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第五十三話 王都招聘



「……暇だ」



 王都へと向かう馬車の中で俺はぼそりと呟いた。


 さして広くもない車内だ、俺の声は同行者全員の耳に届いただろう。その証拠に、向かい合って座っていたルナマリアが困ったように口を開いた。



「イシュカを出てから、まだ一刻(二時間)と経っていませんよ? 王都まではまだまだかかります」


「わかっているんだが……ワイバーンでの移動に慣れると、どうにも地上の移動はかったるくていけない。あと、この馬車、妙にすわり心地が悪いというか……」



 羽毛でも詰まっているのか、座席がやたらと柔らかいのである。


 絶えず揺れる馬車なのだから、硬いより柔らかい方が良いに決まっている。ただ、このふわふわした尻の感触はどうにも落ち着かなかった。


 と、ルナマリアの隣に座っていたシールが、頭の上の三角耳をせわしなく動かしながら俺に同意した。



「わかります。なんだかとっても落ち着きません。こういうの、貧乏性というのでしょうか? スズメちゃんはどう?」


「わたしは、その……この馬車という乗り物自体が、慣れません……」



 俺の隣に座った鬼人族の少女はどこか不安そうな面持ちで、きょろきょろ車内を見回している。


 その手はしっかりと俺の服の袖をつかんでいた。


 ルナマリアとシールがこっそり教えてくれたところによると、俺がメルテの村に行っている間、スズメはずいぶんと心細そうにしていたらしい。


 他者に対する警戒心が強いスズメだったが、俺には比較的心を開いてくれている。蝿の王と蛇の王、二種の魔物から救い出したことが大きいのだろう。


 俺はそんなスズメを置いてメルテの村に行っていたわけだ。


 俺がいない間のことはルナマリアとシールに頼んでいたとはいえ、配慮が足りないと責められても仕方ない。



 そんなことを考えていると、スズメがなおも不安そうな顔のまま問いかけてきた。



「……あの、王都って、イシュカの街より、大きいのです、よね?」


「ああ、広さだけでいえば、イシュカ三つ分くらいあるぞ」


「……想像もできません……それで、あの、王宮というところは、ソラさんのお家と比べると、どれくらい……?」


「そうだな……とかげとワイバーンくらい違うんじゃないかな」


「ッ……あの、ほんとに、そこに行かないといけないの、ですか?」


「ああ、今後のことを考えるとその方が良い。せっかくフョードル殿がお膳立てしてくれたわけだしな」




 そう。今回の王都行きは奴隷商人フョードルの画策かくさくによるものだった。


 画策というと聞こえが悪いが、ほぼ事後承諾だった俺としてはそう言うしかない。


 まあ、功績を評価してもらっての招聘しょうへいだから、礼を言いこそすれ、文句を言う筋のことではないのだけれど。




 端的に言えば蛇の王(バジリスク)を倒し、腐海の拡大を阻んだ者たちの表彰である。なので、もう一台の馬車にはクラン『死神の鎌』で生き残った四名が乗っている。


 いつかも述べたが、バジリスク討伐の最大の功労者は『死神の鎌』のリーダー・ペリィである、ということになっている。


 これはスズメを守るためにフョードルと裏取引をした結果であり、今回の表彰における俺の役割は協力者その一、というところだった。



 ただ、俺にはその後の腐海に関する諸活動の実績があるので、完全な脇役というわけではない。


 クラウ・ソラスのこともある。フョードルいわく、まず間違いなく国王ないし上級貴族から仕官の誘いがあるとのこと。


 誰かに仕えるつもりのない俺にとっては面倒くさいだけの話なのだが……次の話を聞いてしまえば「行かない」というわけにはいかなかった。




 話というのは他でもない、スズメのことである。


 現在、イシュカにおいてスズメに危害を加えようとする者はいない。


 これは『組合』がスズメの功績――腐毒の特効薬の材料を提供したこと&バジリスク討伐に参加――を広めた結果であった。


 この状況は俺にとって狙いどおりだったが、フョードルはスズメの安全をより確実なものにするべく、国王じきじきの言葉をたまわろうとしたのである。


 国王がスズメの存在を公認すれば、王族貴族が鬼人を狙って動くこともなくなるだろうというのがフョードルの意見だった。




 ――正直、最初に話を聞いたときは、そんなことが本当にできるのかと疑問に思ったものである。


 ところが、すでにフョードルは国一番の貴族であるドラグノート公爵の協力を取り付けていた。


 手際が良すぎるだろう。


 なんでも、公爵家にジライアオオクスの実を持ち込み、病に苦しむ公爵令嬢の病状を改善させた結果らしい。


 そういえば、冒険者だった頃にそんな噂をちらっと耳にしたような気もする。司教(クラス)の奇跡でも万能薬エリクシールでも治らない呪病の治療なんて、第十級冒険者にとっては何の関係もない話だったから、聞いたその場で忘れていた。




 とにかく、フョードルは驚くべき行動力で今回の王都招聘を実現にこぎつけた。


 ありがたいといえばありがたい話なのだが、糸目の奴隷商人への借りがずんどこ積み重なっている気がして落ち着かない今日この頃である。


 ……まあ、フョードルもフョードルで、ジライアオオクスを用いた解毒薬をエサに、王家や貴族とのつながりを深めているようだから、こちらが一方的に恩を感じる必要はないだろう、うん。



