13話 勇者の条件
――勇者。
初めて見る顔のはずだ。
だが、その顔を見た時、景色が真っ赤に染まり体中の血液が沸騰したような気がした。
胸の奥から湧き出してくるこの感情の正体は、怒りだ。
気がつけば俺の体は勇者に向かって駆け出している。
右手のハエ叩きを、相手を叩き潰すのに最も適した形に変化していく。
金槌といっても良いのだろうか。凶悪なトゲ付きのそれを、勇者に向かって全力で振り下す。
だが、勇者に当たる前に、目に見えない障壁のようなものに弾き返された。
二度、三度と関係ないとばかりに俺は何度も何度も勇者に向かって金槌を振りおろす。
憎い、憎い、こいつが憎い。
「死ねえええええ!!」
ガンガンと耳障りな音がして障壁が揺らいでいく。
よし、もう少しだ。もう少しでこいつを殺せる。
死ね! 死ね 死ね!
「まるで獣だな」
「ホントね。嫌になっちゃう。うざいから寝てなさいよ。爆裂魔!!」
勇者の隣りにいた少女の手から放たれた光の渦。
俺はとっさに盾で防御した。
だが盾に与えられた衝撃は俺の巨体を吹き飛ばすのに十分な威力だった。
「私の魔法を耐えるなんてまさかオリハルコン? それなら相当な防御力ね。マジ面倒なんですけど」
やれやれという様子で、女は肩をすくめた。
「勇者、お前は死ねえええ!!!」
もう一度距離を詰め俺は大ジャンプからの振り下ろしを繰り出した。
だがまたしても俺の渾身の一撃は勇者に届かない。
今度は、もうひとりの剣を持った男が俺の一撃を受け止めたのだ。
「ヒュー、俺が受け止めるのがやっとなんてな。すげえ一撃だぜ。ホクトがやられたのもしょうがねえかな」
こ、こんな体格差があって正面から受け止められるとは思わなかった。
だが、俺は勇者を殺さなければならない。殺したいのだ。
恨みを晴らさねばならない!!
「まずは左手を貰いますね」
勇者の声が聞こえた。
それからは一瞬だった。
俺の左手が、地面に落ちる。
「ぐああああああっ」
痛みを叫び声で誤魔化しもう一度飛びかかるが。
「はい残念。爆裂魔!!」
女の魔法の直撃をうけしまう。
マズい、意識が飛びそうだ。
「巨人どの!!」
「コウ様!!」
声が聞こえる。
街に人々の声だ。
エイル達は俺を守るようにして、前方に展開した。
このままでは巻き込んでしまう。
「ふーん、ここまで邪神に毒されてるなんてね。もう仕方がないのかな」
腐れ勇者がなにやら不吉なことを言っている。
こんままでは町の人間が危ない。
「今代の勇者として、君たちは邪神の殉教者となりなさい」
まずい。まずい。
だが、体が動かない。
焼けるような痛みだ。だが、それが俺の頭を逆に冷静にした。
落ち着け俺。なんでいきなり飛びかかってるんだ。それにこの感情はなんだ。
勇者に対して後から後から浮かんでくるこの黒い感情は。
「それはあなたが、勇者に殺されたから」
頭の中に声が響く。
――女神か?
「俺が殺されたってどういうことだよ」
「正確には、あなたの前世。あなたはゴリアテの生まれ変わり。ゴリアテが転生した姿があなた」
「なんだよそれ!」
「あなたに秘密にしていたのは悪いと思う。でも、あなたを呼ぶしかなかった。あの街の人を救うには。私が以前にハイペリオン、巨人化の加護を授けたあなたを」
巨人化? ハイペリオン? 良くわからない単語が並ぶ。
だが、わかってることもある。
俺が街を救わなければいけないということ。
そりゃそうだ。だってあの勇者は役立たずだ。生き残る人間に線を引いたヤツだ。
ああ、なんとなくわかった気がする。あの女神が俺をここに読んだ理由。この怒りの理由。
そして、この謎の使命感の理由も。
俺はもう一度立ち上がる。
そして、街のみんなに声を掛ける。
「下がっていてくれ」
「しかし」
大丈夫だ。
立ち上がるための条件?
そんなのは、知らない。
俺は知っているのは、背後に守るべき人間がいるってことだ。
膝に力が入らない?もう限界だ?
甘えてんじゃねえ。
しっかりと責任を取らなきゃいけねえ。
少しだけ思い出してきた。
俺は、こいつらを守る必要があるんだ。
「おいてめえ、貴様が勇者だと、俺はそんなの認めない」
「何をいうかと思えば、あなたに認められる必要なんて無いんですがね」
「なぜ、こと街を助けなかった! 過去に勇者を排斥した街だからか?」
「そうだと言ったら?」
「ふざけるな! 救うものとに線引きをした瞬間、もうお前は勇者ではない!」
勘違いから生まれた信仰だってあるだろう。
悪意から生まれた感謝だってあるだろう。
歴史は勝者が作るものだとは言え、いつまでも悪役をやってもいられない。
行くぞゴリアテ! お前もチカラを貸せ!
怒りや憎しみじゃねえ。やることあんだろ? 眼の前のバカどもを救うんだろ!?
頭の中がクリアになる。
スゥっと怒りが消えていき、体にチカラが戻り始める。
「ここからが本番だぜ、元勇者!」
最後の戦いが始まった。
次で終わりとなります。
最後までよろしくおねがいします