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モブNo.33:「はいはい。私は臆病者ですからね。君の勝ちでいいから」

「それで、本日はどのような御用件でしょうか?」

ゼイストールさんは、にこやかな笑顔で、僕に用件を尋ねてくる。

「しゃ…射撃の訓練義務を消化しておこうと…」

とにかく用件をすませてここからはなれた方がいい。

そうしないと命に関わる。

「了解しました。書類をお持ちしますね」

僕の要件を聞くと、『彼』は笑顔のままカウンター内への入り口に向かっていた。

すると、いつの間にかカウンター内への入り口前にいたイケメンが『彼』の腕をつかみ、

「なあ、あんな奴の相手することないって。仕事なんか放り出して、俺と一緒にどっか遊びにいこうぜ?」

かなり強引なナンパを仕掛けてきた。

『彼』はその手をやんわりと振りほどくと、

「申し訳ありませんが、貴方は業務の邪魔です。依頼の手続きかと思えば、下らないナンパの台詞ばかり。依頼を受ける気がないならお引き取りください」

ゴミを見るような眼で、そのナンパ野郎を睨み付けた。

するとナンパ野郎は、

「なんだと?せっかく俺の女にしてやろうと思って優しくしてやってたのによ!」

と、よくわからない理屈を『彼』に叩きつけた。

「貴方に優しくしてもらわなくてもけっこうです。それよりもカーステル・サゴテズさん。

貴方は現在までに、依頼の失敗・放棄が7回も連続しています。

そのうち、最善の結果を出そうとしたものの、予想外の事態が発生しての不可抗力と判断されたものは0件です。

これ以上失敗・放棄が続くと、城兵階級(ルークランク)から兵士階級(ポーンランク)に降格になりますが?」

『彼』は淀むことなくきっぱりといいきった。

「はあ?なんだそりゃ?降格なんて聞いてねえぞ!ふざけるな!」

「ギルドの規約にきっちりと明記されていますよ。それ以前に常識として、仕事を失敗ばかりしていれば評価が下がって当たり前です」

「だったら救済とかごまかしをするのがお前らだろうが!俺はこう見えて貴族なんだからな!」

「ちなみに今の発言を報告すれば降格は確実になりますが?」

どうやらイケメン=サゴテズには初耳だったらしく、『彼』に詰め寄るが、『彼』は冷静に切り替えしていく。

その態度に腹を立てたサゴテズは、

「生意気言ってんじゃねえぞこのアマーっ!」

無思慮にも、『彼』を殴りつけるべく拳を振り上げた。

すると『彼』は、サゴテズが放った拳をかわしながらその腕をつかみ、見事な背負い投げで床に叩きつけた。

あれっていわゆる『当て身投げ』って言うんじゃなかったっけ?

そして、床で呻いているサゴテズに対して、

「それと、何度もいいましたが、私は男です!」

と、言いはなった。

美人が怒ると怖いって言うけど、本当にその通りだった。

そうして『彼』は、カウンター内に入り、デスクから書類を取り出すと、カウンターを出て、書類を僕に手渡してきた。

「こちらに必要事項を記入し、私に提出して下さい。私の方で処理をしたあと、この書類をお返ししますので、地下の射撃場の受け付けに出してくださいね」

そうにこやかに微笑むと、またカウンターに戻り、

「次の方どうぞ」

と、笑顔で業務を再開した。


地下射撃場は、最大距離100mの射撃・狙撃の訓練が出来るようになっていて、1度に50人程が同時に射撃訓練が出来るところだが、使用している人影はまばらだ。

僕は、船での砲撃はともかく、射撃は苦手だ。

だからというわけではないが、持っているのは1番普及していて、値段も手頃な、タテレベム社製出力調節型ブラスターP―11。別名『ムルビエラ』という銃だ。

まずは入場の前に、射撃場の受け付けで、処理してもらった書類を提出する。

この書類は射撃の訓練義務を受けるためのもので、射撃訓練自体は射撃場の受け付けだけで可能だ。

ちなみにこの書類はプラペーパーでできていて、このままファイリングされ、金庫に保管される。

この時代にどうして紙の書類でとおもうが、以前に義務訓練を受けたくないからと、ハッキングしてデータを改竄したバカがいたため、こういう処理方法になったらしい。

紙ならハッキングはされないだろうということらしい。

仕事依頼の書類も、同じようにプラペーパーに印刷されてファイリングされた後に金庫に保管される。

そうして手続きが終わると、指定のボックスに行き、銃の点検・追加弾倉の用意・耳栓(イヤーマフ)の装着などの準備をすませ、備え付けのコンソールに射撃訓練の開始を音声入力する。

