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モブNo.10:「いらっしゃい。…なんだ、お前かよ」

軍に駆り出された翌日、

疲労もあったのか、またもや目が覚めたのは、正午近くになってからだった。

なので、先日途中でぶち切られた休日の予定を実行するため、しっかりとした掃除と、ゴミ出しを済ましてから出かけることにした。

因みに僕が住んでいるマンションの地下には、種類別のダストボックスがあり、収集日に関係なく捨てることができるようになっている。

前回の昼食はファストフードだったが、今回は定食屋にした。

その食事が終了したあと、前回の休みの時にいくつもりだった、闇市商店街に向かうことにした。

物騒な名前だが、きちんとした商店街だ。

なんでも5代ほど前の商店街会長が、普通の名前では面白くないし、出店も集客もみこめないからと、商店街の名前と見た目全てをそれっぽくしたところ、アトラクションみたいな感じが受け、出店も集客も倍以上になったそうだ。

いまでは規模も大きくなり、食料や衣料品はもちろん、家電・ジャンクパーツ・ホビー・古本・アダルト・武器弾薬・医薬品・エアカー・戦闘艇・宇宙船・軍の払い下げまで扱う店がひしめきあっている。

ここまで大きくなったのは、一部の熱心なファンちゅうにびょうかんじゃの存在だろう。

フードを被ったり、剣を背負ったり、包帯や眼帯をしたりした連中がそこかしこを歩いていたりする。

僕はその闇市商店街の一角に店を構える、ある店に向かっていた。

そこは闇市にあって相応しい、壁一面に蔦が生い茂った店だった。

店内は、木と土と草の匂いが充満し、カウンターには袋に入った錠剤のようなものがならんでいた。

そのカウンターには、20代後半から30代前半くらいの女性が、火の点いてない煙草をくわえ、新聞を広げていた。

黄色人種の肌に、青の右目に緑の左目。

眼鏡をかけ、背中まで伸ばした深紅の髪を首の辺りで縛っている。

こっちを確認すると、やる気の無さそうな表情でこちらを向いたが、

「いらっしゃい。…なんだ、お前かよ」

僕の姿を確認すると、すぐに視線を新聞にもどした。

「相変わらず暇そうだな」

「ジジババが薬受け取りに来るのは昼前だからな」

こいつはゴンザレス・パットソン。

高校2年になってから知り合った、数少ない友人、もちろん男だ。

じゃあなんで、いま目の前にいるのは年上な感じのお姉さんなんだというと、大学時代に事故に合い、救命措置として脳だけを儀体処理してアンドロイドに搭載。

しかもその時、男性型のアンドロイドがなかったため、仕方なく女性型に載せられてしまったからだ。

以降、身体の方はクローン再生治療で完治したが、治療費と載せ換え手術の費用が払えないからと、いまだそのままにしているらしい。

因みにここは、見た目は商店街のコンセプトに合わせてあるが、れっきとした調剤薬局で、こいつもちゃんとした薬剤師だ。

近くの病院や、持ち込みの処方箋を受け付けている。

「それで。今日はどうしたんだ?」

「ちょっと『噂話』を聞きにきた。あとのど飴の補充。べっ甲(はちみつ)薄荷(ハッカ)肉桂(シナモン)のを3袋ずつちょうだい。あとサイダーも1袋」

「相変わらず昔ながらのが好きだな」

パットソンは、カウンターに並べられていた飴を、注文通りに1つの袋にまとめていく。

僕は品物を受け取ると、明らかに飴10袋の代金よりはるかに多い現金(クレジット)を手渡した。

「で、『噂話』の方は?」

この『噂話』こそ、この店に来た一番の理由だ。

闇市商店街(ここ)は真っ当な商店街ではあるが、闇市の雰囲気があるため、本当に怪しい連中が、簡単に紛れ込めてしまっている。

こいつは(まっと)うな調剤薬局をしながら、情報屋をやっている程度だけど、なかにはマジでヤバイことをしている連中もいるだろう。

絶対に関わりたくはないけど。

ともかく今は『噂話(じょうほう)』だ。

「そうだなあ…。『ゲートの通行料』の話はしってるか?」

「ダリカ宙域のゲート通行料値下げ運動のこと?」

すこし前から、植民惑星が多いダリカ宙域で起こっているデモ活動だ。

ゲートとは、宇宙空間に存在する空間の虫食い穴「量子特異点」を利用することで、はるかに離れた場所に一瞬で移動する、いわゆるワームホール型とよばれる、物流を支える大事な長距離移動手段だ。

