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第十七話 罪を消す



「ご存知のように、奇跡の行使には一定額の寄進を要します。『嘘看破センス・ライ』ほどの高徳の奇跡となると、銀貨の十枚、二十枚で済むものではありません。ソラさまはその金額を用立てることができますでしょうか?」



 受付嬢はそう言って俺の顔をじっと見つめる。


 繰り返すが、この受付嬢は俺に除名くび処分を言い渡した当人だ。俺が昇級試験に要する銀貨一枚を用立てることさえ出来なかった事実を知っている。


 その上でこの問いかけ。向こうの意図は明白だった。




 考えてみれば当たり前だろう。


 ギルドにしてみれば『隼の剣』は貴重な戦力だ。依頼達成率も高く、住民の人気も抜群。


 その『隼の剣』が醜聞にまみれれば、被害は当人たちのみならず、ギルドや他の冒険者にも及んでしまうだろう。


 除名した元十級冒険者とCランクパーティ、重要度において比較にもならない。


 多少強引な手を使ってでも被害を未然にふせぐ。それがこの場にいる受付嬢の役割なのだろう。




「……こういう時はギルドが支払うものじゃないのか?」


「ギルドが必要と認めれば、そうです。ですが今回の件はソラさまからの提案ですので、支払いの義務が生じるのはソラさまとなります」


「今の話を聞いても奇跡の必要はないと?」


「実際に何が起きたかは把握しました。しかし、そこに悪意があるというソラさまの意見は、過去の出来事に影響されているように見受けられます」


「パーティを追放された恨みを晴らそうとしているってわけか。それなら、なおさら『嘘看破センス・ライ』で白黒つけるべきじゃないか?」


「ですから、それをお望みなら必要な金額を用立てていただきます、と申し上げているのです」



 ち、と舌打ちした俺は、もう一方の当事者に声をかける。



「おい、サウザール商会の娘。『隼の剣』のリーダーでもいいが、無実を証明する良い機会だぞ。金を出さないのか?」


「必要ない。俺はミロを信じてる。奇跡に頼る必要なんてない」


「わ、わたくしはラーズに信じていただければ十分です。あなたのような人にどう思われようと、知ったことではありません!」


「……はあ。そうか、なら仕方ない」


「それでは、提案は取り下げということでよろし――」


「俺が払うしかないな」


「………………え?」



 言って、俺は懐から取りだした金貨を一枚、卓の上に乗せる。


 それを見て、ぽかん、と口をあける受付嬢。


 はじめて見る表情に自然と唇が歪んだ。



「銀貨の十枚、二十枚ではきかないという話だったが、実際にはいくらなんだ? 金貨一枚では足りないのか?」


「え……そ、それは」


「ならもう一枚? それともさらにもう一枚? まだ足りないなら、ほうら、もう一枚。さすがにこれなら足りるだろ?」



 言いながら鼻歌まじりに金貨を積み上げていく。


 今や受付嬢だけでなく、ラーズたちも口をあんぐりと開けていた。


 まさか除名された俺が金貨を出すとは思ってもいなかったのだろう。


 ……ちなみに、昨夜の一件のせいで、これが今の俺の全財産だったりする。本当はもう十枚くらい金貨持ってたんだけどな……まあ、それはさておき。



「おい、何を呆けている? 金は払う。早く神官を呼んでくれ」


「は、はい……その、これだけの額をどこから……?」


「その質問に答える必要があるのか?」


「それは、これだけの大金ともなれば、出所を確かめる必要があると……」


「犯罪で手に入れたとでも言いたいのか!? バカにするのもいいかげんにしろ!!」




 怒鳴ると同時に、目の前の卓を思い切り蹴り上げる。


 卓上の金貨が衝撃で大きく散らばった。


 こちらの威におされた受付嬢が「ひっ」と肩を縮める。




「ギルドを除名された貧乏人にはとうてい払えないとたかをくくってたんだろ? それでうやむやに終わらせるつもりだったんだろ? 残念だったな! ほら、これだけあれば足りないってことはないだろ、さっさと法の神殿にいって神官を呼んでこい! その席でこの金は綺麗な金だって証言してやるよ。それでいいだろ、受付嬢さんよ!」



 攻撃的な姿勢を見せる俺に受付嬢がおびえた目を向けてくる。


 毎日、荒くれ者の冒険者と渡り合うだけあって、ギルドの受付嬢は綺麗な見た目とは裏腹に胆力のある者が多い。中には冒険者顔負けの実力者もいる。


 この受付嬢もその一人。


 もし、俺が何ら正当な理由なく恫喝していたなら、いつもの澄まし顔であしらわれたに違いない。


 だが、今回の件に限っては自分たちに非があるとわかっているのだろう。それが引け目となり、いつもの胆力を発揮できないのだ。


 人間、自分が間違っていると思っている状態では、なかなか普段どおりに振舞えるものではない。まじめな人間であればなおのことである。


 ――まあ単純に、受付カウンターという防壁がない状態で、俺の怒気を真っ向から浴びてびびってるだけかもしれないが。


 なんといっても、今の俺はレベル六だからな!





