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第十四話 もう一つの魂喰い



 俺がイシュカの街に戻ったのは、蝿の王に襲われてから七日後のことだった。


 森を抜けるのに四日あまりを要したことから、俺的には五日後から六日後だと思っていたのだが、どうやら思っていた以上に巣で捕まっていた時間が長かったらしい。


 ……まあ、蛆蟲にじわじわ喰われていた時間なんて正確に記憶できるわけないし、仕方ないっちゃ仕方ない。




 ともあれ、街に戻った俺はさっそくギルドに向かい――はしなかった。


 ばさばさの髪、ぼろぼろの服、垢まみれの身体で向かっても追い出されるのが関の山だと考えたからだ。


 俺自身、あいつらとやりあうためにも、せめて一晩くらいはゆっくりしたかった。ぶっちゃけ、いろいろ溜まっていたし。



 イシュカには庶民が低額で利用できる公衆浴場がある。そこで労働者にまざって汗と垢を落とした俺は、適当な衣服を買い求めてから歓楽街に向かった。


 日の落ちた大通りを足早に歩く。


 ここ数年、貧乏に苦しんでいた俺は、当然のように歓楽街に足を踏みいれていない。最後に行った記憶は五年前までさかのぼる。


 先輩冒険者に連れられて、ラーズと共にドキドキしながら向かったものだ――ラーズは女性陣に見つかったらどうしよう、と別の意味でドキドキしていたようだったけど。




 ともあれ、それくらい久しぶりだったわけだ。


 資金に問題はない。蝿の王の巣で殺された冒険者の遺留品を頂戴したからである。


 死者にお金は必要ない。生きている俺が存分に活用して差し上げよう。


 そのかわり、認識票はきちんとギルドに届けるので安らかにお眠りください。


 他にも、あそこに放置してきた装備類、売ればけっこうな額になると思うので、おりをみて取りに戻る所存である。ふふふ。



 ――念のために説明しておくと、これ、冒険者の一般的な行動であって、俺が特別にゲスなわけではないのであしからず。



 ギルドの規約には、認識票も遺留品も可能なかぎり届けるよう明記されているが、そこはそれ、暗黙の了解なので突っ込んだことは訊いてこない。


 認識票を届けた相手に対して「遺留品はありましたか?」とたずねる。訊ねられた相手は「なかった」と答える。それでおしまいである。


 そのあたりを厳しく追及してしまうと、認識票をほっぽりだして遺留品だけ奪う者が続出するという事情もあった。ギルドとしても、あるいは残された家族にとっても、行方不明になった冒険者の生死の確認というのは重要なのだ。


 もちろん、規約どおりに遺留品を提出する者もいる。そういう人からは非難されても仕方ないが、そもそもギルドを除名処分になった俺にはギルド規約に従う義務も義理もない。


 にもかかわらず、全員分の認識票をきちんと回収したのだから、俺の行動は褒められこそすれ、責められる筋合いはないのである!




 と、自己正当化を済ませてから、いざ娼館。


 懐に金貨を入れていると気も大きくなるもので、昔、先輩に連れられていった店に堂々と入店し、普段であれば話もできない相手を指名、お部屋へご案内。


 鼻息をあらげて相手を押し倒し、唇にむしゃぶりついたとき。




 ――『それ』は来た。




 どくん、と心臓が大きく跳ねた。性衝動とは似て非なる衝動が身体中を駆け巡る。


 力まかせに抱きしめられた相手が小さく悲鳴をあげ、責めるようにこちらを見る。


 俺と同じくらいの年に見える相手だが、一夜の値段からいっても上位の妓女であることは間違いない。


 俺がこういう場に慣れていないことなど、とっくに見抜いているだろう。


 たまたま大金を手に入れた貧乏人が、愛撫の術も知らずにさかっている――そんな軽侮の眼差しを浴びた瞬間、先ほどの衝動が頭の中で倍加する。





 嫌がる相手を無理やり抱き寄せた俺は、そのまま相手の唇に唇を寄せ――『喰った』。


 相手の中にある大切なものを。




 その瞬間、俺の腕の中で妓女の身体が大きく跳ねた。


 向こうにどういう感覚が生じたのかわからない。ただ、これまで感じたことのないものであることは確かなようで、明らかに混乱した様子で俺から離れようとしている。


 だが、俺はそんな相手の行動を無視した。というか、そもそも目に入ってさえいなかった。


 すさまじい快楽に酔いしれていたからだ。


 蝿の王の巣で、一番はじめに蛆蟲を切ったときに感じたあの快感。あれが唇を吸っているかぎり続くのである。


 それだけではない。俺の口の中はとろけるような甘さで一杯だった。


 女の子の唇は甘いとか、そういう比ゆ表現ではなく、本当に甘いのである。島の甘酒を何倍にも濃縮したような甘みは、俺の好みからは外れていたが、しかし、今このときは天上の甘露に等しい。


 それをこころゆくまで飲む、飲む、飲む。


 何度そんなことを繰り返しただろうか。


 腕の中では、妓女が顔を赤くしながら、呆けたような顔で全身を痙攣させている。


 それでも俺は衝動に突き動かされるままに行為を続けて、続けて、続けて……




 気がついたとき、俺のレベルは『6』にあがっていた。




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