<< 前へ次へ >>  更新
13/202

第十二話 穴底の出会い



 蝿の王の眉間を刺し貫いた瞬間、蛆蟲うじむしたちを切ったときとは比べ物にならない膨大なソウルが流れ込んできた。


 身を震わせてその快感を享受した後、直前の自分の言葉を思い出した俺は思わず笑ってしまう。



「くああ、キクなあ、この感じ! しかしあれだな、あの世でよろしくとは言ったが、子供にしても親にしても、俺が全部魂を喰ったわけだから、あの世があったとしても行けるわけないな、はっははははは!」



 そうして笑っているうちに、ぶるり、と大きく身体が震えた。


 喜悦の表情でレベルを表示させてみれば、そこに記されている数字は『5』。面白いようにあがっていくレベルにますます笑いが止まらない。


 だが、いつまでも笑いほうけているわけにはいかなかった。


 レベルが上がったけど巣から脱出できずに餓死しました、なんてなったら目もあてられない。


 この巣に横穴のたぐいがないことは、蛆蟲たちをしらみつぶしにしていたときに確認している。脱出するためには頭上の穴から抜け出るしかなかった。



「ま、今の俺なら楽勝だけどな」



 先ほど、蝿の王と戦ったとき、俺は全身にけいをまとわせて身体能力を強化していた。


 勁とは簡単にいえば、身体の内側でつくる魔力のこと。


 魔術師の言葉を借りればオドとなる。ちなみに自然界に存在している魔力のことをマナと呼ぶ。




 オドを用いた魔法とマナを用いた魔法を比べれば、通常は後者がまさる。


 個人が生み出す魔力VS世界が生み出す魔力、みたいなものだから当然といえば当然なのだが、幻想一刀流ではやや話がかわってくる。


 同源存在アニマの顕現を奥義とする幻想一刀流の使い手たちは、オドの量が桁違いに大きいのだ。


 もちろん個人差はあるが、心装を会得した者であれば、ほぼ間違いなく本職の魔術師を超える。


 自然、オドを用いた勁技けいぎが生まれ、磨かれていった。


 幻想一刀流を極める上で、けいの熟達は欠かせない要素である。





 ともあれ、心装を会得した俺のけい量は飛躍と呼ぶべき向上を見せた。身体の中に尽きることのない泉が湧いている気分である。


 そして、その勁をまとった身体能力もまた同様の伸びを見せた。今なら垂直の崖だって道具なしで登ってみせる。


 深い縦穴の底に閉じ込められた状況でも、まったく絶望を感じなかった。






「それより、問題はあれだ」



 視線の先には一人の女の子が横たわっている。俺と同じく、蝿の王につかまった被害者。


 年齢は十三、四歳といったところだろうか――人間に照らし合わせれば、の話であるが。


 彼女の額にはツノが生えていた。傍目にも明らかな大きさのツノが二本、にょっきりと額から生えていた。




 この世界には人間以外の種族もいる。俺が直接知っているのはエルフのルナマリアだけだが、イシュカの街では獣人やドワーフを見かけることは珍しくないし、うわさではリザードマンや魚人族マーマン竜人族ドラゴニュートなんて種族も存在するらしい。


 しかし、そういった亜人種の中でもツノが生えている種族となると、俺が知っているのは一つしかなかった。



鬼人きじん、か。初めてみる」



 幻想種の一角である鬼神を崇めるという、人類の敵対種族。


 鬼神とは鬼人族が成長した姿であるという説もある。


 人間と鬼人は三百年前の大戦で正面から殺しあった関係であり、その関係は今なお続いている。


 とはいえ、鬼神が封じられた後、鬼人族は人間によって駆り立てられて、現在ではほとんど絶滅状態となっている。なので、脅威という面では三百年前とは比べ物にならないのだが、それでも人間は鬼人を見つけたら徒党を組んで襲いかかる。




 三百年前の過去にさかのぼって恐怖を禁じえないから――と言いたいところだが、実のところ、そこには多分に欲がからんでいた。


 鬼人族の額のツノはかなり強力な魔力を秘めており、高品質な魔法媒体として珍重されているのだ。


 煎ずれば薬となり、砕けば上級武具の材料となり、中身をくりぬいて杯にすれば毒酒が効かなくなるという優れもの。


 鬼人のツノ一本で一財産を築くことができると言われているし、実際、ときおりどこかから発見されてオークションにかけられると、目の玉が飛び出るような価格がつけられる。




 そこまで考えて、俺はふと以前に聞いたうわさを思い出した。



「ティティスの森の奥には幻想種が住んでいる、か。案外本当なのかもな」



 そんなことをつぶやきながら少女の顔を見る。


 ……率直にいえば、少女は小汚かった。


 かろうじて顔と髪だけは手入れした様子がうかがえたが、それ以外は路地裏の浮浪者の方がマシなレベル。


 服にいたっては大きな葉っぱをつるで無理やり結びつけただけの代物だ。横になっている状態だと見えてはいけない部分が見えてしまいそう――というか、見えている。


 ……ふむ、年齢に比して胸は大きめ、と。まあ鬼人の年の取り方は知らないから、実はこう見えて二十歳を過ぎていたりするのかもしれないが。


 いけない、話がそれた。



「さて、どうするか」



 ぶっちゃけ、一攫千金のチャンスである。


 鬼のツノ二本。うまくいけば一生遊んで暮らせる大金が手に入る。なんなら、首に縄をつけて連れ帰ってもいい。ある意味、ツノを売るよりももうかるだろう。


 この少女、格好は小汚いが、かなり可愛い系の顔立ちをしているし。もうちょっと年を重ねると、綺麗系に成長進化しそうな気配もある。


 くわえて、こうして見ているだけでわかるほどの芳醇ほうじゅんな魂。ここで喰ってしまいたい、という欲望が先ほどから顔をのぞかせていた。


 それを自覚して、思わず苦笑がもれる。


 俺はぺちりと自分の頬を叩いた。




 心装を励起してからというもの、以前の自分が奇妙に遠い。そして、そのことが少しも嫌ではない。むしろ、どこか晴れ晴れとした気分ですらある。


 心装の力にひきずられているのか、あるいはこちらが俺の本性なのか。


 そのいずれであってもかまわない。どちらであっても俺は俺だと胸を張れる。


 しかし、である。


 だからこそ、力を振るうための『線』はきちんと引いておく必要があった。誰彼かまわずこの力を振るえば、やがて力に溺れて化け物に成り下がる。そんな未来を甘受する気はない。


 その『線』とは、具体的にいえば、相手が俺に害意を向けたか否か。


 いかに相手が鬼人族といえど、俺に害を与えたわけでもない相手を喰ってはいけません。


 逆にいえば、俺に害を与えた相手なら、鬼人だろうと人間だろうと喰ってよし!


 『隼の剣』の連中め。戻ったらおぼえてろよ!




 そんな風に内心で気炎をあげていると、少女の口から小さくうめき声が漏れた。


 見れば、少女は苦しげに眉をひそめて顔を左右に振っている。


 目覚めが近いのだろう。


 その予測どおり、少しの間をおいて、少女はゆっくりと両目を開けた……




<< 前へ次へ >>目次  更新