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4話 女騎士をスニッフしてはいけない。


 世の為、人の為。そして生きとし生ける全ての為に行動しなければならない。

 その結果、感謝されるような存在になれば、巨人から神へとクラスアップして、元の世界に帰ることができる。


 ……かもしれない。

 

 それは簡単な話じゃない。


 以前、大きな城のある城下町に顔を出しただけで、世界の終わりみたいな顔をした住民に悲鳴をあげられたからだ。


 あ、これ無理ゲーじゃね?

 

 自分の置かれた現状を悲観し、ふてくされた俺はいつも通り深い峡谷の中で横たわって眠りにつこうとしながら、もう一ヶ月くらい誰とも喋っていないなぁと思いにふける。

 

 なんだか悲しくなってきた。

 泣いてしまいそうだ。

 

 その時、声が聞こえた。

 それは透き通ったようなきれいな声だった。


 ――言っておくが、あの女神ではない。

 

「神の御使い。大いなる巨人よ。どうか私の願いを聞き届けたまえ。どうか、どうか!」


 神の御使い? 

 もしかして俺のことだろうか。

 

 俺が寝転んでいる峡谷はとても深い。


 谷底に向かって呼びかけている存在からはこちらは見えていないだろう。

 急に姿を見せてビビらせてもいけないと思い、俺は地面を軽く拳で叩いて音を出すことで、存在をアピールした。


「おお、やはり私の目に間違いはなかった。やはり、神の使いは本当におられた!」


 正直、何を言ってるのがわからないがそのまま聞くことにする。


「神の使いよ。どうか、私の祈りを聞いてはくれないだろうか」


 返事の代わりに地面を叩く。


「私の住む街の周辺にあるダンジョンから、魔物が溢れ出しております。住民や冒険者のちからではどうすることもできない大量の魔物が発生し、このままでは辺り一帯を埋め尽くし、街になだれ込んでくるだろう。どうか、お力を貸してはいただけないだろうか。神の使いよ、どうか。どうか!」


 魔物の暴走?

 ダンジョンがあるのは確認していたが、魔物を生み出したり、そこから溢れてくるというのは初めて知った。おれがサボってたわけではない。ダンジョンの入り口よりデカいから探索など無理なのだ。

 それはさておき、彼女はとても困っている様子だ……。

 

 ビビビッときたぜ! これだ!!

 

 俺は速攻でこの願いを聞くことを決意した。

 世のため人のためになることをすれば、女神の言っていたように俺に感謝が集まる。


 渡りに船とはこのことだ!

 

 すぐさま俺は立ち上がり、姿を見せつけた。

 声の主はすぐに見つかった。

 

 しっかりとした作りの銀色に輝く鎧。冒険モノのお話に出てくるような女騎士が、跪いて俺に祈りを捧げていた。


「その話、乗った!」


 女神のほうはちゃんと異世界語が通じるようにしてくれていたのか不安ではあったが、ちゃんと仕事はしていたようだ。

 彼女は立ち上がった俺を見上げて返事をした。


「な、なんと巨大な。これが教団の伝承にある神の御使い、お告げにあった巨人……」


 かしこまった様子で俺を見ている。恐怖を感じている様子はない。心なしか声は震えているが。

 そりゃ、これだけデカいとしょうがないか。

 顔を見るなり逃げ出さないだけめっけもんだ。



 それに、よく見るとサラサラヘアーのブロンドの美人さんだ。

 あぁ、勿体ない。もうちょいちゃんとした加護(チート)を貰っていたら、彼女の街の窮地を救ってきっとうはうはな展開だって狙っていけただろうに……。


 ウハウハな体験をするには、余りにもサイズに差がありすぎた。

 俺の異世界ライフは色々とハードルが高すぎるようだった。






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 彼女の名前はエイルと言うらしい。エイル・ファン・セイルン。

 年は多分20とちょいくらいだろうか。

 西洋系の顔立ちはちょっと判別が難しいね。


 彼女は、話にあったダンジョンの近くにある街の領主の娘であり、街を守る神殿騎士団の中隊長なんだそうだ。


 これだけ身分がちゃんとしてる人間と意志の疎通が出来たのは大きな収穫だ。

 彼女と一緒に街へ行けば、今度は追い返されるちゃんと迎え入れてくれるに違いない。


 本当にいい風が吹いている。この出会いを無駄にせず、俺は異世界を満喫するのだ。


 それに彼女は俺がこの世界に飛ばされてきて、初めて会話が成り立った相手だ。

 この感動を俺は一生忘れないかもしれない。

 

 始まる前から詰んでいた気がしていたが、どうやら運が回ってきたらしい。

 

