6.お嬢様と転生者の秘密
「○〇さん、例の企画書はいつになったら出せるんだね」
「先輩、いつまで寝てるんですか、怒られますよ」
(やっぱりあれは夢だったのか)
「昼休み終わってますよ、早く起きないと課長すごい顔でにらんでますよ」
(ゴメン、今起きるね)
(それにしても、変な夢だったなぁ。令嬢とか王子様やら……ホント、かなり危ないな……)
ぱっと目を開けると。
そこは何もない、白い空間だった。
目の前には、金色に光る少女のようなものが浮かんでいる。
頭に角のようなものが生えていて、背中に翼が生えている?
まぶしくて、それ以上判別できない。
「〇〇さん、企画書を早く! 先輩起きてくださいー」
口のような部分に手をあて、ニヘラと笑う。
「どうですか、似てます? てへ」
いや、正確には笑ったように見えた。
状況がつかめず、ぼーっとする。
「怒らないでくださいねー。ちょっとしたサービスですよー」
いや、ていうか。これなに!
この状況、どういうこと?
ふと自分の姿を見ると、ビジネススーツ姿。見慣れてきた少女のものではない、大人の手。
前世の自分に姿に戻ってる……の?
「ピンポーン! あたりです!」
え?
心が読めたりするの?
「はーい、なんでもお見通しですよー」
じゃあ、教えてくれる?
ここはどこなの?
「ブブー。質問するときは、ちゃんと声に出してくださいー」
なんだろう。
すごくイライラする。
「じゃあ、教えてください。ここはどこですか?」
「そうですねー。うーん、天国みたいなところー?」
「じゃあ、貴方は神様なの?」
「神様みたいなものー?」
みたいなもの?
「まぁ、同じようなものですよー」
金色に光る自称神様みたいなものが、くるりと1回転する。
「それじゃあ、ご説明しますねー」
パッと目の前が明るくなり、目の前に『ファルシアの星乙女』で出てきた世界地図が映し出される。
「この世界では、流れ星の力をいろんな魔道具にして使ってますー」
「うん?」
「でも、悪いモンスターがどんどん増えて、流れ星を食べちゃってます。このままだと最後に世界を丸のみしちゃいますー」
がおーっと、手を大きくあげてモンスターの真似をしている。
「神様的な私でも、これはちょっと救えない状況。大ピンチですー」
「うんうん?」
「世界を救うには、どうすれば。うるうる」
ぽん!
「そうだ! 地球世界からモンスターを倒せる人を! 勇者を送り込んで、この世界を救ってもらうー」
うるうるとお祈りのポーズ。
さっきから、ずっと一人芝居をしてる。すごいテンションだなぁ。
んー? でも。
「質問、いいです?」
「ハイー、なんでしょう!」
なんで嬉しそうに顔をちかづけてくるの?
そんなにグイグイ近づいてこないで。ホント眩しいから。
「今の話って。妹のやっていた乙女ゲームにそっくりなんだけど」
「あー」
神様みたいなものが、ぽんっと手を打つ。
「当り前じゃないですか、そのゲーム作ったの私ですよー」
……。
え。
何言ってるの、この自称神様。
「考えてもみてください。なんの知識もなく、いきなりモンスターのいる異世界なんかに人を転生させたら、簡単に死んじゃうじゃないですかー」
「うーん、まあそうかなぁ」
「そこで! そこでですよ! 転生する前にこの世界のことを事前に知っておいてもらうかなって」
見覚えのあるゲームパッケージを取り出す。
「こんなものを作ってみましたー」
光っててよくわからないけど、なんとなくドヤ顔にみえる。
手に持っているのは、妹の遊んでた乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』だ。
「しかもこのゲーム、有名な占い師が監修してるんですよ! これから異世界で起こることを恋愛ゲームで体験出来ちゃう親切設計~」
待って。それってつまり。
ゲームの世界に転生したわけじゃなくて。異世界を元にゲームを作ったってこと?
そうすると、これから異世界で起こることって……。
「じゃあ、ゲームであったことが、実際に発生するってことなの?」
「うーん、予言をもとに作ってるので。実際には起こらないかもしれませんー」
「どれくらい当たるの、その予言?」
「んー……50%くらいかなぁ?」
半分かぁ、なんだか微妙な数値な気がする。
「そうすると、例えばクレナが女の子なのは、予言が外れてるんだよね?」
「まぁ、そうですし、違うともいえます」
え? どういうこと?