以前、といっても僕が生まれる前の話だが、その通行料は貴族以外は物凄く高額だった。

しかし、先代の皇帝陛下の『経済発展の邪魔!』の一言で、誰であろうと適正価格で利用出来るようになった。

しかし、今代(こんだい)の皇帝陛下に代替わりしたときに、もっと安くしろ!と、主張する人達がでてきたのだ。

「そうそれ。なんかしらないけど段々要求がエスカレートしてきてるらしい」

「それなら普通にニュースになるんじゃね?」

「なんでも、『通行料を下げる時に、皇帝が土下座して詫びをいれて、その様子を全銀河に生中継しろ』っていう要求を突きつけたらしい」

「なにその頭の悪すぎる要求」

はっきり言ってアホとしか言いようがない。

いってることはタチの悪いモンスタークレーマーのそれだ。

今代(こんだい)の『美女すぐる皇帝陛下』を疎ましく思っている貴族が糸引いてるんじゃないかって話だ」

「でもそれぐらいなら普通にニュースになりそうだけど?」

「同調者を増やさないためと、それに激怒した一部貴族が、秘密裏に戦力を集めるためらしい」

「戦力を集めてるのを知られないため…か」

現・38代皇帝アーミリア・フランノードル・オーヴォールス陛下は、帝国領地と植民地の格差を失くすように尽力している、名君と呼ばれる器の持ち主だと言われている。

そのため、帝国・植民地共に民衆からは人気があり、一部若い貴族達からはさらに絶大な人気がある。

しかし、古くからの貴族のなかには、若い彼女を小馬鹿にして命令を無視したり、自分の愛人にして権力を握ろうとしたり、彼女に成り代わって自ら皇帝にと考えていたりする連中がいるらしい。

今回のデモは、そう言った連中の策略だとも(ささや)かれている。

つまりは反皇帝派閥による工作で、親皇帝派閥がそれを潰すために隠蔽してるってわけだ。

近寄ると確実に面倒に捲き込まれるな。

近寄らないでおこう。

「おまえが好き(ひつよう)そうな『噂話(じょうほう)』はこれくらいだな」

パットソンはそう言いながら伊達眼鏡をはずすと、レンズを拭きはじめた。

生身の時は僕と同じく眼鏡をかけていたため、していないと落ち着かないらしい。

僕もその気になれば視力回復の処置が出来るし、サイバー義眼にも出来るが、いろいろ面倒くさいので眼鏡にしている。

予約をしても貴族に横入りされたりするしね。

「そっか。またなんか仕入れたらよろしく」

「ああ。その時は連絡してやるよ」

そう返してくる友人の笑い顔は、完全に違っているにもかかわらず、何故か学生時代と変わらないものだと思ってしまった。

「そういえば、身体は戻さんの?金ならたまったっしょ」

なので、気になった事を聞いてみた。

傭兵の僕ぐらいガバッと一気に入る事はないが、薬剤師プラス情報屋ならかなり儲かるはずだ。

元の身体の保管料金を払い続けられているわけだし、治療費と載せ換え手術の費用ぐらい簡単に出せるはずだ。

「こっちの方が意外と清潔にできるんだよ」

「まあ全身を滅菌洗浄とか出来るけどさ」

アンドロイドや全身儀体の人は、全身を強力に殺菌・滅菌洗浄することができる。

そのためか、病院の医者・看護師・薬剤師・受付事務などの職に就いているのは、アンドロイドや全身儀体の人が(ほとん)どだ。

これなら、ウィルスに侵される事はないし、病院の外にでるときにもウィルスを持ち出すこともない。

そして、パットソンは新聞で顔を隠しながらとんでもないことを口走った。

「だから専用の滅菌洗浄カプセル買った」

僕は一瞬言葉を失った。

「え?あれたしか一番小さいのでも800万クレジットくらいするんじゃなかったか?…たしか維持費とか洗浄液とかもけっこうするよな?」

病院なら需要があるだろうが、個人の薬局で購入するもんじゃない。

「薬の調合をする前に入る必要があるんだよ…」

「風呂で十分だろ!そりゃ費用がなくなるわな!」

こいつ、絶対に今の身体が気に入ったから、明らかに無駄金を使って、費用がないって理由を作って引き延ばしをしてるな?

まあわからなくはない。

学生時代のこいつは、外見にコンプレックスがあったから、今の外見は嬉しいんだろう。

でもそれなら早いとこ改名してほしいものだ。

あの美女の外見で、ゴンザレスは呼びにくくて仕方ないお!

初めてのモブ(主人公)の友人です!


滅菌カプセルは龍球の医療カプセルみたいなものと思ってください。


実生活での所用や、体調や自身の筆の遅さ、他作品の製作などもあって、どうして遅くなってしまうかもしれません。

その辺りは御容赦いただけるとありがたいです


義肢の文字は、義眼を除いて意図的に『儀』の字にしています。




ご意見・ご感想・誤字報告よろしくお願いいたします

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