 ここから始まる異世界生活への期待に胸を膨らませる。

 俄然やる気が湧いてきたぜ。





 助けを求めている街は俺が姿を表して恐慌に陥り追い出された街とは別のようだ。方角からして逆方向だ。

 俺をどうやって知ったのかを尋ねると、エイルが所属する教団に神託(しんたく)があったそうだ。

 この街を救う存在が、この深い谷に存在するという神託が。


 彼女は自分の所属している教団を代表して俺を迎えに来たという話だ。

 うん、その巨人と俺は多分全然関係ないと思うけど、まぁその話に乗っかるほうがいいだろう。


 彼女の勘違いを俺は否定はしなかった。だから嘘はついていない。詐欺師の論法だ。

 

「私の街は、付近にあるそのダンジョンで採集される宝や武具、ポーションなどを持ち帰る冒険者で賑わう街でした。ダンジョンは驚異であると共に、街の生命線でもあったのです。しかし、最近ダンジョンの最深部より大量の魔物が湧き出し、低階層にまで押し寄せるようになりました。これはダンジョンの暴走と呼ばれる現象だと思います。この現状の原因は不明です。ただ滅多にないことなのですが……」


「どうすれば、街を救えるんだ?」

「ダンジョンのボスを倒せば魔物の暴走は収まると聞いています。ただ、大量の魔物に阻まれ手がつけられない状態です。このままではとても危険です」


 街にある冒険者ギルド(冒険者ギルドあるのか……俺はきっと入れないだろう)も色々と対策をうち、最後にはA級冒険者をリーダーとした決死隊でボスの攻略に向かったそうなのだが、連絡が途絶えたまま一週間以上が経っているそうだ。


 残った冒険者と、街の治安維持のための騎士団。そして外から雇った傭兵部隊が町の防衛のために待機しているが防ぎきれるかは怪しいとのこと。


「割と急を要する話のようだね。じゃあ、早速いこう!」

「神の御使い様はどうかお先に街へ向かっていただけないでしょうか? 私は後から馬で追いかけます」


 それは困る。

 正直、一人で街に行けば以前あったように化物と勘違いされて相手にしてもらえない可能性が高い。

 話の通じる彼女と一緒でなければ状況を悪化させてしまうだろう。

 

 そこで俺はひょいと彼女と彼女と馬に手のひらに乗るように告げた。

 一緒に行く理由もあるし、そのほうが速いならこうすべきだ。

 

 手のひらに乗った女騎士を肩に載せる。彼女は最初は少しバランスを取るのが大変そうだったがなんとか安定してきた。


「あ、ありがとうございます神の御使い様よ」

「その呼び方はちょっとやめてほしいな。俺はコウ。呼び捨てで構わないよ」

「街をお救いくださる方に、そういうわけにはいきません。ではコウ様。私が案内しますので、街にお越しください。暴走したダンジョンから魔物が溢れていた場合、まず最初に襲われるのは位置的に私の街のはずなのです。罪のない民草をどうか、お救いください


「分かった」


 意外に……でもないか。彼女はどうやら頑固な性格のようだ。


 でもイイッ! 

 頑固な女騎士イイ!


 テンションが上がりすぎて、ついつい歩くペースを早めてしまいそうになるのを抑えながら俺は、彼女の案内で目的地へと向かった

 俺は、この世界にきて移動には特に気を使うようにしている。

 この世界での全力ダッシュはやったことがない。

 

 暇は十分にあったので、競歩のような早歩きをマスターすることが出来た。

 地面をボコボコにしないエコな男だぜ俺は。環境にも優しい。


「そういえばさ。街を捨てて逃げることは出来ないの? ダンジョンの暴走が収まるまでとかさ」


「ダンジョンを捨てて別の場所に移住することは、あのダンジョンからの恩恵全てを捨ててしまうことになります。家や財産を失うことも民草は避けるでしょう。街に籠城してもこのままでは危険だと皆分かっていますが、あそこには教団の聖地もあります。財産も信仰も捨てて逃げるなど出来ません。ただ勝機が薄いのも確かでした。そんなとき山の巨人の話をきいて、もし力を貸してくれるのならばということで一人ここまで来たのです」


「へえ、偉いんだな」

「神官騎士として、当然のことです」


 真面目な性格なようだった。


「コウ様。それにしてもとても、良い眺めです」


 肩から声がかかる。

 確かに、視点がこれだけ上に上がれば見える景色だって違ってくるだろう。

 肩に乗り景色に見惚れる彼女から、ちょっといい匂いがする。

 

 ――スンスン。


「きゃあああああ」



 可愛い悲鳴が聞こえた。

 慌てて落ちそうになったエイルを支える。


「い、今の風は一体何でしょうか!??」

「と、突風かなぁ? 高いところには強い風が吹くと言うし」

「そうですか……。気をつけます」


 イカンイカン、吸引力が強すぎてエイルを吸い込んでしまう所だった。

 せっかく意思疎通のできる理解者を得たのだ。

 こんなアホみたいなことで失う訳にはいかない。

 

「……コウ様?」


「き、気にしないでくれます?」


 君の匂いを嗅ごうとして、鼻から吸い込みかけてましたとは口が裂けても言えない。







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