に、四コーナーでサイレンススズカに二頭で並び掛ける。エルコンドルパサーもランニングゲイルを抜き、四番手で虎視眈々と機会を狙う。

 四コーナーを回って、サイレンススズカ、先頭。だが、外からグラスワンダーが先行くライバルへ、二頭併走に持ち込もうとする。

 さあ、これからが勝負だ。内外のコーナリングで先行リードが拡がる。

 サイレンススズカ、鞍上の手が動き、ゴーサインが出る。四〇〇の標識を切る、内側の先頭からは三馬身差。前を捕らえに行くグラスワンダー、外目に持ち出したエルコンドルパサーが迫る。名馬たちが、必死に追うも差が詰まらない。

 二〇〇の標識を切る、サイレンススズカが影を踏ませない。グラスワンダーが苦しくなると、エルコンドルパサーが外によれながら追って来る。対照的に、逃げる馬のスピードは衰えない。またもや、鞭を使わずに加速する。エルコンドルパサーも、必死に差を詰める。だが、そこまでだ。二馬身半差が、ゴールインだ。

 そこから三着は追い込んだサンライズフラッグが、五馬身空いた。グラスワンダーは休み明けで、サイレンススズカを負かしに行って、五着。

 サイレンススズカ、逃げる自身の競馬に徹して快勝だった。

 三ヶ月振りの別定戦、最重量の59キロを唯一背負い、実質G1レースのメンバーと内容で、威風堂々と勝ち上がった。

「サイレンススズカは、もう負けない気がする」

 他に言葉が見つからない鈴が、荒ぶる魂を披露する。

「毎日王冠を見た人は、誰しも思うわな」

 レース後、G2レースにも関わらず、通常はG1勝利を称えるウイニングランが披露された。騎手と競馬ファンの称賛と興奮が一つになって、東京競馬場を包んでいた。


 JR府中本町駅へ始発電車の到着は、もうすぐだ。夜が終わりを告げ、朝を迎える。

 果たして、恭一は何を感じて考えているのか? 陽子はどう反応するのか? 鈴は消え去る後ろ姿へ、疑問が半日後には露呈する現実を恐れ、唇を噛んだ。

 闇夜が徐々に和らぐ府中の蒼き天空、地平線にはほんの僅かなオレンジが射す。朝の息吹がすぐそこまで、来ている。蠕動する天際を見上げる鈴が、評価を下す。

「音無陽子と月野木恭一だね。若かりし」と、断じた

「苗字、聞いてみるか?」と、馨が縋るように聞く。

「野暮なことを、しなさんな」

 鈴がカバンから、年月で色褪せた印画紙を取り出す。

「さっき。この写真、見たでしょう」陽子の家にある色鮮やかなの。同じと指で弾く。

「これが偶然?」、「いえ、真実よ」と、念押す先が黙る。

 二十数年前の、鈴の母と馨の父親、邂逅はならないカップル。その存在を忌避するお互いが、目を伏せて会話が消える。

「前に、母さんから聞いていたんだ……」

 馨が口火を切るのは、鈴と付き合い始めた頃、恋仲を母の由美に告げた時の話だ。

『鈴ちゃんを大切にしてね』と、祝福し、恭一との馴れ初めに触れ始めたという。

 同じ大学の乗馬サークル、二年下の後輩に恭一と陽子がいたという。在学中は三人とも仲の良いメンバーで、由美は恭一に惹かれていた。卒業後に恭一にアプローチし、紆余曲折を経て、恋人となる。

