第96話 魂の器と八人の寝室
レギオンドラゴンという魔物は、周囲の死霊を引きつけ、自分の力として変換するという能力を持っていた。
普通は魔物の『
ディー君は、レギオンドラゴンの核の力を魔道具としての加工なしで引き出して、『蛇』との戦いで窮地に陥った時に発動させた。
死霊を組成しているもののほとんどは魔力なので、レギオンドラゴンは他の魔物の魔力を吸っていたとも考えられる。私達の魔力がディー君の中に入って、彼の力になったのは、そういう原理でのことだと思う。
「リムセさんは、ディックと同じようなことってできるの? もしそうしたら、スフィアちゃんに弟か妹ができちゃうんじゃ……」
「ううん、私はできないよ。私と比べるとディー君は、魔力を利用した技術を再現するのが物凄く上手なの。昔からそうだったけど、離れてるうちにもっと上手になったみたい」
「……あの……こういうことをしているときに、上手とかそうでないとか言われると、変に意識してしまうのだけど……」
「ミラルカさんもすごくお上手ですよ。私、なかなか魔力の制御ってできなくて……いっぱい出すか、まったく出さないかのどちらかになってしまうんです」
ミラルカちゃんは今、ディー君に寄り添って魔力の循環をさせている。どうやるかというと、寝そべっている彼の身体の上に乗って、両手を組み合わせて、そのままじっとしていないといけない。何か身につけていると本当は循環が良くないんだけど、みんなディーくんが寝ているのに襲っているみたいでどうしてもできないというので、下着姿で許してあげることにした。
本当はディー君を治療するためにはみんなに恥ずかしいなんて思いは捨ててもらいたくて、私はお師匠さんなのでディー君のために何でもしてあげたいという気持ちはあるけど他の若いみんなに大胆なやりかたはまかせて、私は両手を触れ合わせるだけでも魔力循環できるので、それだけでいいと思ってそうしている。みんなが見てないときにみんなと同じようなことをしてるとごまかしているけど、たぶんばれてはいないと思う。
今なにをしているかというと、みんな一人ずつでディー君の治療をしたので、最後の仕上げとして、みんなで同時に治療に参加してもらうことにしたのだった。下着姿の女の子が六人集まって、昼間からカーテンを締め切って明かりをつけているこの光景は、控えめにいっても何かの儀式みたいで、こんなことを言ってはいけないけど何だかとても楽しい。
「……僕はこういう場にいてもいいのかなって思うんだけど。やっぱり、落ち着かないというか……」
「最初は驚いたけど、女の人だからいいと思う。それに……思ったより……」
シェリーちゃんはコーディちゃんの一部を見てしまっている。私も最初はじーっと見てしまったけど、コーディちゃんはびっくりするくらい胸が大きい。
コーデリアちゃん――と言うと、彼女の正体が思いがけないときにばれてしまうかもしれないので、ふだんはコーディ君と呼ぶことにする。
騎士としての鎧も、胸の部分の装甲を厚くしていると周りには説明しているそうだけど、胸の部分が広く作ってあった。アイリーンちゃんがためしに着てみると少しきついみたいだけど、『少し』というのがすごいと思う。
魔王討伐の旅をしている途中も成長期なので、旅を終える頃には隠すのが大変になっていたけれど、なんとかディー君には気づかれなかったと話してくれた。
それは、ディー君が仲間と認めた人の魔力を探ったりしないから。男性と女性では身体の構造が違って、魔力の流れも異なるので、いくら努力してもディー君なら一発で性別が分かってしまうはずだった。
でもこんなにきれいな女の子なのに、ずっときりっとした顔をして、女の人に憧れの視線を向けられてもしっかり対応しなきゃいけないのは大変そうに感じる。
黒くて長い髪をしているシェリーちゃんと、明るいブラウンのショートヘアのコーディちゃんは、一緒にいるととても絵になる。二人だけじゃなくて、スフィアちゃんの『お母さん』七人は、今回のことを通してすごく仲良くなれていた。