 俺にとって、今回の王都行きはそういったものである。


 一方、人間の世界に出てきたばかりのスズメにしてみれば、他者の都合であちらへこちらへと連れ回されているわけで、心境としては嵐の中で小舟に乗っている心地だろう。


 不安になるな、というのは無理な話であった。


 俺はスズメを安心させるべく、なるべくほがらかに笑ってみせる。



「王都ではずっとそばにいるから心配するな」



 そう言ってぽんぽんと頭を叩く。 


 二本ツノの少女はなおも不安そうだったが、それでも少しほっとした様子で、ぺこりと頭を下げた。



「よろしく、お願いします」


「まかせなさい。なに、いざとなったら四人でクラウ・ソラスに乗って逃げればいいだけだ。気楽にいこう、気楽に」



 そのクラウ・ソラスは馬車の上をのんびりと飛んでいるはずだ。


 ちなみに、どうして四人乗りで王都に向かわなかったのかといえば、さすがに緊急時でもないのに四人乗りはクラウ・ソラスに悪いと考えたからである。


 乗ろうと思えば乗れるが、基本は一人乗りだしな。


 あと、乗り心地も最悪になるので俺以外の三人が耐えられないだろう。


 なにより、せっかくイシュカまで迎えに来てくれた王宮の役人を放って、さっさと王都に向かうなどできるはずがなかった。




 うむ、改めて考えてみると、椅子のすわりの悪さを愚痴るとか、子供みたいな真似をしている場合ではなかったな。


 この際だ。良い機会だとおもってスズメたちと親交を深めよう。



「そういえば、俺がいなかった間に何かかわったことはなかったか?」



 そう水を向けてみると、ルナマリアとシールが顔を見合わせた。


 どうやら何かあったらしい。二人の表情からしてそれほど大事ではないだろうと思ったが、どうしたものか、二人とも妙に話しづらそうにしている。


 スズメがきょとんとしているところを見るに、鬼人がらみのことではなさそうだが、はて。



 このときの二人の態度の理由がわかったのは、その日の夜のことだった。


 馬車の外に設けられた二つのテント。スズメが眠った後、ルナマリアが男性用テントに来て教えてくれた。


 それは俺自身、想像だにしていなかった心装の効果についてだった。




◆◆◆




 端的にいって、俺に抱かれた女性は強くなるらしい。



「……マジか?」


「私とシール、二人がまったく同じ状態ですのでマジだと思います」



 ルナマリアいわく、そうではないかと気づいたのは俺がフョードルの鬼人狩りに参加を決めた頃らしい。


 明らかに自分の能力が高まっていると自覚できたそうだ。ルナマリアはもとより、シールの方も同じ状態であり、稽古をつけていたルナマリアが驚くほどの伸びを見せたという。


 そして今回、俺がイシュカを留守にしていた間、体力魔力が以前のレベルまで低下したことで確信したとのこと。


 ……なるほど、たしかにこれはスズメの前では言えないな。


 俺はそう納得した。


 そして、ルナマリアが今日まで口を閉ざしていた理由も察した。




 これは明らかに俺の秘密に触れる事柄であるからだ。


 以前、ルナマリアは俺の中に「竜を感じた」と言っていた。エルフであり、精霊使いであるルナマリアだからこそ気づけた俺の同源アニマ


 だがその後、ルナマリアが竜について訊ねてくることはなかった。俺が竜の力を隠そうとしていると思ったからであろう。




 実際、俺は竜――心装のことを隠してきた。


 心装の力を振るうときは周囲に人がいない時であり、たとえばラーズと決闘したときのように、他者がいるときは心装を使わなかった。