「……スズカのバレンタインステークスの頃。恭一と由美は、付き合っていたんだ」

 由美は『お父さんが少し横道に、逸れちゃった』を告げた、とのことだ。

「横道……」と、繰り返した鈴が、意味を悟る。胸のなかで覚悟を決めて、続きを待つ。

「サイレンススズカ追い掛け、恭一と陽子サンとの関係だよ」

 由美の将来の夫となる恭一、彼が陽子とサイレンススズカを追い掛ける気まぐれが横道と、評した。そのカーブ混じりの顛末の末、馨の父母は華燭の宴迎えるのだが。

「そうなのね……」

 鈴はやっとのことで口を開く。

「それから、鈴が持って来た写真。撮ったのは新太サンだよ、」

 自身と微妙な関係である父の名が告げられ、鈴の胸に波紋を広げた。

「撮影時には由美。ボクの母もいたからね」と、吐き捨てる。

「それって……」

父 の新太と、馨の母である由美の関係へ、頭を巡らせる。新太と由美も、友人以上の仲なのか? 不都合な過去が、鈴に迫る気がした。一体、何がどうなっているのか? 自問自答しても分からない。今日も独身の両親たちは、競馬場に集まっているのか? 四人と会ったら、どうなるのか? 地面に嘆息混じりの弱音を垂らす。