ヴェルちゃんは下でお昼の部の営業を取り仕切っている。ディー君がいないときのヴェルちゃんは本当に責任感が強くて、ディー君が何だかんだと言って魔王国に帰したくないと思っているのもよくわかる。
「んっ……やっと慣れてきたわね。ディックの中にある私の魔力と、他の魔力の均衡がとれてきたみたい」
「うん、ありがとう。ユマちゃん、今のディー君の魔力はどう見えてる? 『魂の器』を中心にして、バランスがとれてる?」
「はい……かなり安定してきています。あとは、私たち全員で循環させることで、魔力が別個ではなく親和するということですね」
「うん、そうなるとディー君の魔力の余剰分もみんなに分配されて、馴染んできたら今までより魔力の容量が増えると思うよ」
「えっ……それって、あたしたちも強くなれるってこと? ディックの力をもらって……?」
「もとから、ディー君に補助魔法をかけてもらってたから、みんなディー君の魔力との相性はいいんだよ。私よりずっと」
そう――ディー君はあまりわかってないけど、補助魔法は対象になる人を助けたい、強化したいという気持ちで発動するので、術者の心情が相手に伝わりやすい。
ディー君がみんなの助けになりたいと思っているのが伝わったから、彼はこんなに慕われている。口ではぶっきらぼうなことを言っても、彼の内面は誰よりも優しい。
だからミラルカちゃんみたいに、自分の心を硬い殻で守っているような女の子でも、心を開いたんだと思う。
「……いい加減、起きなさい……と言いたいけれど。今はあの子と一緒に、大事な仕事をしているのよね」
「はぁ~、スフィアちゃんを可愛がれないとあたしの一日が味気なくなっちゃう。帰ってきたら家に連れて帰っちゃおうかな」
「ユマちゃんは一度、教会に連れていってたよね。そのときはどうだった?」
「はい、スフィアさんは明るくて元気で、子どもたちも、シスターもみんなめろめろでした♪ 私もお母さんとして、とても誇らしかったです。でも、私の娘ですと言っても、だれも信用してもらえませんでした……やはり、みなさん私と同じ魂の波長がスフィアさんにもはっきり含まれていることを感じ取るのは難しかったでしょうか」
ユマちゃんは少し残念だったみたいで、そういうときすごく早口になって難しいことを言うのですぐにわかる。
でもまだ十四歳のユマちゃんが、十二歳くらいに見えるスフィアちゃんを娘だといっても、それは信用してもらえないと思う。でも姉妹といっても驚かせてしまうので、私としては娘と言い張っていいと思う。
ところで、ミラルカちゃんは毛布をかぶって、魔法文字の描かれたディー君の身体に覆いかぶさっているけど、すごく頑張って体重をかけないように身体を浮かせている。毛布ごしに見てもぷるぷるしているけど、ディー君に対してとても律儀なんだなと思う。
金色の髪の左右につけている花飾りが、ミラルカちゃんの動きに合わせて揺れている。そこまでいっぱいいっぱいなのなら、と私は毛布の上からミラルカちゃんの背中をつん、と押した。
「きゃぁっ……!」
背中が弱いのか、ぺしゃん、とミラルカちゃんはつぶれてしまった。みんな何事かと目を瞬いて見ていたけど、そのうちにみんなの顔が真っ赤になっていく。
「わ、私だけじゃなかったんだ……腕立て伏せの代わりになると思って頑張ってたんだけど、結構大変だよね~。でも、重いって言われたくないし。言われないけど」
「ま、まあ……ミラルカは魔法が専門だから、仕方がないよ。僕とアイリーンは頑張らないといけないけどね」
「くぅっ……どうして気を失っている人に、こんなに気を使わないといけないの……抓ってやりたくなるわね」
「だ、だめ……ディックが可哀想。それに、どこを
シェリーちゃんはディー君のことが第一というのを隠さないので、ディー君はもう少しこの子の気持ちに気づいてあげたらいいのにと思う。
そうやって人のことを気にしている場合じゃなくて、私自身がどうやってディー君に恩返しするのか、それをいつも考えないといけない。
