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23/202

第二十二話 疑問と決意と二種の魔獣



「……うーむ」



 燦燦さんさんと陽光が降り注ぐ中、俺は森の一隅にしゃがみこみ、考え事をしながら手近の草を摘んでいた。


 今あつめているのは薬草というよりは香草で、料理に入れると味わいがすっきりする。油や塩っけの濃いスープにおすすめである。


 けっこうめずらしい香草で、ギルドで設定されている報酬も高かった。その香草が群生しているのだから、さすがはティティスの深域だ。


 他にもちらほら知っている草木が見える。いずれも一月前の俺だったら目の色をかえて集めまくっていただろう。


 今の俺は薬草採取で生計を立てているわけではないので、そこまで執着する必要はない。ないのだが、やはり長年の習慣か、こうして黙々と草を摘んでいると自然と心が浮き立った。




 と、いかんいかん。ちょっと落ち着いて考え事をしようとしていたら、いつの間にか薬草採取に没頭していた。


 考え事というのは、ミロスラフ相手に『実験』を繰り返しているうちに胸の中にわだかまっていった疑問について。


 すなわち――



「なんか俺の強さ、おかしくないか?」



 率直にいって強すぎないか、ということだ。


 ……我ながら「なに調子にのってんだおまえ」と言いたいところなのだが、実際そうとしか言いようがないのである。


 はじめに疑問に思ったのは、ミロスラフを巣へと連れて行く途中の出来事。


 あのとき、俺はミロスラフが唱えた魔法『火炎姫』をけいの防御だけで耐え切った。いや、耐えたというか、かすり傷ひとつ負わなかった。


 耐えられると思ったからああしたわけだが、さすがにあそこまで余裕で防げるとは思わなかった。


 これまで勁など使えもしなかった俺は、いわば勁の初心者だ。心装を会得したことで勁量自体が増大したとはいえ、扱う技術が飛躍的に進歩したわけではない。


 その俺が、まがりなりにも冒険者として、魔術師として名を馳せているミロスラフの魔法を苦もなくおさえきれるものなのか。レベルだってまだ六でしかないのに。





 そう、レベルといえばこれも疑問だった。


 過日、娼館でレベルがあがって以来、俺はレベルアップしていない。


 この一ヶ月、準備を整えている間にも幾度か森の魔物を倒したし、ここ七日ほどはミロスラフの魂を毎日のように喰っているのだが、それでもあがらない。


 ミロスラフの魂は、おそらくレベルのせいもあるだろうが、妓女のそれよりも濃い。娼館での一夜でレベルアップしたのだから、七日も経てば一つ二つレベルがあがってもおかしくないのだが。