「さっき、陽子サンがさ、『あの人たちね』と言っていたな」

 思い出したように馨が追随した。すると、鈴も「父の新太も言っていたわ」と、数少ない「今いる世界」の当時と、語る。

「サイレンススズカ、恭一サンも競馬場にいたんだよな」

 耳にした台詞だと言う鈴は、嫌そうに父親の真似をした。

「恋人を捨ておいて、他の女と競走馬の追い掛けをするなんて」

 今度は、馨が口惜しそうに、母である由美の代わりを務めた。

「新太は陽子を求めて行き」の鈴に、「由美は恭一を追った」を馨が加えた。

「馬鹿みたいだな。浮気する恋人を尾行して、後を追い掛ける相方の男女同士なんて」

 馨が呆れる。鈴も一体何の意味なのかと同感し、

「恋人が浮気するなら、『私だけを見ていて』と、キチンと主張すべきよ」と強調した。

 言ってダメなら、別れる覚悟も必要と、力説した。そんないい加減さ、情けなさを振り切るように鈴が迫る。

「この女の人。ワタシのお母さん、だよね」若い頃の陽子だと、念を押す。

「君もあと三年くらいしたら、エレガントになれるのかな?」

 似ている母娘とニヤつく馨の腕に、悪意に取ったダウンジャケットから肘鉄を飛ばす。

 鈴は分かっていた。馨が両親の渦巻く疑念を払拭すべく、わざと戯けていた。頬を膨らませ、恋人の配慮に感謝し、写真の男性を指さした。

「この男の人、馨に似てるよね」

「三年後の俺は、ダンディだと予想してくれるんだ?」

 小馬鹿にされるのをかわすように、馨が先手を打って、父である恭一と比較を投げた。口惜しそうに睨む鈴が、言いたいのと息を飲み込んだ。

 確かなのは、男女の間にいる綺麗な栗毛の馬、サイレンススズカだ。

 想像と疑念に戸惑う鈴は、幼い頃の記憶を戻す。陽子と恭一が会えば、かの馬を話題したことも、あった。写真が映るのが本人たちなら、好きな馬の追い掛けをしたのだ。

「セピア色のこの写真に、」を耳にした隣が口を結び、「挟まっていたサイレンススズカの写真集、元は馨のお父さんのモノだよね」で、頭を静かに上下させた。

 真剣な面持ちの鈴、目で必死に恋人を捉えた。

「私、噂があるんです、」壊れそうな決意に、淡く色づく口唇を奮い立たせ、驚愕を放つ。


「父親が違うんじゃないかって……」

 出自を嘘とする告白で、馨はフラッシュを受け、鈴の瞳のなかで、瞬きをくり返した。隣に座る女の子と一緒に、絶句を飲み込むと、喉に小骨が刺さった顔が黒目でわななく。

 自供を後悔して俯く鈴は、両膝に置いた拳と唇を小刻みにし、母の陽子が「できちゃった婚だったんだ」事実を零し、必死に震えを押し止めた。

「私を身ごもって。仕事を辞めたみたいだし……」

 父の新太と母となる陽子は、妊娠を契機に籍を入れたとも、項垂れたサイドテールから転がった。

「昭和の人だよね」と育児状況が「今とは状況も異なるしね」を仕方ないと残念がり、「専業主婦でワタシを育ててくれた」と、感謝を述べた。だが、馨は鈴の告白を自問する。

「別な男の子どもを宿している女性と、結婚する男性など、いるのか?」

「まさか、家同士が決めた逃げられない縁談なら、あり得るのか?」

 いや、あり得ないだろが、冗談半分のように口から漏れた。

「お母さんもお父さんも、結婚前は紆余曲折あったて、ね」

 何かあったと思わせる不明瞭な言葉が、馨を痛めて、顔から明るさを奪った。

「結婚前、別な男の人と、仲が良かったみたいで」

 母の友人の戯れ言では、鈴の本当の父親は、陽子が往時に付き合った男性だ。結った髪を左右にし、唇を噛み締めた。耳にした幼い頃は単に冗談としていたが、大人となった今は、陽子と恭一のただならぬ関係が忌々しいと嘆いた。若い頃の母に良く似た鈴が、がっしりとした面体の新太とは、雰囲気が異なると、愚痴る。別に父親に似ない娘など、いくらでもいるだろう、重荷を軽くする馨が、握る手に力を入れる。新太と恭一さんを比較したとき、後の方がワタシの印象に近いのでは、とまで鈴は口にした。

「まさか、鈴ちゃん……」馨が、言い淀む。

「月野木恭一、馨のお父さん。ワタシの父かも……」が、低く重くのし掛かる。

 悔しそうに突き出した鈴の拳が、隣の腕に食い込んだ。恋人の瞼に痛みの皺が寄る。

 鈴は落ち着き払った調子で、衝撃を放つ。

「私、馨と姉弟かもしれないね」

 一瞬で顔を凍らせた馨が、「母親が異なる姉になるのかな」を聞く。異母姉弟なら恋人にはなれない、が後を追う。所詮、陽子の悪友からの道化話を、盗み聞いただけ、が漂うも、心の傷はくり返す。今、並んで座っている「恋人たち」は、姉弟なのか? と。

「そんなことないよなぁ」

 恋人と父親が同じと考える混乱、噂話を真に受けるのかと、馨は一笑に付した。

「憶測でしか、ないよね」

 鈴は弱い調子を床に落とした。

「起こり得る確率だけなら、俺も実の父親が違うのは否定出来ないぜ」

 下世話な風評で、自身の家庭を壊す愚かではないよなと、滑稽だとも言い立てる。鈴は何度か遺伝子検査を考えたが、怖くて出来なかったと、嘆息を吐いた。もう、この年の大人になったらさ、血縁なんか意味ないねと、馨は力説を隣に注ぐ。

 一度、天を仰ぎ、鈴に神妙な顔を向ける。家族としての二十数年は、今更否定出来ないと、靴の踵をぶつけ合う。

「ご両親の元で鈴が生まれ、モノ心が付いた時には、新太のお父さんはいたよね」

 仮にと前置きし、「血の繋がりなどは関係なくても、父親として育ててくれた」と、口調に熱を込めた。成人まで育み、今も獣医の大学へ通わせてくれて、娘の幸せを考え、ご両親は精一杯やっている。

「今までを含めて、現実を直視したら」と、優しく助言する。

 心が温かくなる鈴は、凝りをほぐす。

「家族として過ごしたのは、変わりないだろ?」

「分かっているわ」

 鈴がやっとの思いで、叩首した。冷静な意見に、少し落ち着いた鈴が、「音無新太が、私の父」と、自分自身に言い聞かせるように、普段の調子でしゃべる。父親とソリが合わないのは仕方ないけどさ、馨は懸念を薄めるべく柔らかく語る。姉を敬慕する優しい目に、気迷いが一瞬宿る。

