<< 前へ次へ >>  更新
32/43

モブNo.32:「ローンズのおっさんが休暇中なんで、仕事を受けるのが命懸けになったんです。だからしばらく依頼は受けないつもりなんで」

クルス氏との昼食を終えた後、僕は工業地帯にある工場街へとやってきた。

ここには、大小様々な工場が軒を連ねていて、家電は勿論、武器・兵器・計器・機器・バイク・車輛・船舶・航空機・宇宙船・アンドロイドなど、機械関係で揃わないものはないと言われている。

そしていま僕が向かってるのは、僕の船『パッチワーク号』の購入元だ。

元々その店に置いてあった中古品を買い取り、いろんな部品を取り替えたりくっつけたりして作り上げたのだ。

その工場は、『ドルグ整備工場』といい、色々なものを修理する工場だ。

依頼されたものは勿論、廃棄されたものや引き取ったものを修理して、販売もしている。

僕の家の家電や、船の兵器なんかもここで揃えている。

「おやっさん、ちわっす」

「よう。久しぶりじゃねえか。くたばらずにすんでるみてえだな」

工場に入るなり声をかけてきたのが、ここの社長のビル・ドルグさんだ。

(れっき)とした人間だが、小柄で筋肉質で腹も出ていて髭面のためか、近所の人やメカニック仲間からは『ドワーフ』なんて呼ばれているらしい。

そして、腕のいい職人のイメージのある、『ドワーフ』というあだ名に相応しく、メカニックの腕は超一流で、噂ではなん十社もの一流企業のメカニック開発部門から、ラブコールをもらったとか言われている。

そんなドルグさんを、僕は尊敬と親しみを込めて『おやっさん』と呼んでいる。

「なんとか生き延びてますよ」

「で、今日はどうしたぃ?」

「オーバーホールを頼もうと思って」

「デカイ破損でもしたのか?」

「ローンズのおっさんが休暇中なんで、仕事を受けるのが命懸けになったんです。だからしばらく依頼は受けないつもりなんで」

「なんでそうなるかは知らねえが、ちょうどドックが空いてるからな。明日の10時にはもってこい。書類はいつもの棚にあるから記入しときな」

「わかりました。お願いします」

その一連の会話の間も、おやっさんは車輛のものらしきエンジンの整備を続けていた。

そうして僕がオーバーホール申し込みの書類を書いていると、

「そういや、お前は自分だけの特注武器(スペシャルウェポン)とか載せる気はねえのか?」

おやっさんが不意にそんな質問をしてきた。

これは、ローンズのおっさんにも聞かれたことがある。

新人の時はともかく、ある程度稼げるようになると、そういった特別感のある装備を搭載したくなるものらしい。

実際、おやっさんのところにもそういった依頼はくるらしい。

だが僕の返答は決まっている。

「壊れたり弾切れした時に、修理も補充もすぐにはできないじゃないすか。なにより高くつくし」

特別につくるということは、作れる人が限定されるということで、材料も特別なものを使用することになる。

もしそれが壊れたり、何かしら補充しないといけない時に余計な手間がかかるし、材料によっては金もかかる。

だったら、簡単に手に入り、値段も抑えられる大量生産品のほうがいい。

もちろん。そういった特注品にロマンを感じなくはないが、命と天秤にかけるほどの度胸はない。

「相変わらずだな。最近の連中はそれこそ必死にのせたがるのによ」

「まあ、強いていえばレーダーかなぁ。あれだけは強力なのにしたから」

とはいえ、20億㎞探知できるレーダーだって、めちゃくちゃ高価ではあったが、ちゃんとした量産品だ。

「まあ、市販の量産品すら使いこなせねえ癖に、自分専用の特注品作ったところで、使えるわけがねえからな」

おやっさんも特注品の注文は受けるそうだが、明らかな新人や、ダメっぽい奴からの注文は断るらしい。

たとえそれが貴族であろうと。

それでも許される腕があるからだろうけど、案外おやっさんは貴族の出なのかも知れない。


翌日。

おやっさんに船を預けると、その足でギルドに向かった。

ローンズのおっさんのいっていた人物をさがすのと、射撃訓練をしにいくためだ。

『傭兵なら、ある程度は武器ぐらい使えるべきだ』という考えのもと、傭兵には年に一回の射撃訓練が義務づけられている。

大抵は年末にするのだけれど、ちょうどいいからやっておこうというわけだ。

そうして受付にやって来たのはいいが、ざっと見た感じ、ローンズのおっさんが使っていたカウンターに、新人の受付嬢でも入ったのか、そこに人だかりが出来ている以外、ローンズのおっさんの言っていた人物は見当たらない。

