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懸念通り

 懸念していた通り、やはりマルクはアナベルと結ばれる運命だったのだ。

 ゲームオーバーした後だから問題はないと思っていたが、領地に名ばかりとはいえ、幽閉されていたはずのアナベルがマルクといたということは、元家族もマルクも承知なのだろう。


 セシルは、二人が一緒にいるのを見た時、ゲームの結末には逆らえないのだと悟り、衝撃と悲しみに襲われた。

 元家族にも失望したけれ、マルクに裏切られたことは比べ物にならないくらい堪えた。

 セシルは布団にもぐって泣くだけ泣いた。 


 そこにノックがあった。

 涙で顔がぐちゃぐちゃのセシルはドアを開けられなかった。

「シルちゃん、ここに温かいココア置いておくからね。今日はもう仕事終了してゆっくり休みなさいね。」

 そして足音が遠ざかっていく。

 セシルはココアの入ったカップを両手で包みながら、ルルの優しさにまた涙するのだった。



 元家族と縁を切った今のセシルにとって唯一の存在がマルクだった。

 信用していたマルクに裏切られたのはたまらなかった。

 自分の素性を両親に話したと聞いてから、漠然としたもやもやをマルクに抱いてはいたが、マルクを愛していることに変わりはなかった。

 マルクが選りにもよってアナベルといるとは。でももともとマルクと結ばれるのはアナベルだったのだ。自分はそれを知っていたのに。知っていて側にいたのだ。

 だから二人の姿を見たとき、ああ、決められた結末には逆らえない。この生活が終わるのだと、すとんと納得できたのだった。

 でも頭で納得しても、心は別物だった。


 アナベルは公に犯罪者ではない。だから、シャリエ家以外の者がアナベルを街で見かけたからと言って何も思わない。

 ただ、マルクは私がアナベルの姉妹だと知っていたはず。そして、数年前に娘と謀ったと追い出されていたことも知った上での逢瀬なのだ。

 実はアナベルが子爵家の本当の娘だったとサミュエルからでも聞いたのか。そして彼女に乗り換える事にしたのか。


 マルクがそんな人間だとは思えなかったが、セシルに出来るのはもう関わらない事だけだ。

 アナベルから以前のように陥れられるかもしれないのだから近づきたくもない。だからマルクとももう・・・。




 その日、夜になるまで自室に引っ込んでいたセシルは店が閉店した頃に下におりて片づけを手伝った。

「シルちゃん、今日はいいんだよ。」

 ルルさんの優しい言葉にセシルは首を振る。

 このやさしい人にこれから迷惑をかけてしまうのだ。

 セシルは申し訳なさで一杯だった。


「ルルさん、私・・・」

「あの騎士様とけんか別れでもしたのかい?」

「え?」

「あんたをあんなに泣かせてぼんくらだね。いい男だと思っていたのだけど・・・私も見る目がなかったんだね。」

「・・・じゃあ私もぼんくらです。見る目がなかったのだもの。」

 泣き笑いのセシルはルルを抱き寄せた。

「それで何かい? そのぼんくらと顔を合わせたくないからここを出て行くという話をするつもりかい?」

 何でもお見通しなルルに驚く。

「・・・ルルさんに迷惑をかけてしまって・・・次の人が見つかるまでは働きますので。」

「いいんだよ、迷惑なんかじゃない。でもね、よく聞いて。シルちゃんが独り立ちするのにどんなに覚悟を持っていたのか、頑張ってきたのか私は見てきたつもりだよ。その居場所を奪うなんて誰であっても許せることじゃない。あのぼんくらをこの店に出入り禁止すればいいのさ。」