「誰だって、何かしら抱えて生きているよ」

 意味深に呟く馨は、「みんな、全ての可能性がある」を鼻から苦悩を吐く。

「お母さんがいたからね……」

 鈴はお母さん子だったと述懐する。小さい頃から陽子を追いかける日々だった。母は忙しかったけど、鈴を愛して止まなかったのが心を温める。

「思い出は、宝物だな」

 頬を寄せる馨。励ましが嬉しい。体温がじわりと伝わり、むずかゆくなる。膝の上を手で掻くと、「大丈夫?」と大きな手が添えられた。恋人のフォローに、鈴は頭を小さく縦に振り、大きく口を開く。

 少し安心したように、馨が自虐を含めて鼻で笑う。これもわざとだろう。

「恭一のみならず由美も、実は横道に逸れていたら、俺も新太サンが親父なのか」と、靴のつま先で床を蹴る。

 やはり悩み深いのか。鈴は、冗談半分を鈴は受け止められずに、口唇を蒼く震わせる。胸の上で写真を持つ右手に左手を重ねて祈り、何かを待ち耐える。立場が同じと、差し伸べられる男の手が、忍ぶ指先を包む。

「俺は一緒にいる」

 そっと左手を握る馨が、緩やかな笑みで包み込む。柔らかい熱を真に受け、「うん」を味方の耳朶へ触れさせる。体温を感じ、天皇賞秋を迎える現実を、噛み締めていた。


 大人四人の生涯に影響を与えるほど、彼らを魅了するサイレンススズカ、そこに加わる鈴と馨。だが、史実を知る未来からの参加者である馨は、切迫を語る。

「しかし、あの『事件』の前日に、タイムスリップなんて、」馨は今日の残念を浮かべる。

「サイレンススズカで始まったなら、あの馬で終わらせるしかないな」

 何を言い始めたのか? その意図は? と、鈴が瞳孔を開く。

「天皇賞秋、」と一度息を止め、「事件を避ける方法だよ」と、平静さを装う。

 毎日王冠までの過去を観戦するも、鈴は今日の結末を知らない。嫌悪が真綿で身体を締め、怖いものを聞く感じで、そっと緊張を投げる。

「サイレンススズカの『事件』って?」

 前に話した「特別な意味」と同じなのか、をも含んでいる。

 四コーナーである事があってさ……、言葉が濁ると、ある事って? 眼差しを強くする。

「いや、『沈黙の日曜日』と呼ばれて」と、萎れた目を逃す馨は首を左右にした。

 競馬ファンの誰も彼もが、複雑な思いで絶句した時とも言う。

「まだ、知らなくって、いいことさ……」

 馨は手を強く握り締め、もう一方で長い髪を優しく梳く。

 まるで競馬の負から無垢な人を守るが如く「知らないで欲しい」と、希うように熱が伝わる。馨自身が言い掛けたのに、途中で話題を変える変わり身に、得心がいかない。裏切られた気がして、寂しく悲しかった。

 鈴の不満げな顔へ「分かって」と納得を強いれば、左手と表情が痛がる。目尻に光るものを見付けた馨が、「ま、今のままじゃあ……、いけないってことさ」と、握る手を離す。

 いけないって、何なのよ? と、迫る。当惑で歪む顔に目を背ける馨は「事件」を避けるように、捲し立てる。

「オレたちは、生まれる前の過去にいる……」

 ふたりが世に生を受けるは、「翌年の七月」だ。

「……このまま、一緒に歳を刻み、埋没して時に流されるか、」

 それなら、まだまし、と地面をつま先で蹴る音がした。陽子サンと恭一が結ばれるなら、ここに存在していけないのでは? 馨は緊張で乾く口唇を舌で潤し、震わせる。

「そしたら、『元の世界』では生まれる九ヶ月後に、オレと鈴は消え……」

「やめて!」

 未だ暗い府中の空に、鈴が悲鳴を轟かせた。驚く周囲の目線など眼中になく、真っ赤な顔で肩を怒らせ息をする。馨は目を開き、自らの想像への抵抗を必死に受け止める。鈴の真摯な形姿は、「今」を真剣に考える。そして、深く息を吸い、ゆっくりと静かに吐く。