そんな話をしていると、ドアがノックされる。ユマちゃんが席を立ってドアを開けると、ヴェルちゃんが入ってきた。
「……分かってはいたが、下着姿の女性が揃っているというのは……その、私は女なので、元魔王といえど実際に見たことはないのだが、まるで後宮の寝室かなにかのようだな」
「ま、まあねえ~……でもディックのためならしょうがないよね、ちょっとくらいのことは」
「ちょっとくらいかな……僕はとても、ディックが起きたあとに説明できないよ」
「……ミラルカさん、あの……腕が疲れてしまいましたか? ぺたん、ってなっちゃったままですけど」
「ミラルカちゃん、回復魔法をかけてあげようか?」
「……も、もう少しで復帰できるわ。それより、ヴェルレーヌも来たのだから、『最後の段階』を始めましょう」
「……もう始めてしまうのか? 私としては、もう一度くらい順番が回ってくるものかと思っていたのだが。それに、師匠殿はまだ一度も循環していないのではないか。まだ一度も見たことがないぞ」
「えっ……」
みんなの視線が私に集中する。六人に一斉に見つめられたら、逃げ場所がない。
「あ、あのね、私はずっと居候してるし、ディー君にずっとついてるから、みんなのいないうちにしてるって言ったよね? それで何か変かな?」
「私たちは、循環しているのを見られているのに……リムセさんだけ見せないというのは、少し不公平な気はするわね」
「うんうん、そうだよね~。自分だけはお師匠さんだから、弟子の裸を見ても恥ずかしくないもん、みたいな感じだもんね。ちょっとくやしいっていうか」
「神の前に、全ての魂は公平です。リムセリットさん、さあ、恥ずかしがらずにディックさんとの循環を見せてください。神の子である私たちがともに見守ります」
「……私のときも、リムセさんは私がするところを見ててくれたから、今度は私が見てる」
私だけが仲間外れになって、どんどん追い詰められちゃっている気がする。
私はディー君にそんなことする資格がないから、手をつなぐだけで魔力を循環させて、みんなのようにはしていなかった。もしかして、そういうのを雰囲気で悟られてしまっていたのかもしれない。
「リムセさんが見本も見せてくれた方が、僕もやりやすかったと思うよ。急に服を脱いで、覆いかぶされと言われたときは、何かの間違いじゃないかと思ったからね」
「うむ、私などはそれくらいの行為で腰が引けるようなことは全くないのだが、かなり緊張させられたな。眠っているといえど、ご主人様が無防備なので、押し倒しているとこちらの方が忍耐を強いられてしまうのだがな……」
「だ、だめっ、ディー君は女の子に迫られるのは苦手なの! そ、その……私のせいで……」
「そんな言い訳はいらないわ、私に恥ずかしい思いをさせたのだから、早くあなたも恥ずかしい思いをしなさい。みんなで見ていてあげる」
「……わ、私はディー君のお師匠様だから……お師匠様はね、お弟子さんと裸でくっついたりとかしちゃいけないの。こうやって、見守るのが仕事というか……」
ごまかそうとするけれど、みんなは笑ってもくれないし、何か期待するみたいに私を見ている。ミラルカちゃんはもう毛布から出てきて、次はどうぞ、みたいにしている。それ以上めくってしまうと、ディー君の身体が見えてしまうので元に戻してあげてほしい。
転移して逃げるにも、私の転移は加速するだけだから壁か窓が壊れてしまうし、他の魔法で逃げ出しても、みんなのところに戻ってこられない。そもそも私はディー君の身体を維持する術式を常に制御しないといけないので、逃げてはいけない。
「……そ、そこまで言うなら……私は服を着たままでもできるから、」
「いいから脱ぎなさい」
ミラルカちゃんは背中をつつかれたことを根に持っているみたいで、私に最後まで言わせてくれなかった。
寝ているディー君を恨めしく思ってはいけないけど、私はみんなの前で服を脱ぎながら、事前に覚悟をして、ふたりきりで済ませておけば良かったと考えずにいられなかった。