10.お嬢様と第一皇女
「……我が国と、アイゼンラット帝国のお互いの未来の為に。乾杯!」
国王様の挨拶があって。
交流会の歓迎パーティーがスタートした。
会場は、普段だと王宮内の来賓用に使われている部屋なんだけど。
今日は豪華な料理が並べられていてるし。
吹奏楽部のメンバーが、素敵な音楽を奏でてくれている。
――まるで、豪華な舞踏会の会場みたい。
帝国の生徒会メンバーは、一人ずつ国王様に挨拶をしていく。
会長の第一皇女アリア様のほかに。
副会長のサキさん。
真っ赤なショートカットのカッコいい会計のお姉さん。
緑のロングヘアですこしがっちりした戦士のような広報のお姉さん。
紫色の髪のマスコットみたいに可愛らしい庶務の少年。
……みんな美男美女なんですけど!
帝国の生徒会って、容姿が選考基準だったりするのかな?
ふと。
国王様と楽しそうに談笑している、アリア様に目がいく。
あれ?
そういえば……。
帝国の第一皇女っていうと。
一度シュトレ王子に婚約を申し出たんだったよね。
その時は国王様が断ってくれたんだけど。
……不意に胸がトクンとなった。
急に心の奥から不安が押し寄せてくる。
もしも。
もしもだけど。
彼女が、転生者で。
乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』の事も知っていて。
大好きだったキャラと仲良くしたいと思ったら?
シュトレ王子と……。
恋人になりたいと願ったら?
うん。そう考えたら。
これまでの帝国絡みで起きていた出来事って、全部つじつまが合う気がする。
王子への婚約の申し出も。
突然の魔法学校同士の交流会も。
歴史を変えるために……ラスボスを召喚していることも。
「クレナ、大丈夫?」
気が付くと。
後ろからシュトレ王子にふわりと抱きしめられていた。
「顔色が悪いよ? 少し外で休む?」
王子の優しい匂いと、温もりが伝わってくる。
なんだか……この腕の中にいると安心する。
いやだな。
いやだよ。
このぬくもりが無くなるのはいやだよ。
「あの、よろしいですか?」
気が付くと、目の前にアリア様が立っていた。
銀髪の少女の大きな青い瞳が、まっすぐ私を見つめてくる。
「クレナ様、向こうで少し話しませんか?」
唇に人差し指を押し当て、上目遣いで話しかけてくる。
それが、かわいらしい彼女の雰囲気にすごく似合ってるんだけど。
……うん、やっぱり。
私はどこかで、このポーズを知ってる気がする。
「オレも一緒に行ってもいいかな?」
シュトレ王子がかばうように、私の前に立った。
「申し訳ありません。二人で話がしたいのです。少しだけお時間をくださいませ」
二人きりって。
やっぱり、宣戦布告なのかな?
シュトレ王子を譲って的な。
「大丈夫、シュトレ様。少しアリア様とお話してきますね」
「いや、でも……」
「ありがとうございます、クレナ様。嬉しいですわ」
でもね。
決めたんだから。
簡単にはゆずらないって。
悪役令嬢でもなんにでも、なってやるんだから!
**********
アリア様と私は。
会場の応接室を出て隣の控室に入った。
「ふぅ、つかれたー。ああいう場所苦手なのよね」
バルコニーへ続く窓側の大きなガラス扉を開けると、大きなの伸びをしてにっこりと私に微笑んだ。
あれ?
なんだかいきなり態度が違うんですけど。
「せっかく美味しい料理があっても思い切り食べれないじゃない?」
彼女は、バルコニーに向かいながらイタズラっぽい笑顔で笑った。
私も、彼女と一緒にガラス扉から外にでる。
「うーん、確かにそうかな?」
「でしょ! もう生徒同士の交流なんだから、エライ人なんてこなくも良いのよね~」
エライ人って。
アリア様、アイゼンラット帝国の第一皇女ですよね?!
なんだか。
すごくひとなつっこい笑顔。
ホントに、可愛らしい人だなって思う。
「さて、まわりくどのは嫌いなの。はっきり聞くわね」
真剣なまなざしで、私をまっすぐ見つめている。
きた!
やっぱりシュトレ王子のことだよね。
私もはっきり答えるからね!
「アナタ、転生者よね?」
……え?
……あれ?
「あー、隠さなくていいよわ。サキから話は聞いてるから」
あー。そうだった!
魔人のサキさんは、私が転生者なのを知ってる。
サキさんは、自分も転生者だって言ってたけど……。
「……アリア様は、どうしてそれを私に聞くんですか?」
この世界で普通に生活していたら。
転生者なんて気にしないし。
そもそも、存在に気づかないよね。
やっぱり、彼女は……。
「きまってるじゃない! 私も転生者だからよ!」
アリア様は、さも当然といった表情で両手を腰にあてて胸を張る。
「それを、なぜ私に?」
「同じ転生者同士、仲良くなれるかと思ったのよ。それとね」
彼女は、急に顔を使づけて、耳元でささやいた。
「アカリっていう名前に、聞き覚えはない?」
アカリ?
アカリ?
……『朱理』?
突然。
ぱっと、記憶のカギが開いた気がした。
それは前世の私の名前。
何度思い出そうとしても。
記憶の中で……聞き取れない言葉に変換されていた、私の大切な記憶。
驚いて、目の前の少女を見ると。
――泣きそうな顔で微笑んでいた。
「やっぱり、お姉ちゃんだよね? 私、由衣だよ」