「つまり、『今の世界』にいるべきじゃない、と」

 当たり前の想いに、相手は息を止めて、叩首する。

「僕がいる」告白した恋人に、純粋な本心を確認する。

「馨はさ。どうしたらいいと思う?」

 問われた男は、史実を変えるのが「元の世界」への契機になるという。

「そう、真実を塗り替えるんだ!」

 力説した大声を張ると、前後左右の視線が集まる。平然とする馨が、「本来あるべき未来」へ流れを作ると言う。あるべき世界って? 鈴が湧き出る「はてな」を打ち当てる。懐疑を深める眼差しが、真意を請う。

「スズカの『事件』って。過去と異なる結末なら、『元の世界』に戻れるの?」

「分からん」

 だけど、「他に『元の世界』へ帰る方法を、思いつかない」に、「何を考えているの?」が重なる。ふたりは頬に緊張を漲らせ、目力を押し合うままだ。

「今の世界」で味方はたったひとり、不安と焦りを含む萌芽、些細な苦汁が鈴の胸に生まれる。  もどかしく、具体的に口にする言葉が思い付かない。

「今の一九九八年十一月一日は、過去に似た別な空間かもしれない」

 馨は、鈴の右手が持つ紙片に、指称を向ける。陽子の部屋で目にした写真と同じ、「元の世界」からの持参品だ。一九九八年二月十四日、ゴール付近で撮られた絵。裏の書き文字は同一、一枚しかない写真が二枚ある。タイムスリップだけなら「陽子と恭一、スズカとの写真」を持って来れないはずで、存在し得ない物体がある。馨はそう推測を述べた。

「今の世界」は「元の世界」に繋がらず、過去未来の関係ないとも評した。

「今は、一九九八年十一月一日の過去に似た、異世界かもな」

「異世界……」

 聞き慣れなく、信じられない言葉に鈴は、対処を問う。

「実際、どうするの?」

「サイレンススズカ、『この世界』で出会ったあの二人。二通りの対応が必要だな」

 馨は腕を組み、「サイレンススズカには、四コーナーの『事件』を起こさせない」

 史実から逸れれば、「何か」が起こると、瞬きする余裕もなく告げる。四コーナーの「事件」が鈴の耳に纏わり付く。そして、馨は声に力を込め「もう一つは」と、続ける。

「陽子と恭一だ」

 母の名を耳にした鈴は、救いを求めて見上げる。その馨が周囲を見渡し、言う。

「親から子が生まれるのは、変わらんだろ。『この世界』でも誕生と成長は同じさ」

 競馬場正門で並ぶ人たち、鈴や馨と同じような善男善女は自身の人生を、市井のなかで懸命に生きている。人の生き様が変わらなく、鈴と馨として「今の世界」にいるなら、陽子と恭一のカップルは、相克する関係か。

 馨は首を左右にして「残念だけど。陽子と恭一には、」と嘆き、

「別れてもらうしかない!」

 息を飲む鈴は、続きを待つ。

「今この瞬間、オレと鈴が語り合えるのは、まだ、親父たちが結ばれていないからだ」

 その見立て、「そうだろと」鈴は胸中で意を縦にする。

「今日、サイレンススズカが勝ったら、」と馨が続ける。

「恭一は、陽子サンにプロポーズする……」

 スズカの勝利を契機にした求婚。少し前、鈴の突っ込みに動揺した恭一が「ここで決めないと」と、焦りを滲ませた。勝利の興奮で勢いに乗じると言う馨も同じイメージがあるようだ。憂慮で寒気立つ鈴を抱く馨が推測する。

