目が覚めた
セシルはそれを聞いて密かに驚いていた。
文字通り、目が覚めた時、目が覚めたから。
勝手に話出したサミュエルのおかげで、ようやく状況は把握できたセシル。
サミュエルの話を聞いて思い浮かべたのが、昔やっていたゲーム。
ゲームの世界に転生したのか、自分の妄想かは知らないがその世界にいるのだと分かった。
それにしても「冷たく白い雪に咲く青い花」ってゲームはこんな物語じゃなかったんだけど。
ゲームは、養女のセシル(つまり私)が、生還した実子アナベルを執拗にいじめて追い出そうとするが、アナベルがセシルに奪われた居場所と幸せを取り戻す物語で、今の現実とは全く逆だった。
このゲームは、セシルがアナベルにいじめられると嘘をついてアナベルを陥れる。アナベルは誰にも信じてもらえず、心が壊れそうになるが、周囲を味方につけて逆転していくゲーム。
ハッピーエンドは、アナベルがセシルに奪われた居場所を取り戻し、セシルは貴族子女を虐げ、あまつさえその立場を乗っ取ろうとした罪により断罪されることになる。
幾つかのルートがあり、ほとんどがアナベルは幸せになり、セシルは断罪される。まれにセシルが自滅したり事故死したりするルートもあるが、どちらにしてもセシルが生き残れるチャンスはほぼない。
だが、完璧に選択ができた場合のみセシルが断罪されず幸せになる幻のトゥルールートがあるという噂があったゲーム。
結局一度もセシルが生き残るルートを見つけることはできなかった。
しかし、「冷たく白い雪に咲く青い花」ってタイトルとゲームの内容が全然関係ないな、と思っていたが、自分が雪に埋もれたこのルートのことを示唆していたのかもしれない。
ということは、セシルが無事生き残った奇跡的のルート?
セシルはアナベルに一度も嫌がらせをしなかったし、自分が養子と知ってからは家族に責められても言い訳も、訂正もしなかった。
もしかしたらそれが正解だったのかもしれない、だからタイトルのような幻のトゥルーエンドを迎えることが出来たのだろう。
今回、完全に二人の立場が逆転し、アナベルは屋敷に幽閉されている。今後はどうなるか父が決める事はず。
ゲームはもう少し時が進んだ世界で、セシルはもう十八歳の成人を迎えていたため処刑されていた。
アナベルはまだ成人していないので、おそらくそのような事にはならないだろうが。
セシルが頭の中でいろいろ整理をしていると、父が部屋にやって来た。
父も兄も謝罪の言葉ばかりを口にするが、セシルは視線を合わせなかった。
自分の話など聞いてもくれず、一方的に責めた人たちだから。
ゲームの中ではセシルを追い詰め、死に追いやる人たちだから。まあ、ゲーム内のセシルは自業自得だったのだけど。
「セシル、本当に済まなかった。アナベルが帰ってきて、私は・・・私たちは盲目的に彼女を愛していた。セシルも大切な娘だというのに・・・すまなかった。使用人たちも反省している。今すぐ全員を入れ替えることは出来ないが、そもそも私のせいで使用人たちも対応を間違えたのだ。彼らを許してやって欲しい。」
そういう父の声は、これまで聞いたこともない弱弱しいものだった。
それでもセシルは言葉を返さなかった。
怒り、悲しみ、恨み・・・自分の心の中にもおそらくそれはある。
でもゲームの世界だと気がついたせいなのか、今はまだどこか実感がなく一歩ひいた他人ごとにも思えるのだ。
ゲーム内のアナベルは、アナベルが冤罪だとわかったとたん手のひらを返してきた家族と仲良く暮らしていた。
「やっとわかってくれた、信じてくれた」と喜んで。ゲーム内のアナベルはとても素直でいい子なんだろう。
私には無理だと思う。信頼も愛情も二度と抱けるわけがない。
それに幽閉されているとはいえ、この屋敷にはアナベルがいる。十八歳で断罪されるリスクを完全に払拭できない以上、すぐにでも出て行きたい。
だが、この十数年、貴族令嬢として不自由のない暮らしをしていた。
資金も知恵も何もない十四歳。こんな元貴族令嬢が街に出れば悲惨な未来しか想像できない。
かといって、物心つく前に養女にされて、お前など養女にするのではなかったと罵倒される。謝っている姿を見たって、本心なのかと疑ってしまう家族と暮らすのもきつい。
本当にひどい仕打ちだと思う。日本だったら、警察沙汰で、しかも慰謝料発生案件だ。
(ん? 慰謝料?)
セシルははっと目を見開いた。
(そうか! その手があった!)
慰謝料を貰えば、養子縁組を解消してもらって出て行くことが出来る。
これまでは貴族として暮らさせてもらっていたから、いきなり働くのは難しいし、何も能力のない自分に仕事なんてすぐ見つからないはず。
となれば頼りは慰謝料!
慰謝料はどのくらい請求できるのだろう。
精神的慰謝料、身体的慰謝料・・・なんてたって殺されかけたんだから。遠慮しなくてもいいよね!
こんなひどい人たちと縁を切り、大金を貰って、誰にも気を使わずに悠々自適に暮らす。
物語から離れ、断罪のリスクを避ける。ビバ!安心自由な豊かな老後生活!
今はまだ体が思うように動かないが、この弱り切った体が元気になるまで上げ膳据え膳で世話になろう。そのくらいの権利はあるはずだから。
皮算用をし、豊かで命の危険がない生活の目途がたったセシルは思わず口角が上がった。
謝罪に反応せず、空を見つめるセシルを心配していた父と兄だったが、セシルが少しニヤッと笑ったのをびくっと怯えたのにセシルは気がつかなかった。