48.お妃様と遠い記憶 前編
遠い昔の記憶。
思い出の中の彼女は。
いつも真っ赤な鎧を着て可愛らしく笑っていた。
星が降るこの世界で。
私の大切な大切な。
……たった一人の親友。
「失礼します、トルテ様。まもなく夕食会がはじまります」
「そ、そう。わかりました。すぐにむかいますから」
昨日の夜から興奮しすぎて。
全然眠れなかった。
胸がぎゅっと締め付けられたような気がしてドキドキしている。
こんな気持ち、どれくらいぶりだろう。
だって、今日は。
あの人と。
あの頃の面影がある少女に会えるのだから。
**********
小さい頃から。
自分のいるこの世界に違和感を覚えていた。
どこかで見たことのある風景。
どこかでみたことのある人たち。
でも、それがなんなのか思い出せない。
いつもいつも。
……霧の中を、ずっと歩いているような毎日だった。
わかっていることは一つだけ。
ここは私の世界じゃないっていう気持ちだけ。
「トルテいるー?」
不意に、部屋の窓を叩く音と声が響く。
窓をあけると。
金髪の男の子が、笑顔でのぞいていた。
活発そうな青い瞳が、キラキラ輝いている。
「ねぇ、今日も冒険に行こうぜ!」
すでに、
いつでも冒険に出かけられる恰好をしていた。
「私、今日は部屋で押し花を作るから、いかないわよ」
「そんなー。もうクライスもセルフィスも来てるんだよ。今日はなんとリードもきてるんぜ。な、冒険いこうよ!」
人懐っこい笑顔で手を伸ばしてくる。
もう。
強引なんだから。
でも、不思議と嫌な気分じゃないけど。
この金髪の男の子は、クリール。
小さい頃からの幼馴染で、私の婚約者。
やんちゃな男の子がそのまま大きくなったような性格なんだけど。
これでも。
ここファルシア王国の、第一王子なんだよね。
「はぁ。わかったわよ、準備してくるから少し待ってて」
「さすが、トルテねえちゃん! 話がはやいぜ!」
「あのね! 前から言ってるけど。アンタと同い年だからね! 私」
「えー? だってトルテのほうが誕生日早いよね」
「そんなの、誤差の範囲内よ!」
私たちは、いつもこんな感じ。
婚約者同士なのに、これじゃ姉と弟みたいだよ。
私は、
いつものメンバーだし、そんなに大きな荷物はいらないでしょ。
お屋敷を出ると、庭の手入れをしてた執事に挨拶された。
「お嬢様、いってらっしゃいませ」
「い、いってきます……」
小さな声でボソッと返事をする。
ダメだ、これ以上声がでない。
私はそのまま家の門をくぐる。
外にはすでに、クリールといつもの冒険メンバーが揃っていた。
「トルテは相変わらず、オレ達以外とは話せないんだなー」
「うっさいわね! 性格なんだからしかたないでしょ!」
からかうように笑うクリール。
「その割に、オレらには容赦ないよな、トルテねえちゃんは」
「アンタねぇ……ぶつわよ!」
こぶしを握って近づくと、クリール王子は頭を押さえながら逃げ回る。
「ホントに仲良しですね、アナタたちは」
「ちぇ、見せつけやがって!」
魔法使いのクライスと戦士のセルフィスは、あきれた表情でため息をついている。
もう。
どうみたらそう見えるのよ。
この状況!
不思議なんだけど。
クリール王子も。
クライスも。
セルフィスも。
どこかで会ったことがあるような気がして。
緊張せずに、ありのままの自分でいられる。
遠い遠い昔の記憶。
……どこだったんだろう。あの場所は。
「で、今日はどこにいきたいんだい?」
ボーっとしていたら、近くにいたリードが声をかけてきた。
青い澄んだ瞳に、背中まで伸びた金髪を後ろに一つに纏めた青年で。
本当に……カッコいい。
緊張で声が出せなくなる。
「あ、あ、あの」
「今日はなんと、飛空船も借りてきたんだぜ。これで遠いダンジョンでも余裕だぜ!」
クリール王子は、私とリードの間に入ってきた。
リードにむかって、何度もわざとらしく咳払いしている。
なにあれ。
さては、やきもちとか。
……って、ないかー。
クリール王子って。
今も遊びとイタズラが大好きなおこちゃまだし。
私以外の女の子と出かけるのを見たことないし。
まぁ、本当に。
小さい頃から、姉弟みたいなものだよね。
「さておまちかね、今日の冒険先を発表するぜ!」
クリール王子は興奮気味に、ダンジョンの地図を広げた。
**********
ファルシア王国の一番西にあるダンジョン。
その最深部には、『魔力の実』がなる木があるんだって。
私たちは、クリール王子が借りてきた飛空船で目的のダンジョンまで向かっている。
「なにその実? 魔力があがるとか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。なんでも魔法を使えない人が使えるようになるとか……」
魔法使いのクライスが、優しく微笑みかけてきた。
水色の髪が、窓から差し込む陽の光でキラキラ光ってる。
普通に見たら。
私より数段美人なお姉さんだよね。
んー。やっぱり見たことあるんだけど。こんなシーン。
なんだろう……。
「魔力とかはわかんねーけど! なんだか珍しいみたいだし食べてみたくないか!」
クリール王子が、目の前にひょっこり現れる。
ちょっと。
なんですぐに割って入ってくるのよ。
せっかく何か思い出せそうだったのに。
――まぁ、でも。
そんなに珍しいなら食べてみたいよね。
「それって、毒とかないわよね?」
「大丈夫だって。こんな食べ物らしいぜ」
クリールがダンジョンのマップの端にあるマークを見せる。
そこには、見覚えのある果物のマークが描いてあった。
「……なにこれ、桃じゃない?」
「桃?」
「ひょっとして、魔力の実を知ってるんですか?」
クリール王子と、クライスが驚いた表情で私を見ている。
え?
だって桃よね、これ。
……。
………あれ?
どこで食べたんだっけ?
「なぁなぁ、食べたのか? どんな味だった?」
王子がぐいぐい迫ってくる。
私は、王子の顔を両手で押しのけながら、考えていた。
そんなこと言われても……。
何であの果物の味を知ってるんだろう?
もう、自分でもわからないわよ!