すると、約25m先に的が現れる。

それに向けて銃を構え、狙いをつける。

訓練内容は100発で最高1万点。

それで何点とれるかというものだ。

得点が低いからといってペナルティがあるわけではないし、時間制限もないので気楽なものだ。

自分の腕はよくわかっているので、気楽に引き金を引いていく。

30発撃って弾が無くなったので、弾倉(マガジン)を取り替えているとき、不意にランプがついた。

耳栓(イヤーマフ)をしていると周囲の音が聞こえないので、話をしたい時はランプを点灯させるのが、ルールでありマナーになっている。

なので耳栓(イヤーマフ)を外すと、

「はっ!なんだよ。的に当たってるだけじゃないか。そんなヘボい銃の腕で良く傭兵やってるなブサイク野郎!」

いきなり罵詈雑言(ばりぞうごん)が飛んできた。

その声の主はヒーロー君こと、ユーリィ・プリリエラ君だった。

いまの彼の発言は、いわゆる青春ものやスポーツものにでてくる、見下し煽り野郎な感じだった。

明らかに自分より実力の低い相手を煽って喧嘩を売らせ、『本物の実力を見せてやる!』とかいってくる奴だ。

なので、

「射撃の義務訓練中なので邪魔しないで下さい」

と、ばっさり会話を切って相手にしないのが1番だ。

しかし彼はめげなかった。

「俺はお前なんかよりはるかに実力が上なんだ!その事をわからせてやるから俺と勝負しろ!」

と、言ってきたので、

「別に知りたくないのでしません」

と、言ってやった。

もちろんそれぐらいで、彼が折れることはなかった。

「ふん!負けるのが怖いか?まあ当然だよな!お前みたいな臆病者は!」

ヒーロー君は、お姉さんのせいで肩身が狭く、傭兵達から色々と言われている。

それを払拭するべく頑張っているらしいが、なかなかうまくいかないらしい。

そのせいで随分荒れているとは小耳に挟んだけど…。

まったく面倒な感じになっちゃってるよ。

とはいえ、相手をするつもりはないので、

「はいはい。私は臆病者ですからね。君の勝ちでいいから」

話を聞き流しながら、規定の100発を撃ち終わるべく、訓練を再開するべく、耳栓(イヤーマフ)を手に取った。

「お前…傭兵としてのプライドはないのか?俺はお前なんかより強いんだよ!それを証明してやるっていってるんだ!」

それが気に入らなかったらしくより一層激しくこちらを罵りつつ、勝負を吹っ掛けてくる。

やけに勝敗にこだわるのは、やっぱり今の状況を何とか払拭したいからなのだろう。

だからといって、こんな迷惑な方法は止めて欲しいものだ。

「知ってると思うけど、別に自分より上位の人をなんかの勝負で倒したからって、その人の階級(ランク)になれるわけではないよね?

それに、そのシステムがあったとしても、なんで自分より下だと思ってる僕に勝負を挑むわけ?

君自身が僕より強いと思ってるんなら、僕以上の人に勝負を挑みなよ。

それこそ王階級(キングランク)の『漆黒の悪魔』なんて異名のあるアルベルト・サークルード氏にでも挑めばいい。

いま君がやってる事こそ、自分より弱い奴にしか喧嘩を売れない臆病者の行動じゃないの?」

なので、いままでの事も含めて意趣返しの意味を込めて、そう言ってやった。

ブチキレて殴りかかって来るかなと思ったのだけれど、顔を真っ赤にして僕を睨みつけ、そのまま踵を返して射撃場を出ていった。

どうやらまだ『恥』の概念は残っていたらしい。

まあ、僕が銃を手に持っていたからかも知れないけど。

僕は改めて耳栓(イヤーマフ)を装着し、訓練の続きを始めた。

スポーツ漫画で、オリンピック候補生みたいな奴で、明らかにマウント取りにくる奴は、不適格だと思っています。


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