真実と家族
セシルが意識を取り戻した時、枕元には兄がやつれた顔をして座っていた。
「ああ、セシル!気が付いたか?誰か、お医者様を呼んでくれ!」
メイドに命じた後、サミュエルはセシルの頬を両手で包み
「悪かった、本当にお前を信じなくて悪かった。生きて・・目を覚ましてくれてよかった。」
そう言って涙を落とした。
目が覚めたばかりのセシルは意味が分からなかった。
手のひらを返したようなこの態度。
この家族に絶望して家を出たはずなのに。
行くところがなく、疲れ果ててうずくなった自分に雪が積もっていく。寒くて冷たくて痛くて・・・次第に思考がまとまらなくなってきた。
なんだかホッとした。もう苦しむことはないんだ。それを最後に何も覚えていない。
そのあと何があったのだろう。体が動くのならすぐにでも出て行きたい。しかし体が動かなかった。セシルはただ天井をぼんやり見つめた。
ベッドのそばでは、兄が一人で謝罪の言葉を紡ぎ続けている、聞きたくなくとも色々耳に入ってきた。
サミュエルは、アナベルを執拗にいじめるセシルに憤りを感じていた。
しかし同時にセシルの稚拙さに疑問を感じていたのも確かだった。セシルはそんな浅慮な愚か者ではなかったはずなのだ。
アナベルに危害を加えないように、セシルを見張っていたのにもかかわらず、その目を盗むようにしてアナベルが被害に遭ったと泣いている。
セシルはほとんど部屋から出ない。アナベルに近づくこともない。そんな中、どうやっていじめているのというのだろう。
ちょっとした疑問が不安に変わった。自分は何か間違えてはいないか?
しかし・・・セシルは両親に責められても何も弁解しなかった。
だから違和感を覚えながらも、サミュエルは何も気づくことが出来なかった。
だが、セシルが階段から落ちた時。
セシルに落とされそうになったとアナベルは、怖くてもう一緒には暮らせないと泣いて訴えた。それを聞いた両親がセシルを修道院に入れるしかないかと話し合っていた時、アナベルがニヤリと笑った気がした。うつむいて隠すようにしていたがサミュエルは見てしまった。
見間違えかと思いながら、自分の中にあった違和感と不安が大きくなっていったとき、セシルが姿を消した。
寒い雪の降る中、何一つ持ち出すこともなく身一つで出て行ったのだ。
皆に責められていた時のセシルの目は何も映していなかった、反論も弁解もしなかった。それは信じてもらえない人間に何を言っても無駄だというあきらめだったのではないか。
ほんの少し心に芽生えたその思いは、セシルが出て行き、行方が分からなくなるとどんどん大きくなっていった。もう一度きちんと話を聞こう。一方的に決めつけずにセシルの話を聞こう。
焦燥感に駆られてサミュエルはセシルを探し回ったのだった。
そして、息も絶え絶えのセシルを発見し屋敷に運んだ。
処置が功を奏してセシルの命の危険が去った後、皆がセシルの部屋を後にしたがサミュエルはこっそりと戻ってきてクローゼットに忍び込んだ。
何事もありませんようにと祈りながら。その反面、想像通りに来て欲しいような複雑な気持ちだった。
そして、悲しいことにサミュエルの想像通りにアナベルは忍んできた。
セシルに悪態をつくばかりか、命を奪うために。
サミュエルはアナベルを拘束し、待ち構えていた父親も憔悴した顔でアナベルの頬を打った。
「お父様!どうして!」
「あなた!何をするのですか!」
それでも母は娘をかばった。
「・・・今までの事全て嘘だったんだな。セシルは何もしていないのだろう!なぜこんなことを!やっと!やっと大切な娘が戻ってきてくれたとどれほど嬉しかった事か!なのにお前は!お前という奴は!」
「嘘じゃありません!私はずっと我慢して・・」
「そうですわ!この子がどれだけ辛い思いをしていたと思うのですか!やっと私たちのもとに帰ってきたのですよ?!少しくらい嫉妬で妹をいじめたとしても仕方がないではありませんか!!」
母はアナベルを抱きしめた。やっとこの手で抱きしめることが出来た可哀そうな娘を何が何でも守りたい母心だった。
「お母様・・・そうなの。私の居場所を取られるかと・・・怖かったの・・・ごめんなさい。」
「いいのよ。わかってるわ。あなたは何も悪くないの。悪いのは本来のあなたの場所にいたセシルなのよ。」
「お前まで何を言うのだ!」
「だってそうではありませんか!あの子がいなければこの子が何かすることはなかったのです!」
「あの子のせいではない!あの子を養女にと決めたのは我々ではないか!」
「あなたは我が子よりもセシルの方が大切だとおっしゃるのですか!」
「そう言うことではない!人としてやってはいけない事だと言っている。セシルを貶める必要などどこにもない!」
「そんなことはしていません。いじわるされていたのは本当です!」
現場をおさえられているのにもかかわらず、アナベルはそう言い切る。
「じゃあなぜセシルを殺そうとした。セシルが何もしていないことがばれるなどと口走っていたではないか!」
父に怒鳴られてもアナベルは母に縋りつき、嘘じゃないと泣く。
そんなアナベルを諫めることなく母はかばい続けている。
それを見て、サミュエルはぎりっと歯を噛みしめた。
可愛がっていたセシルに自分がしでかした取り返しのつかない非道。
自分が許せなかった、そして何の罪もないセシルを陥れたアナベルを許せなかった。
血のつながりがあったとしてもそれだけだ。十数年一緒に暮らし可愛いがっていたセシルを貶め殺めようとし、家族をだまそうとしたただの犯罪者だ。
「そんなことしておりません・・・勘違いです。セシルが心配で様子を見に行っただけです。」
「お前を殺そうとした妹をか?!二度と会いたくない、顔を合わせるのが怖いから追い出してほしいと言っていたお前が夜中に一人でセシルの部屋に行くのか?!」
父が問い詰める。
セシルを信じなかった後悔と、娘の生還を喜んでいたはずがその娘の心が醜悪であったことの絶望で怒りが収まらないのだろう。
「セシルが気付くまでお前は謹慎だ!」
「あなた!」
そう言うと、母がどれだけ反対し懇願しようとも屋根裏部屋にアナベルを閉じ込めた。
そしてセシルの意識が戻るのを祈って待っていたということが、兄の語り掛けで分かったのだった。