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47.パン屋さんとお嬢様

「いらっしゃいませー。焼きたてのメロンパンはいかがですかー?」


 私は、焼きたてのパンを抱えて広い店内を動き回る。



 ふと窓ガラスに映った自分の姿をみて、思わず笑いそうなった。


 赤い長い縦ロールの髪に、印象的なエメラルド色の瞳。

 胸にはお店のロゴの入ったエプロンをかけている。


 私がパン屋さんで働くなんて。

 ちょっと前には考えられませんでしたわ。


 でも……。

  

「今日はコロネのお姉ちゃんがいたー! メロンパン二つくださいー!」


 魔法学校が休みの度にお店を手伝っていたら。

 私にも顔なじみが出来てきた。


 駆け寄ってきたのは、近所に住んでいるマリーちゃんという小さな女の子。


「今日は、お兄ちゃんは一緒じゃないの?」

「お兄ちゃん遅いから、私だけ先に来たの。メロンパン売切れたらこまるし」


 満面の笑みでメロンパンの入った袋を抱えるマリーちゃん。

 すごく嬉しそう。 


「マリーちゃん、コロネのお姉ちゃんは、そろそろやめて欲しいですわ」

「えー? だってお姉ちゃんの髪、コロネみたいなんだもん」


 貴族だったころから変わらない自慢の髪型ですのに。

 もう。


 でも不思議と、腹立たしくはありませんわ。


「それじゃあ、またね。コロネのお姉ちゃん。バイバイ!」

「気を付けて帰るんですわよ~」


「大丈夫ー!」



**********  


 ここは、ファルシア王国ハルセルト領で一番大きな街『クレナ』。


 数年前に、街が大きくなった時に、名前を変更したんですって。


 ……あの子の性格だから。

 かなり嫌がったでしょうね。 


 大切な親友の嫌がってる姿を想像して、思わず笑ってしまう。



 ――お父様は、貴族を追放されたあと。

 

 なぜかハルセルト領でパン屋を開店した。

 

 実は、子供の頃からの夢だったんですって。

 公爵を譲ったあと、将来的に領内でこっそり開店しようとしてたみたいで。


「クーデター失敗のおかげで、計画が早まったよ」


 とか満足そうに話してましたわ。

 まぁ、おかげで。

 追放されても職があったからいいですけど。


 

「イザベラ、休みの度にこなくても平気だよ。友達と遊んだりしたいだろうに」 

「あら、お父様。学校が休み日くらい、手伝いますわ」

「ありがとう、イザベラ」


「それに……お友達と十分楽しんでますわ」


 店内で働く、もう一人の女の子に視線を向ける。


「パンケーキ焼きあがりました! 美味しいですよー!」


 桃色の髪を可愛らしくまとめてコック帽をかぶった女の子が、パンケーキを抱えて厨房から出てくると。

 店内に大きなどよめきと歓声があがった。


 彼女のもとに、一気に人が群がる。


 ほんとにもう。


 あの子、自分がどういう立場かわかってるのかしら?

 

 この領内で一番の有名人ですのに。



「イザベラちゃん、何気にピンチなんですけどー!?」

「もう。わかったわよ、ここは私が列を整理するから。クレナちゃんはレジをお願いね」

「ごめんね、ありがとーイザベラちゃん!」


 ホントずるいですわ。

 その笑顔をみたら、絶対助けたくなるじゃない。


 ……この子、わかってるのかしら?



 今日は、クレナちゃんと二人で。

 ウチのお父様のパン屋でバイトをしている。


 クレナちゃんが何でうちで働いてるかっていうと。

 自分でちゃんと稼いだお金で、シュトレ王子の誕生日プレゼントをあげたいんですって。



 ……羨ましいわ、シュトレ王子。


 考えてみたら。

 なんで、シュトレ王子なのかしら。


 婚約者っていうのは知ってますけど。


 でも王子でカッコいいってだけですわよね、あの人。


 この子には、もっと似合う人がいると思うのに……例えば……。


 ……。


 …………。

 

 私とか……。

 


「どうしたの? イザベラちゃん? 顔真っ赤だよ?」


 クレナちゃんが心配そうな顔で見つめてくる。

 

 同じコック帽に、お店のエプロンを着てるのに。

 なんでこんなに可愛いのかしら。


「な、なんでありませんわ。さぁ、今度はチョコクロワッサンを売りまくりますわよ!」

「おっけー! 頑張ろうー!」

 

 あぶない。

 おかしな想像をしてしまいましたわ。


「おー! 今日はコロネがいるんだ。マリーに聞いた通りだぜ」


 大きな声でお店に飛び込んできたのは、さっきの女の子のお兄ちゃん、ジョセフだ。


「だから、私はコロネじゃありませんわよ!」


 なんで兄妹そろって、変なあだ名で呼ぶのかしら。


 生意気なジョセフに反論しようとしたら。


 ……当の本人は、クレナちゃんを見て固まっていた。


「ま、ま、まさか。クレナさま、ですか?」

「ええ、初めまして。ジョセフ君でいいのかな?」


 クレナちゃんは。

 ジョセフの目線に合わせて、しゃがんで中腰で話しかけている。

  

「……あの」

「どうしたの?」


 真っ赤な顔で固まっているジョセフに、優しく微笑みかけている。

 こんな子供に、その笑顔はもったいないですわ!


「あの!」

「なぁに?」


「大きくなったら、僕と結婚してください!」


 おお。

 店内にどよめきがおきた。


 はぁ?

 ジョセフ、アナタ今なんて言いました?


「バ、バカじゃありませんの! クレナちゃんには私がプロポーズしたいくらいですのに!」


 あ。


 私、今思ってたことをそのまま口にしたような。

 うわぁ。

 店内が静まり返ってますわ……。


 ジョセフも、クレナちゃんも。

 お父様までビックリして固まってますし。


「なんて、冗談ですわ。ジョセフもあんまり、クレナちゃんをこまらせてはダメですわ」


 店内が安堵のため息に包まれる。


「もう、イザベラちゃん、ビックリしたよぉ」


 クレナちゃんが、すこし顔を赤くして頬をおさせている。


 なんですのもう。

 そんな風に可愛かったら。



 いつか本当にプロポーズしてしまいますわよ!


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