暫く探し回るが、まったくもって見つからないので、ローンズのおっさんに通信(でんわ)をしてみた。

「もしもし」

『おう。どうしたんだ?そっちから連絡なんて珍しいな』

後ろからは、リゾート地らしい人の話し声なんかが聞こえてくる。

「言ってた男性の受付の人居ないじゃん」

『そんなことはないはずだ。名前はアルフォンス・ゼイストール。研修期間を終了して、俺と入れ替わりに入ることになったやつだ。

真面目でしっかり仕事をする奴だって聞いてるぞ』

「その人の外見は?」

『えーと、たしか小柄で短い金髪。碧眼で線の細い感じ。だったかな?』

「もしかして本人に会ったことないの?」

『休暇申請したときに、人事の奴に男の受付職員が居ないかどうか聞いて、いるっていうから頼んでおいたんだから間違いはないはずだ。

本当なら、お前とロビーで会った日に対面するはずだったんだが、ゲート近くの事故で、向こうの到着が遅れたんだよ。俺も飛行機の時間があったからな、だから指示書を渡すようには頼んでおいたんだ。

ああ、もし受付に居ないんなら奥で書類整理をしてる場合もあるから、職員に聞いてみるといい』

「わかった。そうしてみるよ」

そうして通信(でんわ)を切ってから、たまたま歩いていた男性職員に、アルフォンス・ゼイストールという人物について尋ねたところ。

「ああ。『彼』ならあそこだ」

その男性職員は、ローンズおっさんの使っていた席のある方向を指差す。

よく考えれば、ローンズのおっさんがいないんだから、そこが空いていて当然だ。

しかしそこは、例の新人の受付嬢目当ての連中で、人だかりが出来ている場所だった。

しかもよく見れば女性も混じっていた。

その人だかりの隙間からこっそり盗み見た結果、その受付にいたのは、小柄で線が細く、金髪・碧眼は間違いなかった。

しかし、短髪ではなくサラサラのロングヘアーを綺麗に(まと)めた1本お下げ髪だった。

さらに、見た目年齢は16~17歳ぐらいの美少女だった。

職員は、高等学校卒業か高等学校卒業程度認定試験(高認)合格者が最低条件なので、最低でも18~19歳なのは間違いないのだろうが、だとしたらなかなかな童顔だ。

そしてその声は、どう聞いたとしても美少女の声だった。

さっきの男性職員が嘘をつく必要がない事を考えると、あの『美少女』が『男性』であることは間違いない。

つまり、ローンズのおっさんが引き継ぎを頼んだアルフォンス・ゼイストールは、いわゆる『男の娘』だったという事だ!

ローンズのおっさんめ!

たしかに男にはちがいないけど、あんなの女の子と変わらないじゃないか!

よし。絶対に近寄らないでおこう。

とはいえ、受付を通して申請しないと射撃訓練を受けた事にはならない。

だがまあ、いつもは年末にやってた感じだから、いつも通りにすればいいか。

とりあえずローンズのおっさんにいつ頃帰るか聞いとくかな。

そう思って帰ろうとした時、

「あの。ジョン・ウーゾスさんですよね?」

僕に声をかけてきた人がいた。

「そ、そうですが?どちら様ですか?」

どちら様もなにもない。

僕が恐る恐る振り向くと、

「初めまして。私はアルフォンス・ゼイストールと申します。昨日より、受付業務に配属されました」

さっきまで受付をしていた、どう見てもスーツを着た美少女にしか見えないアルフォンス・ゼイストールさんが、カウンターから出て、笑顔で僕に話しかけてきたのだ。

今までカウンターに群がっていた連中全員が、無言でこちらを睨み付けているが、

『何であいつだけ個別に挨拶もらってんだ?』

『俺のアルきゅんにあんなブサい野郎が近寄るのは許さねえ!』

『ダメよ!あんなのはカップリングとして認めないわ!』

とかいう、様々な怨嗟の声がありありと聞こえてくる気がする。

「ど、どうも初めまして。それで、僕に何の用でしょうか?」

僕の見た目なんかは、書類を見て把握しているのだろうから、特定するのは可能だろうが、呼び止められる理由がわからない。

「そちら様の担当であったアントニオ・ローンズが帰還するまでの業務は、(わたくし)が担当を務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

そう挨拶してきた『彼』の笑顔は、悪魔の微笑みにしか見えなかった。

本人はそんなつもりはないのだろうけど。

いずれは出す予定だった男の娘です。

ゴンザレスとは似て非なるものですね


ご意見・ご感想・誤字報告よろしくお願いいたします

<< 前へ次へ >>目次  更新