 俺が強いということは知られて構わない。グリフォンやらスキュラやらを退治しておいて「俺は弱い」なんて主張が通るはずもないからだ。


 だが、どのくらい強いのか、どうして強くなったのか、どういう戦い方をするのか。それらについては極力知られないように気をつけた。




 幻想一刀流。心装。けい。これらについては門外不出の情報というわけではない。


 冒険者にとって国境などあってないようなもの。帝国で幻想一刀流の情報に触れたことのある者は少なくないだろう。


 俺の心装やけいを見て、鬼ヶ島との関係に気づく者も出てくるかもしれない。


 そうなれば対策を練られてしまう。たとえば、けいは体内の魔力由来の闘技であるから、魔力封じのアイテムなり結界なりを用意されてしまうと、こちらがいちじるしく不利になってしまう。


 そういった危険、不利益を最小限にとどめるため、俺は心装の情報を伏せてきた。ルナマリアはそれに気づき、秘密に触れる話題を出しかねていたのだろう。


 そのルナマリアが今回こうして踏み込んできたのには、当然、理由があった。




「古来より、有為な人材を取り込む方法は異性と相場が決まっていますから」


「差し出された女性を気軽に抱くと、そこから俺の秘密が漏れるかもしれない、ということか」


「はい。私やシールであれば口外はいたしませんし、仮にしようとしてもマスターは私たちの口を塞ぐことができます。この首輪で」



 そういってルナマリアは細い喉を覆う首輪に触れる。


 『組合』が用意した奴隷環には『位置ロケーション』と『麻痺パラライズ』、それに『窒息チョーク』の魔法が込められている。


 それぞれ逃亡、反抗、制裁用の魔法であることは言うまでもない。


 ちなみにこの首輪は『組合』独自の技術で作られており、模倣もほう複製ふくせいも不可能だった。というか、それをしようとすると『組合』が本気で殺しにかかってくる。たとえ相手が国家であっても、だ。『組合』にとって奴隷環はそれだけ重要なアイテムなのである。


 それはさておき、ルナマリアの言いたいことはわかった。自分の奴隷であれば、たとえ秘密を知られてもいかようにも処分できる。だが、貴族がらみの女性にそれをすることはできない。


 だから安易に誘いに乗らないように、と忠告してくれているのだろう。




 その忠告はありがたく受け取っておく。本当に俺に言い寄ってくる女性がいるかは知らないし、仮にいたとしても、厚化粧の貴族令嬢とか頼まれたって相手にするつもりはないけれども。


 実を言えば、俺は御剣家の嫡男として宴席に出た経験はけっこう多い。


 招待主の家格が低い場合、当主代理として参加を命じられたこともままあった。


 で、まあ、そのときに出会った上流階級の女性で良い印象を覚えた相手なんて一人もいないのである。当然、今回の招聘でもそちら方面で期待なんてかけらもしていない。


 あれは帝国、ここは王国。国は違えど、王侯貴族の根っこの部分なんてどこも大して変わらないだろう。



 本音を言えば、早いところ用事を済ませ、またメルテ村に行きたかった。


 あるいは、ルナマリアやシールと一緒に冒険してみるのもいいかもしれない。これまでは心装のことがあったので意図的に別行動させていたが、今のルナマリアの話を聞けば、もうその用心は不要だと思える。


 そんなことを考えながら 俺は目の前のルナマリアを強引に抱き寄せた。



\あけおめです/

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