 そんな下らないことを考えながら、俺は自分の中に湧き上がる復讐の快感をかみ締めていた。


 いつも澄まし顔でこちらを見下してきた受付嬢が、はっきりと俺におびえた視線を向けているのだ。


 ぞくぞくする。


 理不尽を強いてきたのは向こうなのだ。もう少しおびえさせても構うまい。


 そう思って、再度口を開いたときだった。





「あまり、うちの職員をいじめないでもらいたいな」





 そんな声とともに一人の男性が室内に入ってきた。


 年の頃は四十歳前後だろう。猛禽が翼を広げたような精悍な眉が印象的な人物で、両眼には高い見識と安定した知性をうかがわせる穏やかな光が瞬いている。


 銀髪をオールバックになでつけ、かすかに麝香じゃこうのかおりを漂わせる姿は、いかにも瀟洒しょうしゃな伊達男といった風情であった。


 レベルは三十五。イシュカの街ではただ一名、カナリア王国全土を見渡してもわずか三名しかいない第一級冒険者。


 エルガート・クゥイス。



「マスター!? お帰りになっていたのですか?」


「ああ、思ったより会議が早く終わってね。リデル君には迷惑をかけた」


「いえ、決して迷惑などでは……それで、あの……」


「ああ、パルフェ君からだいたいの話は聞いている。実は少しだけ、扉の前で話を聞いてもいた。後は私が引き継ごう」


「は、はい、よろしくお願いします」



 そういってリデルと呼ばれた受付嬢は立ち上がった。


 かわって、そこにイシュカの街の冒険者ギルドのマスターが腰を下ろす。受付嬢は部屋を出て行くのかと思ったが、秘書のようにエルガートの背後にまわった。


 俺を見据える目にはいつもの光が戻っている。どうやらエルガートの登場は、受付嬢の内心の引け目を吹き飛ばす効果を持っていたようだ。




「さて、互いに自己紹介が必要な間柄でもあるまい。ささっと話を進めるとしよう」



 そう言うと、エルガートは俺を見て、結論から口にした。



「『嘘看破センス・ライ』の要請に関しては、これを却下する。これはギルドマスターの決定だ」


「……」


「ふふ、異論がありそうな目つきだな。もちろんそれだけではない。今回の件における『隼の剣』の責任を認め、相応の罰則ペナルティを課そう。もちろん、被害者への補償もこれに含まれる。ああ、言うまでもないが、誰々の命を奪う、なんていう物騒な内容は補償に含まれないからね。ギルドにとって有為な人材をこんなところで失うわけにはいかない。双方、不満はあろうが、ここは私の顔をたてて承知してほしい。ラーズ、どうかね?」


「マスターの決定には従います。ですが、そいつが理不尽な要求をしてきたら話は別です。たとえば、命はとらないかわりに腕を切り落とすだの、目を潰すだの、そういったことを要求してきたら、断固として戦いますッ」


「それは当然だな」



 エルガートは一つうなずくと、視線を俺に移した。



「ソラ、君にしても『隼の剣』が処罰されたという事実があれば納得がいくのではないか? 強いて彼女を傷つける必要はあるまい」


「『相応の罰則ペナルティ』とやらの具体的な内容は? 最低限、こいつらが命惜しさに民間人を攻撃し、おとりに使ったという事実は公表されるんでしょうね?」


「いや、それは無理だ。その悪評は『隼の剣』のみならず、冒険者全体に影響が及んでしまう。イシュカの街における冒険者の役割を思えば、冒険者と住民の間に溝ができるような事態は極力避けねばならない」



 そう言うと、エルガートは腕を組んで考え込んだ。



「罰則の内容については、そうだな、強制依頼の発令ということになるだろう。内容はティティスの森の魔物退治を一ヶ月。この間、『隼の剣』が得た素材や報酬はすべて君の手に渡る。彼らの実力を考えれば相当の額になるはずだぞ。それに、君にとっては、ティティスにおける薬草採取の危険が減るというメリットもある」


「つまり、内々で済ませてお茶を濁すというわけですか」


「はは、それを言ってしまっては身も蓋もないね。ではギルドも君たちの和解のために一肌脱ごう。これを――」



 そう言ってエルガートが取り出したのは、冒険者ギルドの白銀の印章――認識票だった。


 そこには見覚えのある名前が彫ってある。



「これは……」


「そうだ、君の認識票だ。イシュカ冒険者ギルドは、ソラ、君を第九級冒険者として迎え入れよう。ギルドへの月々の納入金についても、向後三年間は免除するものとする。どうだい、これで手を打ってくれないか?」