「陽子サンは、受けるよ」

 鈴は胸のなかで、その予測は当たっていると、目線を一つにした。

「結婚したら、俺と鈴は生まれない」

 鈴の母と馨の父が繋がる状況が過去に似た異世界だとしても、「陽子と恭一夫妻」と「鈴と馨」は併存しないと加える。鈴の瞳に迫る引き締まった顔が、最悪の想定を述べる。

「『元の世界』と異なる縁が決まれば、俺たちは『今の世界』から消える」

「嫌よ!」鈴の目尻が、悲しみで震えて濡れる。

「絶対に、嫌!」

 鈴は厚い胸に飛び込み、涙をぶつけた。嗚咽を押し殺して微動する肩、馨は、抱き締めて慰めるのみだ。むせび泣きを受ける、幼子をあやすよう背中を軽く叩き、震える身体を泣くのか笑っているのか分からないと苦笑した。面を上げる鈴は、隠したい泣き顔を黙って見逃せと睨む。圧が掛かる先では、決まりが悪い白い歯が浮かんでいた。


「陽子サンと恭一かぁ……」

 朱色で染め始めた夜明け前を見上げ、忌まわしく名を吐いた馨。これからの行動する対象を表して話が途切れる。あり得ない結末への慟哭を、ふたりは消え入りそうと嘆き合う。

 鈴は陽子の心の闇にさ迷う。仮の話でも、プロポーズされて受けるのに、何故嬉しくないのか。控えめな態度でも喜びが溢れるはずだ。恋人がいる同性として、最高の瞬間を迎えるのに、浮かない姿は疑問だ。

 陽子は、本心では新太が好きで、恭一との狭間で揺れている。彼女の陰翳を推し量ると、一人の女性として暗澹たる気持ちになる。単にマリッジブルーでない、深い闇で揺れ動く心を視ると、辛い立場に同情すら生まれる。

「サイレンススズカ、勝つのかな?……」

 鈴が、少し悲しそうに勝利を予測した。スズカの栄冠は陽子の葛藤を深め、嬉しいはずの鈴を苛む。勝利の女神が微笑むと、プロポーズが待っている。予測通り「陽子は、受ける」のか? ふと、鈴は父の新太、本来は陽子の恋人を心配する。苦手でも新太は親であって欲しい、素直に思う。その心配は今の鈴自身にも、向く。

「消え、ちゃうのかな。跡形も無く」

 プロポーズの結果、馨と鈴の物語は、「今の世界」から消えて閉幕するのか?

 堪える目尻が、我慢出来ずに潤んでしまう。涙と嘔吐にまみれ、縮こまり小さくなる身体に、  そっと腕が回る。慈愛の手がゆっくりと背中を叩く。それでも止まらぬ悲しみが、序曲に過ぎないと恐れる鈴は、目で安慰を求める。

「カオル。欅、なのかな?」

 鈴は『老欅』が関係していると、零す。「元の世界」では、寿命を迎えて切り倒された『老欅』の声を聞き、「今の世界」に来ている。「そうだな」頷く馨が、次の言葉を待つと、

