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シャリエ子爵夫人

「セシルお嬢様、旦那様からお預かりをしてまいりました。」

 シャリエ家の執事が、ある日セシルを訪ねて食堂にやって来た。

 昼が過ぎの店が閑散とする時間を選んでくれたのだろう、ほとんどお客さんの姿はなかった。

「もうお嬢様でも何でもありません。ただのシルですので。」

「・・・かしこまりました。シル様、こちらを。」

 そう言って執事はテーブルに重そうな袋を置いた。

 金属がちゃりちゃり擦れる音で、なかがお金であることが分かった。


「これは?」

 セシルはいぶかし気に執事を見た。

「この度、迷惑をかけたお詫びだそうです。」

 言い換えれば慰謝料。

 こちらから請求する前に頂いてしまった。

 もちろん遠慮などするつもりもない。


「そうですか、わかりました。確かにいただきましたわ。ただ二度とこういうことがないよう子爵様にお願いしてください。」

「もちろんです。シル様・・・私どもはシル様のお帰りを心からお待ちしております。」

「・・・ありがとう。でも私はここの生活をとても気に入っているの。」

「・・・左様でございますか。何かあればいつでも連絡いただけますよう。それと、奥様の事ですが・・・」

 セシルの眉間にしわが寄る。

「今回の事で、やっと目が覚めたと泣いて旦那様に謝罪しておられました。セシル様にもなんてひどいことをしたのかと。」

「そうですか。でも関係ありませんから。今日はどうもありがとうございました。」

 頭を下げるセシルに、執事は寂しそうに頭を下げて帰っていった。


 今更なのだ。

 もう彼女に信じて欲しいとも愛してほしいとも微塵も思っていない。名前を聞くだけでも煩わしいと思うだけだ。

 もう二度とあの二人が自分の前に現れないことだけを願った。




 しかしその願いむなしく、シャリエ子爵夫人がセシルの前に現れた。

 侍女と護衛を連れた夫人は、買い物に出かけようと外に出たセシルを待ち構えていたように馬車から出てきた。

「セシル、少し時間を貰えないかしら?あなたに謝りたかったの。」

「・・・。必要ありません。では。」

 セシルは無視をしてすたすたと横を通り過ぎた。

「待って!セシル本当にごめんなさい!これまでの事本当に申し訳なく思うわ。これからもあなたに迷惑をかけてしまうだなんて。許してあげてね? あの子はもう牢から出れないのだからあなたしか頼る人がいないのよ。」

 足早に通り過ぎようとしたセシルはその言葉に思わず振り返ってしまった。


「だって、父親があなたの夫になるのだから。あなたがアナベルの子を見るのは当然でしょう?」

 侍女と護衛は顔色を変えて、夫人を馬車に無理やり押し込めた。

 それでも夫人は、

「アナベルがあなたの恋人を奪ってごめんなさいと謝っていたわ。ごめんなさいね。」

 言い放った。


 護衛が扉を閉めると侍女が慌てたように

「セシル様、申し訳ありません! 奥様はこちらに戻ってきてから本当に反省した様子を見せられていて・・・セシル様に謝りたいと毎日懺悔されていたのです。旦那様は会うことをお許しにならなかったのですが、教会からの帰りにどうしてもこちらへ回せとのご命令で・・・本当に申し訳ありませんでした!」

「あなたが謝ることではないわ。・・・・でも言っていたことは本当?」

「それは私ではわかりません。申し訳ありません!」

「そう。じゃ。」

 セシルは踵を返すと家に向かって歩き始めた。

「セシル様!」

「・・・お願いだからもう二度と私に関わらないでと子爵様にお伝え下さい。」

 それだけ言うと家に戻った。


「忘れ物かい?」

 ドアを開けてすぐにルルが驚いたようにセシルに問う。

「どうしたの!?」

 真っ青な顔をして、今にも倒れそうなセシルにルルが駆け寄る。

「・・・ルルさん・・・私・・・神様から嫌われてるのかなあ。」

「シルちゃん・・・そんなことあるわけないじゃないか!」

 静かに涙を流するセシルをルルは抱きしめる。

 ゆっくりと背中をさすってくれるルルがまるで母親のように温かく、セシルは先ほどあったことをつっかえながらも打ち明けた。

「でも・・・あの二人の言うことは嘘かもしれないから・・・真に受けたらダメだと分かっているけど。でも・・・」

「当たり前じゃないか!本当にそいつらは何だってシルちゃんをいじめるんだい!」

 怒り心頭のルルは、セシルを部屋に連れて行き、温かいココアを入れてくれた。


「シルちゃん、差し出がましいことだけどあの騎士様に私が聞いてもいいかい?」

「・・・でもそんな嫌な役目申し訳ないです。自分で・・・」

「本当なら親兄弟が本人の代わりにやることだよ。私はシルちゃんの事本当の孫だと思っているからね。シルちゃんが嫌じゃなければさせて欲しいんだよ。」

「・・・私もルルさんが本当のお母さんだったらいいなあって思ってた。」

「嬉しことを言ってくれるじゃないか!おばあちゃんじゃなくてお母さんと言ってくれるのかい?私に任せといて。」


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