11.お嬢様と再会
「お姉ちゃん。私、由衣だよ!」
控室の外にあるバルコニー。
銀髪の可愛らしい少女の前で、私は固まっていた。
――え?
この子、今何って言ったの?
目の前にいる銀髪の少女をじっと見つめる。
彼女の仕草や表情が誰かに似てるなって思ってたけど……。
そっか。
前世の妹、由衣に似てたんだ。
たしかに、かみたちゃんはこっちの世界に来てるっていってたけど。
でもまさか……。
「本当に……由衣なの?」
私の言葉に。
少女の青い瞳が大きく開かれた。
頬に涙が零れ落ちる。
「やっぱり……お姉ちゃんだ……」
彼女は、私の袖をぎゅっと握る。
小さい頃からの……由衣のクセだ。
悲しい時とか寂しいときに、あの子はぎゅっと私の袖を握る。
そして。
ゆっくり近づいてきて、私の胸に泣きつくんだよね。
銀髪の少女は、記憶と全く同じような仕草で。
「お姉ちゃんー……」
私の胸に飛び込んできた。
「由衣……」
柔らかい髪をゆっくりとなでる。
彼女は、一瞬嬉しそうに顔を上げると。
照れたように真っ赤な顔になって、また私に顔をうずめる。
……ああ。
間違いない。
この子、由衣だ。
オシャレで可愛くて。
生意気で、言うこと全然きかなくて。
いろんな相談にのってくれて。
前世の私の……大切な妹。
「由衣……また会えてよかった……。元気そうでよかった……」
「私、ずっとずっとお姉ちゃんに会いたかったんだよ……」
耳を真っ赤にしながら小さな声でボソッとつぶやくと。
「お姉ちゃんが、周りに迷惑かけてないか心配で心配で……」
涙を流したまま、いたずらっぽく笑う。
ちょっとだけ生意気な、いつもの由衣だ。
「し、失礼ね。由衣が思うほど迷惑なんてかけてないからね?!」
「ホントかなぁ。お姉ちゃん天然だから……」
久しぶりにあった妹にまで言われるとか!
でもなんだか。
この雰囲気が……すごく懐かしい。
気が付くと、私の頬にも涙が伝っている。
視界がぼやけてきて。
せっかく由衣に会えたのに……顔がよく見えないよ。
由衣がぎゅっと私を抱きしめてくる。
私も、由衣を強く抱きしめる。
良かった。
本当によかった。
無事に……由衣に会えたよぉ。
*********
「でね! 金色の女神のおかげで、無事転生できたってわけ」
由衣は、転生するまでのいきさつを話してくれた。
金色の女神って、かみたちゃん……じゃないよね。
私が知ってる彼女と、全然容姿が違いすぎるし。
やっぱり……。
かみたちゃん以外に神様みたいなものがいる気がする。
あらためて、由衣を見ると。
やわらかそうな銀色の長い髪に、大きな青い瞳。愛らしい顔立ち。
緑色の豪華なドレスは、彼女の可愛らしさをより際立たせている気がする。
「それにしても、転生したら第一皇女なんて。お姉ちゃんちょっとビックリだよ」
「ふふふ、私くらいになればこれくらい当然よね。そういうお姉ちゃんこそ伯爵令嬢でしょ?」
お互い顔を見合わせて、クスクス笑う。
ホントに不思議な感じ。
リビングのテレビを見ながら遊んでた世界に、二人ともいるなんて。
しばらく二人で話していると。
「アリア様、お姉ちゃん。失礼します」
「あら、お二人ともすっかり仲良しなんですね」
部屋の扉が開いて。
リリーちゃんとナナミちゃんが入ってきた。
「……お姉ちゃん?」
由衣が低い声でボソッとつぶやく。
「アリア様、クレナちゃん。美味しいデザートが出てきましたのでご一緒しませんか?」
リリーちゃんが優しい笑顔を向ける。
「……クレナ……ちゃん?」
由衣がまた低い声でつぶやいた。
え?
どうしたの?
由衣の顔を見ると、なんだか怒ってるような気がする。
「お姉ちゃん。早くいかないと、キナコちゃんが全部食べちゃうよ!」
「そうですわよ。早く行きましょう? アリア様も是非!」
ナナミちゃんの横にぴったりくっついて。
リリーちゃんは私の手を引っ張ろうとする。
すごく歩きづらいんですけど!
「由衣……アリア様も、行きませんか?」
振り返って彼女を見ると。
体から……。
黒い影が膨れ上がっていた。
え? なにこれ?
思わず、由衣に駆け寄ると。
彼女は、黒い影に包まれたまま、うつろな目をして小声でつぶやいていた。
「なんで……なんでなんでなんで、ゲームの主人公がお姉ちゃんなんて呼ぶのよ」
「……由衣、どうしたの?」
「リリアナなんて悪役令嬢じゃない。なんで人のお姉ちゃんと仲良くしてるのよ」
由衣の様子がおかしい。
これって。
ずっと前に見たことあがある。
イザベラがネックレスのせいで影に取り込まれた時と同じ……。
「由衣! もしもおかしなネックレスをしていたら、すぐに外して!」
「許せない……許せない許せない許せない」
由衣の体は突然浮かび上がると、大きな影のままバルコニーの外に飛び出していく。
そして。
やがてそれは、大きな竜のような姿になった。
「ぐぉぉぉ!」
由衣を取り込んだ影竜は大きな雄たけびを上げる。
「由衣、どうしたの!? しっかりして!」
「ご主人様、ストップ! ストップの魔法をかけて!」
突然部屋に飛び込んできたキナコが、大きな声で叫ぶ。
キナコは、ドラゴンの姿になると影竜に飛び掛かっていった。
……目の前で繰り広げられる二匹の竜の戦い。
……由衣……どうして。
「ご主人様ー! 魔法をはやくー!」
「うん、わかった」
私がストップの魔法をかけようとしたその時。
横からすっと人影が、影竜に向かって飛んでいった。
背中にコウモリのような羽が生えている。
あれって、……魔人のサキさん?
彼女は、影竜の頭まで近づくと。
頭をぽかんと大きくはたいた。
……え?
……うそ。
「アンタはもう、なに理性飛ばしてるのよ、バカなの?」
影竜の目が。
怒りにもえるような赤い瞳から……青い色に変わった。
「いたぁぁい! だって、あいつら人のお姉ちゃんを……」
「ハイハイ、理由はあとで聞いてあげるから。とりあえず元に戻りなさい」
「サキ……絶対生意気! そのうち首にするわよ!」
「やれるもんならやってみなさい! いいから早く戻って!」
サキさんの言葉にうなずくと、影がどんどん小さくなって。
バルコニーにすとんと由衣とサキさんが降り立った。
「ごめんねー。迷惑かけちゃって。ほら、アンタもみんなに謝りなさいよ」
「あのね、サキ。私第一皇女なのよ? 私の方が偉いんだけど」
「いいいから、謝りなさい!」
「……ゴメンナサイ」
私たちが何も言えずにぽかんとしてると。
サキさんは手で大きく円を描いて、ゲートの魔法を出現させた。
「とりあえず、アンタはいったん帰って反省してなさい!」
「えー! やだよ。せっかくお姉ちゃんに会えたのに!」
「いいから、入れ!」
サキさんは、由衣……アリア様をゲートに押し込めるとパチンと指を鳴らした。
ゲートの魔法がパッと消える。
「おほほ、ごめんなさいね。うちの山猿がご迷惑おかけして」
……え。
なんだったの? 今の?