「昔聞いた話よね」

 鈴は幼き頃の母の説話に触れる。

「鈴も馨クンも欅と一緒に育てられたから。守り神の欅を大切にね。何があっても欅はあなたたちを決して見捨てはしない」と。

 そして、「欅に見初められている、ふたりには『お導き』がある」とも言う。

 馨も「オレの親父も似たことを言っていた」と、回顧した。

「お母さんが語った『老欅』の『お導き』は偶然だとは思えない……」

 鈴の台詞を受け止めて、太い腕は昂ぶる身体を抱き続ける。

「……だったら、時の経過に身を任せたら。自然の流れのほうがいい気がする」

「受け身でいて『元の世界』に戻れる気がしないなあ、」

 馨が肩をすぼめると、鈴が腕から逃れた。

「『お導き』という言葉、具体的な中身や動きとか、何も聞いてないよね」

 ただ、お題目だと、離れて冷める身体へ物足りなさを投げる。

「動けば、変化する可能性はあるよ」と、渋い顔で見解を繰り返す。

「下手に介入して流れが変って。戻る『元の世界』が、以前と同じ保証があるの?」

 尖る口調に、馨は静かに感情を抑え、我慢して耳を傾ける。

「史実が、世界が変ったら。帰る場所が失われる、のでは?」

 憂慮が、相手の喉に詰まる。

「帰る場所へ、行ければいいけど?」

 顰め面で、ぶっきらぼうに棘を返す。鈴も負けじと、口を尖らせる。

「理由があって、『老欅』は私たちを呼び寄せた。『お導き』に沿って動けば、元に戻れん

じゃない?」

「でも。その『お導き』ってのはさ…… 自らの意志を捨てるのと同じだぜ」

 馨は焦りに怒気を滲ませる。腫れた目で、精一杯の力を投げる。

「『お導き』なら、母と恭一サンは添い遂げないでしょ!」

 サイレンススズカの勝利を踏まえる、恭一の行動。だが、スズカに纏う「事件」は、馨の逡巡から、良い結果ではないのが伝わる。今日の「事件」が史実通りでネガティブなら、プロポーズ自体がなくなるのでは? それならば変化は不必要と鈴が反論する。

「スズカには悪いけど、負けてもジャパンカップとか別な機会があるでしょう?」

 ファンである鈴が残念を仕方ないと、零す。

 この時、馨は急に生気を失い、力を抜いた。全身を弛緩させると、絶望の眼が虚ろに泳ぐ。だが、言いたいのが込み上げる鈴は、気にせずに自らの主張を続ける。

「『事件』の結果、結ばれなければ、ワタシたちも無事でしょ」

 冷静に主張すると、もう大丈夫だ、ありがとうと、鈴は自然と間を取って対峙する。今まで泣いたのが嘘のような、意地のある目を見張る。

 鈴の「自信はどこからなのか? それほど『お導き』を信じるのか?」馨が自嘲気味に呟いた。その鈴は親の伝え話、「『老欅』の『お導き』は確実じゃない」と、語気を荒げた。

「じゃあ。どう動けば、何がどう変わるの!?」

 鈴の悲鳴が反駁する。その変化は「元の世界」へ繋がるの? 薄桃色の口が冷たく動く。不可思議な「今の世界」で「何が確実なの?」今度は低声で、男へ迫る。

 緊張の面持ちで、睨み合う。冷える秋の夜明け前、馨は額に悩ましげな汗を浮かべる。

「どうすれば、理解して貰えるのか……」

 一緒になって命運を切り開けるのか? と嘆く。

「だから、四コーナーの『事件』を変えるって何? 納得させてよ」

 鈴は、両腕の握り拳に力を入れ、相手の説明を待ち、目を鋭くする。

「まあ、様子を見るか」馨の大きな息が転がった。興奮している鈴に、四コーナーの「事

件」の真実を告げ、理解を求めるのを諦めたようだ。


「意味なく、タイムスリップなんか起こらない」

 それが『老欅』の『お導き』だと、鈴は断言した。

「確かに、」馨は冷静に自らの胸へ手を当て、仮の話と言う。

「『老欅』の目的って、『事件』を変えることかもな」

 今度は馨が、何か言いたい鈴を制し、続ける。

「目的の『お導き』を達成すれば、『元の世界』に戻れるかもな」

「事件」が変わり、プロポーズが不成立なら、親は変らない。結果、「今の世界」にいる意味が無くなる。これが「元の世界」へ戻る契機となる。影響を最小限をにし、願望を満たすのが『お導き』の真意と、言い張った。話し終えた馨は冷徹な表情で、身を乗り出した。人を圧する態度は、自分のみで動く覚悟か。

