堕落
本当は、これが儚い夢だって事が、私はきちんと知っている。
だけど、私はこの夢を突き放す事が出来ないでいるの。
だって、人が見る夢は全て儚いんだから、私のこの夢だって、手放す必要は全くない。
夢はいつも、彼を待っているところから始まる。
私はこの日のために買った可愛い洋服を着て、待ち合わせの駅の前で、待ち合わせよりずっと早く待ってるの。
彼がどんな服を着てるのかとか、どんな事を話してくれるのかとか、そんな事を考えてるだけで、すっごく胸がドキドキする。
待ち合わせの時間よりちょっと前に、彼は駅に現れる。
その時現れる彼は、私の想像なんかよりずっと格好良くて、私はぼーっと見惚れちゃう。
そんな私に彼は早足で寄ってきて、遅れちゃったって謝ってくれる。
早く来過ぎたのは私だから、ちゃんと私は許すけど、彼は律儀だから、駅前のパフェを私に買ってくれるの。
そのパフェは、私が何も言わなくても、私の好物のイチゴパフェで、きちんと彼が私を分かってくれるのが分かっちゃう。
それで、私達は二人で遊園地に行く。
その遊園地は人気だから、どのアトラクションも待ち時間があるんだけど、彼は優しいから、私をちゃんと気遣ってくれる。
そんな彼の様子がとっても愛おしいから、そんな時間もすぐに過ぎていっちゃうのが、私はいつも不満になる。
彼はちょっと怖がりだから、怖いアトラクションだと、強がって前を進むんだけど、私の裾をぎゅっと握ってるの。
そんな彼の様子で私の視界は埋まっちゃうから、怖いはずのアトラクションも、私は全く分からないまま通り過ぎる。
絶叫系のアトラクションが、彼は特に好きで、それに乗る前になると、まるで男の子に戻ったみたいに、とっても可愛くはしゃぎ始める。
いちおう、彼女である私は、いろんな人がいる前だからと、彼を諌めるんだけど、内心ではもうちょっと見たい。
だけど、周りを見て恥ずかしがってる彼を見るのも好きだから、いつも葛藤してしまう。
色んなアトラクションに乗ったら、最後は観覧車に乗るの。
綺麗な景色を眺めながら、彼は私に愛を囁く。
私はそれに、顔を真っ赤にしながら狼狽えるしかなくて、それを見た彼はにこって笑って、私にキスをする。
そのキスは、唇に触れるだけの柔らかいキスで、彼の唇はほんのり甘い香りを私に残す。
そこで、いつも私は目が覚めて、彼の病室にいることに気が付く。
もう決して起きてくれない彼は、安らかな寝顔でそこに眠っている事を思い出す。
また来るねと私は彼に口付けるけど、彼の唇は今では消毒液の匂いしかしなくなってしまった。
毎日来ては、彼の病室で夢に落ちる。
私もまた、この夢から覚めることは無いのだろう。