12.お嬢様と魔人の謎
「いやねぇ。今のは、ちょっとした手品みたいなものよ」
「うそだ! あれは影の力だったよ!」
由衣……アリア様の騒ぎの後。
私とキナコは、魔人の姿になったサキさんと話していた。
「もう、うるさいトカゲね。その口、キスでふさぐわよ?」
サキさんは、怪しげな微笑みでキナコに投げキスをした。
うあぁぁ。
男の人ならすぐに落ちちゃうよ、あれ。
というか。
同性なのに私も……ちょっとボーっとしそうだったし。
キナコは、私の後ろに隠れると、唸りながら威嚇している。
「あの、サキさん。由衣……アリア様は、どちらに?」
せっかく会えたのに。
由衣……なんだか変だった。どうしちゃったんだろう。
……。
………。
ううん、昔の由衣のままだわ。よく考えたら。
わがままだもんね、あの子。
影竜になったのはびっくりしたけど。
「そうねぇ、今頃帝国の王宮で泣いてるんじゃない? 困った子よね~」
いたずらぽっく私に微笑みかける。
さっきも思ったけど。
すごく仲が良いみたい。
――うん。
……良かった。
由衣が……孤独じゃなくて。
元気でいてくれて。
ちゃんと笑っててくれて。
「サキさん、妹がいつもお世話になってます」
おもわずサキさんに頭をさげる。
「あはは、いいのよ。こっちもあの子といると楽しいし。まぁ、妹みたいなものよ」
「妹ですか……」
「まぁ。だいぶ、わがままな妹だけどね」
「……たしかに!」
ウィンクしたサキさんと目が合う。
……なんだかおかしい。
二人でクスクス笑い始めた。
「ねぇ、ご主人様! 魔人は倒さないとダメなんだよ?!」
私の後ろに隠れていたキナコが、訴えるような瞳で私を見ている。
カワイイ……。
成長しても、キナコってどこか猫みたい。
「あら? なんで倒さないといけないのかしら?」
サキさんが後ろに回り込んで、キナコを捕まえた。
「はなして~! だって嘘つきだよ。いくらゲートの魔法でも帝国になんて行けるわけないよ!」
確かに。
ゲートの魔法は魔力によって移動距離が大きく変わるけど。
帝国の王宮なんて、飛行船でも何日もかかる距離だよね。
普通なら絶対に届かない。
「そうねぇ、魔人以外は難しいでしょうね」
サキさんは、キナコを抱えたまま。
考えるような仕草をした。
「それじゃあ、今夜私の部屋にくる? そこでゆっくりとお話しましょう?」
サキさんたちは、今日は王宮に泊ることになる。
そこに、訪問してってことだよね?
「知りたいんでしょ、私たち魔人のこと。帝国のこと」
「ご主人様、だまされないで! 行ったら食べられちゃうよ!」
「あら? それならドラゴンちゃんも一緒に聞いたらいいわ。お姉さん、なんでも答えてあげるわよ」
**********
あの後。
すぐに会場の様子を見に行ってもらった、リリーちゃんとナナミの話だと。
幸い、大きな騒ぎにはなってなかったみたい。
隣の部屋は窓も閉まってたし、カーテンもかかってたし。
音楽も流れていたから気づかなかったのかな?
とりあえず、よかったけど。
「うふふ、よく来たわね」
私とキナコは、サキさんの滞在している部屋を訪れた。
「サキさん、お邪魔します」
「来てあげたけど、ご主人様に何かしたら許さないからね!」
「あはは、わかったわよ」
サキさんは、私たちに美味しい紅茶を淹れてくれた。
「さて、何から話そうかしら」
テーブルに頬づえをつきながら、ニコニコ笑っている。
どうみても。
優しいお姉さんって感じなんだよね。
「あの、前にもお聞きしたんですけど。魔人ってどんな人たちなんですか?」
「だから、ご主人様。それは……」
何か喋ろうとしている口をあわててふさぐ。
もう!
キナコが口をはさむと何も聞けなくなっちゃうから!