「母が結婚して、ワタシたちが『今の世界』から消えるなら、『元の世界』へ戻れるかな?」鈴は小さく笑い飛ばした。

「それは考えない方がいい」馨は首を左右にし「消えた後なんて、どうなるか分かりはしないよ」と、口を結ぶ。ふたりの間に、お互いを意識する間合いが漂う。

 鈴も「そうかもね」と従った。久しぶりに、歩み寄る。

「鈴の言う通り、オレらが『今の世界』に来たのが必然なら、」

 史実を知る馨は「わざわざ天皇賞秋の出走前に、いるんだから」と悔しそうに口を捻り、改めて意志を示す。

「『お導き』は、サイレンススズカの「事件」を変えること……」

 語調がせり上がる意志は同じで、固そうだった。

「変えなきゃ、ならないんだ!」

 切実な叫びが鈴を貫く。絶対に譲れない、生気のある瞳。何かを救いたい強さを顔一杯に湛えて鈴に挑む。覚悟を己自身に言い聞かせるべく低く重く呟き、続ける。鈴は必死に情念を受け止める。そうしなければ、ならないのだけが、分かる。

「結果、恭一のプロポーズは阻止するよ」

 あらぬ親の関係を阻むのは同意と、鈴の顎が小刻みに上下させ、鋭い視線を放つ。

「それらって、どう実現するのよ?」

 仮に「事件」に関与するなら、と、具体的な方法を問い質す。

 良い結果ではないのが改まるなら、スズカは順当に勝ち、恭一は想いを陽子に告げるのでは? レース勝利とプロポーズ阻止、相反する目的を達成する方法はあるのか? 

ワタシは「事件」を知らないから、どうしていいのか分からないと、鈴は首を左右にした。不透 明さを突っ込まれた馨が、身を硬直させる。議論が留まり、結論が出ない重苦しい空気が漂う。本来は恋人同士だ。気まずい雰囲気は変えたい、その面では鈴は馨も同じだと思う。

「説明、出来るなら、言ってよ」

 まずは、聞いてみて、と、鈴は口を尖らせ不満気も、耳を傾ける。対立を脱するために。何かを前に進めたい、気持ちを前に持って行く。

「具体的な方法だよな……」

 馨が聞く耳を持つならと、期待を浮かべる顔を近付け、鈴が真剣な表情で受け止める。

「……針の穴に糸を通すようなコトかな」

 細かい手立てはこれからだがと前置きし「事件」に介入し史実を変え、プロポーズさせない手段は、頭の中に描いてあると言う。そうなの? に説明すべく馨が、口先を鈴の耳元へ寄せる。


「実はさ。サイレンススズカを……」

 馨が、他人に知られないよう、抑えた声を窄め、辺りを憚る。息を止めた鈴が、顔を近付けて続きを促した。「今の世界」で、ひとりだけには理解して欲しいと、唇を動かそうとする。その時、人影がふたりを襲う。

「元気にしてたか?」

 声音の元へ、鈴と馨が振り向いた。恭一が右手を上げて、白い歯を浮かべていた。戻って来る相手に、示し合わせて、寄せた顔を背けた。遠くへ目線を逃す馨。鈴は作り笑いをみせる。何かあったの? と、釈然としない顔を、男女に向けて招かざる客人は振った。

 聞けなかった手立て。平然さを装う彼氏に、小さい疑念が鈴の胸に灯る。ふたりは同じ状況と運命なのに、同床異夢かも知れない。一致団結して、異境で行く先を切り開くのに、考えが異なるなら、別行動になるのか? それはワタシたちの為になるのか? 鈴の心に、不審がチクリと刺した。

 察した恭一は、大人の態度でこの場の雰囲気をいなすべく、だんまりとする。

 からかうことなく、ただ、父親の慈愛に満ちた瞳を、子どもたちに向け微笑んでいた。そんな状況を打ち破るべく、人の気配が近付いて来る。


この物語は空想のもので、登場人物・組織・事件等はすべて架空のもの(フィクション)です

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