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モブNo.19:「日和見だな。臆病者」

ゴンザレスから情報をもらった翌日の午前中。

傭兵ギルドに向かうと、ヒーロー君姉がまだ熱弁をふるっていた。

その横にはヒーロー君もいた。

そしてそれをだらしない顔をして聞いている連中と、冷ややかな眼で睨み付けている連中、我関せずとばかりに仲間内で談笑している連中とに別れていた。

それを横目で見ながら、ローンズのおっちゃんに声をかける。

「あれ、何かあったん?まあなんとなく想像がつくけど」

「ご想像(そうぞう)通りだよ。姉弟に(たぶら)かされたのと、弟に恨みがあったり、あの姉が気に食わなかったりするのと、お前同様にきちんと情報を集めたのに別れてるんだ」

やっぱりなー。

あの姉弟、本人の自覚なしに、いろんな所で恨みを買ってそうだからね。

「それぞれの集まり具合はどうなん?」

「まだ数は少ないが、伯爵側が6。男爵側が4だな。伯爵領出身の奴と、男爵領から逃げて来た連中なんかもいるからな」

「そういうのはどっちも男爵夫人にはつかないか…」

どうやら伯爵側が多少優勢らしい。

しかし、期日までにどう転がるかわからない。

伯爵側に付くと決めはしたものの、戦力差が酷いとこっちの身が危ない。

どうしたもんかと考えているところに、ローンズのおっちゃんが声をかけてきた。

「お前はどうするんだ?」

「生活費のために受けて、いまのところ伯爵につくつもりだけど、ついた人数によるかな。伯爵がヤバそうなら依頼は受けないよ」

僕もおっちゃんも、雑談をしている程度のテンションで会話をし、

「日和見だな。臆病者」

「生き残るためだよ」

という感じで、会話は途切れてしまった。

日和見と臆病者という言葉は、あまり良い意味には取られない。

しかしローンズのおっちゃんのその言葉に、侮蔑の意図は感じないし、僕も侮蔑の意味にとらえてはいない。

そんな僕とおっちゃんの視線の先には、プリリエラ姉弟が熱心にロセロ伯爵の悪口を列挙している。

正直よくやるなあと、感心すらしてしまった。


それから僕は、その足でギルドの駐艇場(ちゅうていじょう)に向かって、メンテナンスから戻ってきた自分の船の点検を開始した。

もちろんプロにメンテナンスをお願いしたから、バッチリのはずだ。

しかし中には、メンテナンスをせずにそのまま返してきて、金だけふんだくる業者もいるから、チェックは必須だ。

それが、毎回お願いしている、信頼できる業者であってもやっておく。

もしかしたらということがあるかも知れないからね。

それに、個人的に船内に積んでおきたい物のチェックと補充も必要だ。

そうして夕方頃には全てのチェックを終え、こまごましたもののリストを作ったあと、繁華街の方に足を向けた。

べつにそのリストの品物を買いに行くわけじゃない。

情報の精査をするためだ。

ゴンザレスの情報が信じられないわけではないが、しておいて損はないだろう。

以前は、情報をよく精査せずに仕事をうけ、危うくなりかかったから尚更(なおさら)だ。

そうして僕が向かったのは、繁華街の一角にある『占いビル』というところだ。

非科学的で根拠がないと断言されたにもかかわらず、いまだに脈々とこの手の商売が続いているのは、人間の(さが)に訴えかけるものがあるからなのかも知れない。

とはいえ僕は占いをしに来たわけではない。

僕は迷路のようなビルの内部(なか)を進み、『水晶玉占い』とだけ書かれた店に入った。

そこは、足音を消すための毛足の長い深緑の絨毯(じゅうたん)が敷かれ、壁と天井は元々のビルの内壁らしいセピアがかった白だった。

その壁際に、濃い紫の布のかかったテーブルがあり、その向こうに、灰色のフード付きのローブを着た老婆がいた。

「おやいらっしゃい。このババアの所によくきたね。お悩みかい?失せ物かい?」