「あはは。仲良しねアナタ達って。そうねぇ、それにはまず。星の話からしましょうか」
サキさんは、窓を指さした。
カーテンの閉まっていない窓からは満天の星空が見える。
「この世界の星がなんなのかは、知ってるわよね?」
この世界の星。
それはたぶん。
――前世の星とは全然違って。
「……魔力の塊……ですか?」
「正解よ! それが一定以上集まると、星は流れて地上に魔力を降り注ぐわ」
やっぱり。
そこまでは、予想通り。
「……サキさんたちは、それを消そうとしてるんですか?」
「ぷふぁ~。そう! 食べちゃうんだよ星を! それでね、星空を真っ暗な空間に変えちゃうの!」
キナコが押さえていた私の手を振り払って、大きな声で叫んだ。
「うーん。間違ってないけど、少しだけ違うわね」
サキさんは、少し困った顔をすると、テーブルに小さな石を置いた。
これって。
魔法石……だよね?
「例えばこの石。流れ星の魔力を集めて魔法を使うわよね?」
「はい。それは知ってますけど」
「便利よね。色んな魔道具が作られるけど。でもこれって、星の魔力を吸収して使用するのよね?」
うん?
なんでサキさんは当たり前のことを言ってるんだろう?
不思議そうな顔をしていた私を見ると。
サキさんはまた少し困った顔をして説明を続ける。
「それじゃあ、クレナちゃんが魔法を使ったら。体内の魔力が減るわよね?」
「それはそうですけど」
「周囲の魔力を自然に吸収して回復するのよね?」
「ええ、そうですね」
なんだろう?
これもこの世界の常識だよね。
「だからね、それと同じなのよ」
「え?」
「私たち魔人は星を食べたり壊してるんじゃなくて。同じように星の魔力を吸収しているだけなのよ」
魔力を回復している?
世界を……壊してるんじゃなくて?
「ただね、魔力が強すぎて自然回復だけじゃたりないの。だから星の力を吸収するのよ。本当に燃費が悪い身体よね」
サキさんは、やれやれといった感じで両手を広げる。
「ご主人様! ウソだよ! 魔人はこの世界を壊そうとしてるの!」
「やぁね。そんな無駄なことしないわよ。世界が無くなったらあたし達もこまるじゃない」
「うー……。ボクこの人嫌い」
キナコは、泣きそうな顔で私にしがみつく。
「あら、わたしは大好きよ。ドラゴンちゃんカワイイもの」
サキさんは、キナコをみて嬉しそうに微笑んだ。
「あの。由衣……じゃない、アリア様もサキさんも転生者なんですよね? 帝国には他にも転生者がいるんですか?」
「そうね、たくさんいるわよ。魔人って全員転生者だしね」
……うそ。
だって。魔人って。
乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』では敵のユニットキャラで。
強かったけど、主人公たちに倒されるだけの存在なのに。
……それが転生者だなんて。
「それは絶対ウソだよ! 魔人は悪いことをした人が影の力を吸収しすぎてなっちゃうの!」
「そうねぇ。それじゃあ、人から魔人になったのを見たことってある?」
サキさんは、からかうような口調で、キナコに問いかける。
「王国にだって犯罪者はいるでしょ? 欲深い人だってたくさん。魔人になった人を見たことあるのかしら?」
キナコは反論しようとして。
ぐっと口をつぐんだ。
……確かに。
私は見たことが無いし、聞いたこともない。
人が魔人になるっていうのは。
伝承で残っているのと。
それと、かみたちゃんの言葉だけ。
でも、だって、それじゃあ。
かみたちゃんがウソをついてることに……。
彼女の優しい笑顔が浮かぶ。
そんなこと……ありえない……と思う。
違うと思いたい。
「無理に信じなくてもいいわよ。私も主人公側ならきっと信じなかったわ」
サキさんは、私の両手をぎゅっと握った。
思わず顔を見ると、頬が少し赤くなっている。
彼女の綺麗な微笑みに、私も……ドキッとしてしまう。
「でも、覚えておいて。星乙女ちゃん、私は貴女の敵になるつもりはないわ」