 むろん、レベルがあがるごとにレベルアップが難しくなっていくのはわかる。これがレベル二十とか三十とかならここまで疑問には思わなかった。


 だが、俺はまだレベル六なのだ。



「魂はケタ外れに高純度の経験値だと思ってたんだが……俺でさえこれだけレベルがあがらないのに、他の連中はどうやってレベルをあげてるんだ?」



 この一週間で俺が喰った魂を他者の経験値に換算すれば、とんでもない数値になるはず。他のレベル六の冒険者たちが、これを労せずして獲得しているとはとても考えられない。


 個人差、の一語で片付く差では絶対になかった。




 となれば、俺の場合、レベルアップに必要な経験値が他者よりケタ違いに多いのではないか、という推測が成り立つ。


 それこそ普通の人が百で済むところを、俺は一万以上必要なのではないか。


 仮にそうだとすると、それはもう人間ではなく竜がレベルをあげているようなものだ。



「まさか、とは思うんだがなあ……」



 しかし、心装を会得したときのことを考えると、あながち間違ってもいない気がする。


 俺の同源存在アニマは竜だった。であれば、俺自身にもなんらかの竜因子みたいなものが備わっていると考えられる。


 それに、この考えが正しいとすると、積年の疑問が解決するのである。


 どうして俺のレベルが一から上にあがらなかったのか、という疑問が。



 レベルアップの通説の一つ――自分より弱い魔物を何百、何千回倒してもレベルはあがらない。



 ……竜に比べれば、あらゆる魔物が雑魚だろう。それこそ幻想種を倒しでもしないかぎり、経験値に加算されることはあるまい。


 であれば、人間の稽古とか、駆け出しの冒険者が倒す魔物とかでレベルが上がらなかったのは当然のことと言える。



 そこから導き出されるもう一つの推論。


 レベルアップに要する経験値が異なるなら、レベルアップにともなう能力上昇も異なってくるのではないか。


 もしかしたら俺のレベルと他者のレベルは、根本的に意味が異なっているのかもしれない。



「まったくなあ……どうせならレベルの数値だけじゃなくて、経験値とか能力とかも見られればいいのに」



 できれば職業とかも記してあるとなおいい。もし俺のステータスに「竜戦士 レベル1」とか記されていたら、島での日々はもっと違ったものになっていただろう。


 まあ、今さら言ってもせんないことだけど。


 それに、こうして強くなる道がひらけた以上、あの日々にも意味はあったはずだ。




 今の俺ならば、島に戻ってもある程度は戦える。鬼ヶ島の魔物の強さを考えれば、さぞ喰らい甲斐もあることだろう。


 あの父のことだ。俺を嫡男に戻すことはないだろうが、戦力になると判断すれば、下級の隊士に任じることは十分に考えられた。




 鬼ヶ島を守る御剣みつるぎ家、その手足となる八の戦隊。


 滅鬼めっき封神ほうしんの旗を掲げ、上は隊長から下はひらの隊士にいたるまで、全員が幻想一刀流を操る島の護人もりびと


 その名を青林せいりん八旗はっきという。




 島の子供たちは例外なく青林八旗にあこがれる。俺の同期生たちも、今頃は隊士になって、もしかしたら上席に名を連ねているかもしれない。


 さすがにまだ隊長にはなっていないだろう。ラグナ、アヤカあたりは副隊長くらいにはなっているかもしれないけれど。


 ちなみに青林せいりんとは鬼ヶ島の古名のこと。というか、現在でも正式名称はこちらだ。もうほとんどの人が鬼ヶ島としか呼ばなくなっているが、島の古老は今でも島のことを青林島と呼んでいる。


 過去、鬼門ができる前は、鬼ヶ島は青々とした木々が立ち並ぶ景観豊かな島であったという。まあ、三百年以上前のことなので、古老たちすら自分の目で見たことはないわけだが。




 青林せいりん八旗はっきの青い陣羽織は、俺にとって強さの象徴。それをまとうのは夢だった。


 今の俺は、その夢をかなえようと思えばかなえられる所まで来ている。


 それは島を離れるときの誓いをかなえることでもあった。




『――いつか、必ず帰ってくる。この島で戦える力を身につけて、帰ってくる』




 あのときの無念を昨日のことのように覚えている。


 島には心装のノウハウが蓄積されている。それに触れれば、今よりもっと心装をうまく使うこともできるだろう。俺はそう思った。



 だが、不思議と帰りたいという気にはならなかった。


 いま帰って、仮に追放を解かれたとしても、せいぜいが平の隊士としてこき使われるだけだ。


 かつての弱者扱いよりはマシだが、父やラグナ、アヤカや同期生、それにゴズ、セシルの兄妹に頤使いしされる生活など想像したくもない。



 あのときは、島の人たちに自分を認めさせてみせると思っていたが……うん、今おもえば、俺は別に認めてほしかったわけではない。ただ単に、見返してやりたかっただけだ。


 連中より強くなって、どうだ見たかと胸を張ってやりたかった。


 俺を見切ったお前たちは間違っていたんだと証明してやりたかった。




 だから、今はまだ早い。


 俺はまだまだ強くなれる。


 ミロスラフを喰らい、『隼の剣』を喰らい、ギルドを喰らい、もっともっと強くなる。


 そうして喰えるだけ喰ったら――帰ろう、あの島に。帰って証明しよう。俺はお前たちを超えたのだと。


 それが御剣(そら)の在り方だ。


 かつて夢みたものとはずいぶん違ったものになってしまったが、これはもう仕方ない。今の俺は救世だの護民だのといった理念にまったく共感できないのだから。




 これまでとて忘れていたわけではない。だが、今ここで、もう一度あらためて胸に刻む。


 正直、心装を会得してから、ちょっと調子に乗っていた感もあったしな!


 まさか薬草採取で初心に戻れるとは思わなかった。これからは何かに迷ったときは薬草採取をするべきかもしれない。瞑想めいそう的な意味で。




 そう考えて、ふとあたりを見回す。


 気づけば、俺の周囲には摘み取った薬草が山となって積まれていた。


 その事実に苦笑したときだった。


 俺の身体が浮き上がるほど、地面が大きく揺れた。




◆◆◆




 はじめは地震かと思った。


 だが、複数の、おそらくは魔獣のものと思われる咆哮と、激しい戦闘音が聞こえてくるに及んで、それが大型の魔獣同士の戦いであると見当がついた。


 かなりの激闘であることは聞こえてくる音だけでわかる。声の数からして、軽く十体以上の魔獣が集結しているようだ。


 ただ、そのほとんどは同種のものと思われるから、戦いは多対一で行われているのかもしれない。




 おそらく、群れで狩りをする魔獣が大型の獲物をしとめようとしているところだろう。


 それなら放っておこう、と思った。魔獣同士がどう潰しあおうと関係のないことだ。


 漁夫の利をかっさらうという手もないことはないが、正体もわからない十以上の魔物に単身で挑むのはというものだ。獲物を狩ったばかりで気が立っているだろうし、俺が襲われたわけでもない。



 俺は巣に戻るべく、摘んだ薬草を袋につめはじめる。


 ところが、そんな俺の思惑を阻むかのように、ひときわ大きな咆哮があがった。


 声からして「多」ではなく「一」の方。つまりは狩られる側だ。


 おそらくは最後の力を振り絞ったのだろう、その魔獣は両の翼を懸命に羽ばたかせて空へと飛び上がり――果たせず、ふたたび地面に落ちた。


 その場で飛び上がり、その場に落ちたのなら何の問題もなかったのだが、どうやら角度をつけて斜めに飛んだようで、落下場所が大きくずれた。


 要するに、俺の視界の中に、翼獣がずざざざあっと滑り込んできたのである。



 それは目に鮮やかなあい色の鱗を持つ二足の竜。


 インディゴ・ワイバーンと呼ばれる魔獣であった。 



 そして、そのワイバーンを追って姿を現したのは――


「シュシシシシ! 不思議不思議。かようなところに人間がおる」


 老人の顔と獅子の身体、そしてサソリの尾を持つ人喰い魔獣(マンイーター)マンティコアであった。




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