少々鷲鼻で、まさに魔女といった風貌だ。

「いや、聞きたいことがあってね。ロセロ伯爵家とグリエント男爵家の事が知りたいんだ」

僕はそういうと、現金の入った封筒をテーブルに置いた。

「なるほどなるほど。ちょっと調べて(占って)やろうかね」

この婆さんはゴンザレス同様の情報屋であり、占い師でもある。

というか、占い師が本業らしい。

だったらこの部屋は、もう少し占い師っぽくした方がいいとは思うが、本人いわく、

『たしかに雰囲気は大事さ。でもそれと占いの腕は関係無い。それに壁紙やカーテンは案外高いんだよ』

と、いうことらしい。

もちろん情報屋としての年期はゴンザレスより長く、情報の信憑性も高い。

婆さんは封筒を(ふところ)に仕舞い込むと、水晶玉に手をかざし、むにゃむにゃと呪文のようなものを唱え始めた。

ちなみにこの水晶玉は、こちらからは見えない仕様のモニターになっていて、そこに情報が流されるらしい。

呪文は起動キーワードかなんかだろう。

そしてしばらく黙り込むと、

「ふむ…ロセロ伯爵領は評判がいいみたいだね。

少なくとも伯爵はバカじゃあないみたいだから、領地がどうすれば発展するか、ちゃんと理解しているようだね。

困ってるのは移り住む連中が多いぐらいのことと、本人が女にモテないぐらいのことだ。

グリエント男爵領は男爵が死んじまってからは大変な状態みたいだね。

税金もなにもかも高額になっちまったようだ。

そして、今回の戦争の火種は国宝の油絵だね?

どっちが正しい持ち主かどうかはわからないが、(あたし)私見(しけん)でよけりゃ聞くかい?」

婆さんはニヤリと笑うと、スッと手を差し出した。

つまりは、追加の金を寄越せということだ。

私見(しけん)と言っているが、間違いなく事実だろう。

聞いておく価値はある。

「ああ、お願いするよ」

なので、裸銭の紙幣を、何枚かテーブルに置く。

すると婆さんはそれを(ふところ)に仕舞い込み、

「グリエント男爵夫人が絵を盗んだのは金と、新しく男を釣るためだね」

と、断言した。

「どうしてグリエント男爵夫人が盗んだ方なんだって顔だね。理由は簡単さ。

グリエント男爵の先代はそりゃあクソ貴族の見本みたいなやつでね。平民だった画家に親切にするわけがない。

今の男爵夫人の旦那は、名前と爵位だけを継いだ親戚筋さ。

それと、この男爵夫人の前3人の旦那の死別数は貴族だけ。平民をいれたらもっといるだろうさ。

おそらく狙いを貴族にした時に名前も身体を変えたね。あんたがグリエント男爵夫人側につくなら気を付けな。あの女はこの私と違って真っ黒だからね」

婆さんは、断言の理由を話すと楽しげに笑った。

「あんたも大概黒そうだけど?」

僕が思わずそういうと、

「あれに比べれは儂なんぞ清廉潔白じゃて…ひっひっひっ」

完全に魔女みたいな笑いをしてきた。

この婆さんも、ゴンザレスも、情報の信頼度が高い情報屋なだけに、もし男爵夫人側が優勢だったら、受けるのはやめた方がいいだろう。


それから僕は、締め切り日までの2日間、受けた人数と比率を尋ねるためだけに、傭兵ギルドに夕方頃に足を運んだ。

主人公属性な連中(ヒーロー君ことユーリィ・プリリエラやリオル・バーンネクスト少佐殿など)からは、「卑怯者」「臆病者」と罵声を浴びて当然だろう。

しかし生き残るためにこれぐらいして何が悪いお。

こちとら神様に優遇された者達(しゅじんこう)じゃないんだから、あっさりくたばる確率が高いんだ。

そして締切日の夕方に、人数と比率を尋ねたところ、約600人前後が参加し、伯爵側8・男爵2の比率に収まったらしい。

なので、一抹の不安はあるが、伯爵側の依頼を受けることにした。

一度決めたくせに、まだ日和見する臆病者モブ


主人公なら

「俺が付いたからには必ず勝利してみせる!」

ぐらいは言いそうです


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