「でもそんな事・・・騎士仲間に悪いうわさが広がったりすればお客さんが減ってしまいます。」

「構わないよ。そんなことでこの店に来ないようならそれでいい。私はシルちゃんの方が大事だよ。」

「ルルさん・・・」

 セシルはポロポロ泣いた。


 お母さんがいたら、こうして私を大事にしてくれたのかな。

 ルルの温かい抱擁に出て行きたくないと強く思ったのだった。


 ルルから身を離して涙を拭いていると、どんどんと扉が外から叩かれた。

「ごめんなさいね、もう今夜はおしまいなんですよ。」

 ルルが明るい声で、外の客に向かって声をかける。

「いえ! 私はサミュエルと申します。セシル・・シル嬢にお会いしたいのです、取次をお願いします!」

 シルは元兄の声にびくっと身を震わせた。

 アナベルの姿を見たそのあとすぐにサミュエルが来るなんて不穏過ぎる。


 そんなシルの様子を見たルルは

「申し訳ないんですけどね、今日シルちゃんは具合が悪くて寝込んでいるんです。日を改めてもらえませんか?」

 そう言ってくれた。

「具合が悪い!? それは誰かに襲われたり何か言われたからですか?シル嬢は無事ですか? 心配なのです! 一目でいいから無事を確認させてください。お願いします!」

 思ってもみない話にセシルとルルは顔を見合わせた。

 そしてセシルは大きく頷くと扉を開けた。


 扉があき、勢いよく店内に入って来たサミュエルはセシルを見て安堵したようにしゃがみこんでしまった。

「・・・良かった・・・セシルが無事で・・・」

「どういうことですか?」

「いや・・・その・・・」

 サミュエルはちらっとルルの方を見る。

「いいのですルルさんにも聞いてもらいたいから。ルルさん、後で事情を話すから側でついていてもらえませんか?」

「もちろんだよ。シルちゃんを一人にさせるものか。」

 そう言ってセシルの手を包んでくれた。セシルはまた泣きそうになるのを我慢してその手を握り返した。


 まるで家族のような二人の姿を見てサミュエルは胸が痛くなった。

 しかし今はそんなことを言っている場合ではない。

「子爵令息様、どういうことですか?」

 ルルがテーブルにお茶を用意してくれ、今は三人でテーブルを囲んでいる。

「アナベルが領地から逃げ出したんだ。領地から連絡がきて・・・行方不明なんだ。もしかしてセシルに復讐などしに王都に戻ってきたらと恐ろしくなってお前の無事を確認したかったんだ。」

「・・・そうなんですか。ありがとうございます、私は大丈夫です。でも、アナベルは王都に来ています。」

「なんだって!?会ったのか!?」

「いいえ、見かけた程度ですが・・・マルク様と腕を組んでいましたわ。」

「マルクと⁉ まさか、どうして!」

「聞きたいのは私の方です。彼女を領地から戻したのは子爵様と令息様ではないのですか?」

「違う! あちらを任せている執事からアナベルが使用人の一人を言いくるめて逃げだしたと連絡があった。」

「そうでしたか。」

 これが本当だとしたら、元家族に裏切られたわけではなかったのだ。

 諦めていたはずだが、どこかほっとしたのだった。



「マルクの奴・・・」

「マルク様はアナベルと顔見知りだったのですか?」

「あ、ああ。」

 サミュエルは気まずそうにいった。

「いいのですよ、一緒に遊んでいたのでしょう。だからマルク様を頼ったのね。」

「・・・いや・・・もしかしたら。」

「何?」

「セシルがマルクと婚約したことがあいつの耳に入ったのかもしれない。あいつはマルクの事を気に入っていたから・・・だからセシルの事が心配だったんだ。」

 自分の身を心配してきてくれたサミュエルに少し嬉しかった。

 裏切られていたわけではなかったことが、少なくともセシルの心の重りを軽くした。


「マルクもうちの事情は知らないから・・・また私たちのように騙されているのかもしれない。マルクに会いに行ってくるよ。」

 サミュエルは焦って様子で立ち上がった。

「セシルはくれぐれも気を付けてくれ。」

「わかりました。わざわざ忠告に来てくださりありがとうございます。」

 サミュエルは出て行きかけて、扉の前で振り返ると

「父上もセシルの事を心配してる、店の外に一人護衛を置いているから安心して。父上はアナベルの捜索の方の指揮をとっているから来られなかったんだ。じゃあ。」

 そう言って出て行った。


 セシルはそれを見送った後、ルルに向き合った。

「ルルさん・・・」

「お茶を入れかえてくるよ。ゆっくり話を聞こうかね。」

「私がします!全て・・・聞いてくださいね。」

 セシルは泣き笑いの様子でお茶を入れ替えると、今日にいたるまでの長い長い話をルルに聞いてもらったのだった。



「そうかい、そうかい・・・シルちゃん、頑張ったね。本当に一人でよくやって来たよ。」

 ルルはセシルをぎゅっと抱きしめてくれた。

「ありがとう。」

「それでその愚かな姉とシルちゃんの婚約者が一緒にいたんだね?」

「・・・はい。腕を組んで・・・買い物を一緒にしていました。」

「ふふ、そうかい。よくもうちの看板娘を傷つけてくれたもんだ。ぶん殴ってやらないといけないね。」

「え?ルルさんが?」

「シルちゃんの為なら力を貸してくれるお客がたくさんいるよ。」

「気持ちだけで十分です。ありがとうございます。少し気持ちが落ち着きました。マルク様にも話を聞いてみないと分からないですし・・・アナベルは本当に嘘をつくのが上手なので・・・」

「もし何かを聞かされたとしてもね、すぐにシルちゃんに会いに来て真偽をただすのが婚約者じゃないのかい?」

 セシルははっとした。ルルの言うとおりだ。

「きっとマルク様はアナベルから何か聞いて、店に来てくれなかったのですね。はあ~。私ってまた信用されなかったんだ。もう・・・人なんか二度と信用しないわ。」

 そう言って泣くセシルの背中をずっとルルは撫でてくれたのだった。

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