第十二話 穴底の出会い
蝿の王の眉間を刺し貫いた瞬間、
身を震わせてその快感を享受した後、直前の自分の言葉を思い出した俺は思わず笑ってしまう。
「くああ、キクなあ、この感じ! しかしあれだな、あの世でよろしくとは言ったが、子供にしても親にしても、俺が全部魂を喰ったわけだから、あの世があったとしても行けるわけないな、はっははははは!」
そうして笑っているうちに、ぶるり、と大きく身体が震えた。
喜悦の表情でレベルを表示させてみれば、そこに記されている数字は『5』。面白いようにあがっていくレベルにますます笑いが止まらない。
だが、いつまでも笑いほうけているわけにはいかなかった。
レベルが上がったけど巣から脱出できずに餓死しました、なんてなったら目もあてられない。
この巣に横穴のたぐいがないことは、蛆蟲たちをしらみつぶしにしていたときに確認している。脱出するためには頭上の穴から抜け出るしかなかった。
「ま、今の俺なら楽勝だけどな」
先ほど、蝿の王と戦ったとき、俺は全身に
勁とは簡単にいえば、身体の内側でつくる魔力のこと。
魔術師の言葉を借りればオドとなる。ちなみに自然界に存在している魔力のことをマナと呼ぶ。
オドを用いた魔法とマナを用いた魔法を比べれば、通常は後者がまさる。
個人が生み出す魔力VS世界が生み出す魔力、みたいなものだから当然といえば当然なのだが、幻想一刀流ではやや話がかわってくる。
もちろん個人差はあるが、心装を会得した者であれば、ほぼ間違いなく本職の魔術師を超える。
自然、オドを用いた
幻想一刀流を極める上で、
ともあれ、心装を会得した俺の
そして、その勁をまとった身体能力もまた同様の伸びを見せた。今なら垂直の崖だって道具なしで登ってみせる。
深い縦穴の底に閉じ込められた状況でも、まったく絶望を感じなかった。
「それより、問題はあれだ」
視線の先には一人の女の子が横たわっている。俺と同じく、蝿の王につかまった被害者。
年齢は十三、四歳といったところだろうか――人間に照らし合わせれば、の話であるが。
彼女の額にはツノが生えていた。傍目にも明らかな大きさのツノが二本、にょっきりと額から生えていた。
この世界には人間以外の種族もいる。俺が直接知っているのはエルフのルナマリアだけだが、イシュカの街では獣人やドワーフを見かけることは珍しくないし、うわさではリザードマンや
しかし、そういった亜人種の中でもツノが生えている種族となると、俺が知っているのは一つしかなかった。
「
幻想種の一角である鬼神を崇めるという、人類の敵対種族。
鬼神とは鬼人族が成長した姿であるという説もある。
人間と鬼人は三百年前の大戦で正面から殺しあった関係であり、その関係は今なお続いている。
とはいえ、鬼神が封じられた後、鬼人族は人間によって駆り立てられて、現在ではほとんど絶滅状態となっている。なので、脅威という面では三百年前とは比べ物にならないのだが、それでも人間は鬼人を見つけたら徒党を組んで襲いかかる。
三百年前の過去にさかのぼって恐怖を禁じえないから――と言いたいところだが、実のところ、そこには多分に欲がからんでいた。
鬼人族の額のツノはかなり強力な魔力を秘めており、高品質な魔法媒体として珍重されているのだ。
煎ずれば薬となり、砕けば上級武具の材料となり、中身をくりぬいて杯にすれば毒酒が効かなくなるという優れもの。
鬼人のツノ一本で一財産を築くことができると言われているし、実際、ときおりどこかから発見されてオークションにかけられると、目の玉が飛び出るような価格がつけられる。
そこまで考えて、俺はふと以前に聞いたうわさを思い出した。
「ティティスの森の奥には幻想種が住んでいる、か。案外本当なのかもな」
そんなことをつぶやきながら少女の顔を見る。
……率直にいえば、少女は小汚かった。
かろうじて顔と髪だけは手入れした様子がうかがえたが、それ以外は路地裏の浮浪者の方がマシなレベル。
服にいたっては大きな葉っぱを
……ふむ、年齢に比して胸は大きめ、と。まあ鬼人の年の取り方は知らないから、実はこう見えて二十歳を過ぎていたりするのかもしれないが。
いけない、話がそれた。
「さて、どうするか」
ぶっちゃけ、一攫千金のチャンスである。
鬼のツノ二本。うまくいけば一生遊んで暮らせる大金が手に入る。なんなら、首に縄をつけて連れ帰ってもいい。ある意味、ツノを売るよりももうかるだろう。
この少女、格好は小汚いが、かなり可愛い系の顔立ちをしているし。もうちょっと年を重ねると、綺麗系に成長進化しそうな気配もある。
くわえて、こうして見ているだけでわかるほどの
それを自覚して、思わず苦笑がもれる。
俺はぺちりと自分の頬を叩いた。
心装を励起してからというもの、以前の自分が奇妙に遠い。そして、そのことが少しも嫌ではない。むしろ、どこか晴れ晴れとした気分ですらある。
心装の力にひきずられているのか、あるいはこちらが俺の本性なのか。
そのいずれであってもかまわない。どちらであっても俺は俺だと胸を張れる。
しかし、である。
だからこそ、力を振るうための『線』はきちんと引いておく必要があった。誰彼かまわずこの力を振るえば、やがて力に溺れて化け物に成り下がる。そんな未来を甘受する気はない。
その『線』とは、具体的にいえば、相手が俺に害意を向けたか否か。
いかに相手が鬼人族といえど、俺に害を与えたわけでもない相手を喰ってはいけません。
逆にいえば、俺に害を与えた相手なら、鬼人だろうと人間だろうと喰ってよし!
『隼の剣』の連中め。戻ったらおぼえてろよ!
そんな風に内心で気炎をあげていると、少女の口から小さくうめき声が漏れた。
見れば、少女は苦しげに眉をひそめて顔を左右に振っている。
目覚めが近いのだろう。
その予測どおり、少しの間をおいて、少女はゆっくりと両目を開けた……