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リゼロEX 『とある殉教者の訃報』

執筆の息抜きに書いた、『Re:ゼロから始める異世界生活』の番外ならぬ欠番編です。

短編としても、特典としても需要はないけど書きたかったので書きました。

精査していないので、本編と矛盾する設定が今後あるかもしれないので、あまり当てにせず、こんなこともあったかもなーぐらいでお受け取りください。


リゼロ三章後、とある場所でのお話。

 ――その場所は暗く、陰気な雰囲気に満たされた空間だった。



 冷たく、澱んだ空気が立ち込めている。

 壁は微かに青く発光し、湿ったようにも乾いたようにも感じられる異様な風が吹く。

 それはおそらく、この場に居合わせるモノ共の、異質な雰囲気によって形作られる世界観だ。


「――――」


 その薄く、青白い光だけが頼りの空間に、延々と響き続ける音がある。

 それは何かを引きずるような、固い壁に爪を立てるような、聞くだに不穏な不協和音だ。

 時折、その音に紛れて、水音のようなものも混ざる。


「……っく……あぁ、あぁ、あぁぁぁぁあ」


 耳を澄まし、注意深くその水音を聞けば、それが雫が床に滴る音であり、同時に誰かが鼻をすする音であること――床に這いつくばり、すすり泣く声だと気付くことができる。


「何故、何故なの……どうして、あなたがこんな目にぃぃぃ」


 すすり泣く声は、まるで無数の虫が羽音を鳴らすような聞き苦しい高音だった。

 感情の昂りと共に、引きつる声は徐々に徐々に色を、悲嘆を増し、冷たい空間に木霊する。

 終わらない慟哭、地獄へ引きずり込まれそうなすすり泣き、そこへ――、


「――あのさぁ、いい加減にしてくれない? いつまでもそうやってうじうじと泣かれてても、はっきり言って迷惑なんだよね」


 声は、すすり泣きとはまるで別の角度から、性別さえも異なるものとして降って湧いた。

 そこに込められる感情は、隠すつもりすらない侮蔑と嘲弄だ。泣きじゃくり、悲嘆に暮れる相手に向けるべきとは思えない、罵声に近い言葉が容赦なく投げつけられる。


「そりゃさ、辛い気持ちはわからなくはないよ? 僕はあいつに全然思い入れとかないし、むしろ死んでくれてせいせいしたって思わないでもないけど、あんな奴にも一人ぐらいは死なれたことを悲しむ奴がいたっていいとは思うし? ほら、僕は人並みに寛大だからさ。あの手の勘違い野郎にもそれぐらいの権利は認めて然るべきだって、そんな良識の持ち合わせはあるんだ」


「――――」


「ただ、さ。こうやって、一応の義理っていうの? それがあるから教えてあげた相手に対してさ、いつまでも面と向かってうじうじされるとこっちの気が滅入ってくるわけ。わかる? 普通さ、そういうのって配慮するものでしょ。周りに気を遣わせないための最低限の配慮、それがあるじゃない。人目もはばからずに泣き喚くってさ、そりゃ泣く方は気持ちいいかもしれないけど、周りからしたらとんだ迷惑なわけ。死んだ奴だって、死後の名誉ってヤツを汚された気分になるんじゃない? 知らないけど」


「――――」


「感情の押し付けっていうかさぁ……ほら、あるじゃん。他人が先に泣いたり怒ったりしてると、ふっとそれが醒めるみたいな感覚。あれをやられてるみたいでさ。君がそんなに泣いたことで、君以外の人間が悲しむ権利を奪ったとは思わない? 実際、僕がもしも仮にあいつの死を悲しむ立場にあったらとか、そういうこと考えた? 考えてないよね? それってさ……僕という個人の、ただただ思うままに感じたいって権利の侵害だよねえ?」