 にこにこ顔で認識票を手渡そうとするギルドマスター。


 むろん、その笑みは柔和なだけではない。これを断ればどうなるかわかるだろう? とでも言いたげな迫力ある笑みだった。


 俺が差し出された認識票を受け取ると、ギルドマスターは満足げにうなずく。



重畳ちょうじょう。これで我らが冒険者ギルドはこれまで以上の発展を遂げ――」



 何かつらつらとしゃべっているエルガートにかまわず、俺は受け取った認識票を放り投げた。


 がこんと音がして、認識票は狙いあやまたず、部屋の隅に置かれていたくずかごに落下する。


 それを見たエルガートがすっと目を細める。



「……今のはこちらの提案を拒否するという意思表示かな?」



 俺は唇に嘲笑をにじませてうなずいた。


 仮にもギルドマスターなのだから、と使用していたですます口調も中止。



「俺が今さらあんな鉄くずをありがたがるとでも思ってたのか? さっきからごちゃごちゃ言ってるが、結局のところ、俺の要求はすべて拒否して、『隼の剣』が有利になるように取り計らってるだけだ。公正さのかけらもない。違うというなら、まず法の神の神官、『嘘看破センス・ライ』を扱える神官をここに呼べ」


「……それは却下する、と言ったはずだが?」


「ギルドマスターの決定で、だろ? で、そのマスターとやらの決定は、ギルドと無関係の俺に何の拘束力があるんだ? そもそも要請には金が必要だといったのはそこの職員だ。俺はその金を払うことに同意して、実際に金も出した。そのとたん、ギルドマスターが出てきて要請は却下すると言い出す。とうてい納得できない。要請どおりに神官を呼ぶか、ギルドマスターじきじきにそこの女が魔物を使って俺を殺そうとした罪を認めるか。二つに一つだ」


「ソラ、口を慎みたまえ。イシュカの冒険者にそのような真似をする者はいない。君のそれは被害妄想だ。君が陥った悲運には同情を禁じえないが、あまり妄言を吹聴するようだと、こちらとしてもしかるべき措置そちをとることになるよ?」


「しかるべき措置そち! おお、怖い怖い。それじゃあ、しかるべき措置そちをとられないうちに退散するとしよう。ギルドと話しても無駄だということがわかっただけでも収穫だった」



 そう言って立ち上がった俺を、エルガートは片手をあげて制した。



「待ちたまえ、まだ話は終わっていない」


「俺の話は聞く耳もたないくせに、自分たちの話はきちんと聞けってか? それはあまりに勝手すぎるだろう」



 制止を無視してドアに向かうと、その前に受付嬢が立ちはだかった。



「マスターは待てと仰せです。お戻りください」


「どきたまえ。そうしないと、こちらとしてもしかるべき措置そちをとることになるよ?」



 今しがたのエルガートの真似をして言ってやると、受付嬢の頬が鮮やかな朱に染まった。



「ッ……先ほどから聞いていれば、無礼にもほどがあるでしょう! イシュカの街で暮らす者なら、マスターがどれだけこの街のために尽力してきたかは知っているはずです! ましてや、あなたは五年間もギルドに所属していた身ではありませんか!?」


「へえ、イシュカの街に尽力していると、殺人の罪をもみ消すことも許されるんだ。ギルドマスターというのは良いご身分だな」


「……あなたは!」



 憤激のあまり、頬を紅潮させた受付嬢が一歩進み出る。


 敬愛するギルドマスターをこけにされて堪忍袋の緒が切れたようだ。


 と、いつの間に近づいていたのか、ギルドマスターが受付嬢の肩をつかむ。



「リデル君、やめたまえ」 


「ですが、マスター!」


「君が手をあげる必要はないよ――ソラ、君が調停を受け入れないというのなら、それもいいだろう。ただし、調停を受け入れない者のためにギルドが動く必要もなくなる。今、私が口にした条件はすべて破棄することになる」


「ご勝手に。あのしょぼい条件がどうなろうと知ったことじゃない」


「それから、これは警告だ。今後、君がギルド及びギルドの構成員に不利益な行動をとろうとした場合は――」


「ハハ! 『しかるべき措置』をとるんだろ? それもご勝手に! おおかた、ギルドを除名された人間が逆恨みで悪評を振りまいている、とでも言う気だろ。かたやギルドマスター、かたや除名された元十級冒険者では話にもならない。世間は間違いなくお前を信用するよ。『隼の剣』は罪を免れる。ギルドは『隼の剣』に恩を売れる。めでたしめでたしだ。仲良く祝杯でもあげればいいさ」


 そう言って、俺は目の前の受付嬢を押しのけて扉をあける。


 最後に、肩越しに振り返って、室内にいる者たちを一瞥いちべつし――



「ではさようなら――永遠にな」



 呪いの言葉を残して、部屋を出た。



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