 最初は嫌々と、次に淡々と、そして徐々に興が乗ってきたように活き活きと、その声はすすり泣く相手に対し、長く長く気が滅入るような言葉を並べ立てた。

 言葉の最後には怒りがあり、その薄暗い感情の爆発は避けられない。

 ただし――、


「もし、これが鏡越しの会話じゃなかったら、今頃、君はバラバラだったよ。そうならなかったことを、僕に感謝した方がいいんじゃないかな」


「――――」


「ああ、別にいらないけどね。日々のささやかな幸福だけで、僕は十分に満たされているし。もらって嬉しくないものまで抱えて、それで余計な面倒を起こすつもりはさらさらないんだ。僕はただただ平々凡々と、ここで最愛の妻たちと一緒に時間を過ごすだけだからさ」


 声は好き放題にそれだけ言って、ついには一方的に会話を打ち切る。

 ただ、その対話が終わる直前に――、


「――百二十二番。今、怯えた顔をしたよね?」


 と、こちらへの注意を完全に外した状態で一言。

 直後、凄まじい破砕音が響き渡ったと思ったところで、鏡越しの通信が終わった。

 鏡の向こうで何が起きたのか、それはわからない。わかる必要もない。


「……誰も、誰も誰も誰も誰も、あなたの死を悲しまない。どうして、どうしてなの? どうしてですか? あなたはあれほど、私のために尽くしてくれて、私のために身を粉にして働いて、私のためだけに、あんなに血を流してくれたのに」


 床を掻き毟り、すすり泣きをやめた影が立ち上がる。

 だらりと下がるその両腕、爪が剥がれ、痛々しい傷口からはぽたぽたと血が滴っていた。

 しかし、影はそれに頓着しない。

 ただ、血に染まる指を頬に当てて――頬に巻かれた包帯が鮮烈に赤い血で汚れていく。


「あなたを、あなたを誰もが忘れる。誰もが過去にする。許さない。絶対に、許せない」


 ギラギラと、異様に見開かれた紫紺の瞳が血走り、正面を睨みつける。

 そこに、この薄暗い空間の中で特に異彩を放つモノ――祭壇のようなものがあった。


 この影の立場を思えば、祭壇の存在は決して驚くべきものではない。

 元々、影の立場はある存在を信奉するところにある。

 だが、その祭壇にあるべきものは、その立場とは一切無縁、しかし同列におぞましい。


 ――奇妙な祭壇に飾られているのは、いずれも異質の存在感を放つ箱だ。


「あなたの、爪。あなたの、髪。あなたの、骨、血肉、魂まで何もかも……」


 祭壇に歩み寄り、影はその箱の蓋を開ける。

 途端、空間に満ちていた異様な空気に、明らかな異臭が入り混じった。まともな神経があれば顔を背け、即座にその場を離れる悪臭――影は、それを陶然とした面持ちで吸い込む。


 箱を傾け、貪った。こぼれ落ちるものを舌で舐め取り、影は全てを己と一体にする。

 耐えに耐えて、これまでは精神力だけで耐えてきた禁を破り、箱の中身と自分を混ぜ合わせる。


「――ありがと、ごめんね。これで、あなたと私、一つになれる」


 うっとりと、それまでの激発を失った声で、影はそれだけ呟いた。


 箱を投げ捨てる。転がった箱が、突然に燃え上がった。

 炎は祭壇に燃え移り、それまで暗くて見えなかったモノを、洞窟の景色を鮮やかに暴く。


 ――祭壇には、無数の白骨が並べられていた。


 法衣を纏い、水分の涸れ落ちた亡骸もある。数は、数えるのも馬鹿馬鹿しい。

 とある存在が乗り換え、捨て置いたモノの大部分がこの場にあった。


 その全てが炎に呑み込まれ、異臭と共に掻き消えていく。

 ゆらゆらと燃え盛る炎が照らす空間を、人影――包帯姿の怪人が、悠然と歩き出した。


 祭壇に背を受け、燃え尽きる想い人の聖遺物に一切の頓着をせず。

 だって、不要だ。そんなものは必要ない。


 あの人を、取り戻しにいくのだから。

 いつか、自分を地獄から引き上げてくれたときと同じように、今度はそれを自分がするのだ。


「――待っててくださいね。あなたは、失われてなんていません」


 だって、



「あなたは私の愛しい愛しい、最愛の人なんですから。――ペテルギウス・ロマネコンティ」



                △▼△▼△▼△


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ありがとうございました。

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