「転生者は全員、誰に生まれ変わるのか、どんな性別になるかも、完全にランダムなんですー」
ドヤ顔っぽい神様が私を指さした。
「なのでー。あなたがクレナに転生した時点で、性別がランダムになったんです」
よくわからない。
あれ? でも。
今、『全員』って言ったよね?
「ねぇ、他にも、こっちの世界に転生した人がいるの?」
「それはもう、沢山いますよ。ゲームをプレイした地球世界の魂から、転生希望の方をこの世界に送りこんでますよー」
「やっぱり、死んだら異世界転生的な感じなの?」
「そうなりますねー」
なるほどねぇ。
……ん?
「……私、死んだ記憶とかないんだけど?」
「あー……」
「しかも、妹がゲームしてたのを横からみてただけで、プレイはしてないんだけど? 転生の希望も聞かれてないんだけど?」
おや?
なんだか金色の光が急に弱まって、神様のみたいなものの姿が見えるようになってきた。
頭にドラゴンのような角、背中にもドラゴンのような羽が生えている。
ショートボブで大きな瞳の愛らしい女の子が……目を逸らしている。
待って! なぜそこで、目を逸らす……。
「聞いてくださいよ-!」
金色の自称神様みたいな少女が、急にしがみついてくる。
「何故か、何故かですね。地球世界の人って、こっちの世界に来ると前世の記憶が戻らないんですよー」
「それじゃあ、ゲームの意味ないんじゃ……」
「シリーズ累計出荷100万本も売れたヒット作だったのにー」
ええええ? 急に泣き出したよ。
泣きたいのはこっちだよ!
「せっかく転生させたのに、もう全然普通にこっちの世界の人なの。意味ないでしょ! でしょ!」
「ちょっと、わかった。わかったから少し離れてね」
スーツが涙でめちゃめちゃ濡れてるんですけど。
「で。なんで私が選ばれたんです?」
「ぐすぐす。それはですねー……」
「うん?」
「もう、色々面倒だったので。適性がありそうな人全員、そのまま送り込んじゃいましたー」
いやいやいや。
何言ってるの、この子。
呪いのゲームだったの? あの乙女ゲー。
「じゃあさ、前世の自分はどうなってるの?」
「それはもう、きれいさっぱりお亡くなりになりましたよー?」
なにこいつ。当然でしょみたいな顔してるの?
「……異世界キャンセルで。生き返らせてもらっていいですか?」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
「ここに来た時点で、帰り道とかないですからー!」
前世の生意気な妹を思い出す。
まだおじいちゃんがいるけど。あの子、独りぼっちになっちゃう。
いや……あの子なら、全然平気な気がする。
それでも。
「いいから、さっさと元の世界に戻して!」
「暴力反対ですよー」
頭のドラゴンのような角をつかむ。
固いような柔らかいような、不思議な感覚が手に伝わった。
「わかりました、わかりましたから。ゲームのように世界を救ってくれたらもとの世界にちゃんと戻しますからー」
「……本当?」
「それはもう。こっちの世界さえ救われれば、私的にはオッケーですのでー。それと一つだけプレゼントしますよ」
「もしかして、伝説の武器とかすごい能力とかもらえるの?」
「そんな都合の良いものはありませんよー。転生特典はあのゲームの知識になりますー」
「半分しか当たらないのに!?」
彼女が手を振ると、足元に小さな赤いドラゴンが出現した。
「この子をお供にさしあげますー。おしゃべりもできるので、頑張ってクリアしてくださいねー」
子猫くらいの小さなドラゴンがくわぁっとあくびした。
「……なに、このコ」
「魔法少女にマスコットキャラは必須じゃないですかー」
満面の笑みで微笑む少女。
「ねぇ、ホントに戻す気あるんだよね?」
「あ、あたりまえじゃないですかー」
あらためてドラゴンを見ると、私をしばらくみた後、肩に飛び乗ってきた。
やっぱり猫みたいでカワイイ。
「さぁ、勇者よ旅立つのです」
どこかのゲームみたいなセリフを言いながら、再び光出す、自称神様みたいなもの。
眩しい。目をあけてられない。
「……頑張ってくださいね、クレナちゃん」
意識を失う寸前。
自称神様がにやりと笑っていた気がした。
**********
ある日、いきなりお姉ちゃんが死んだ。
前日まで元気だったのに。
朝まで部屋の明かりが付いていたのは知ってる。
土曜日だったし、徹夜でゲームでもしてるのかな、くらいにしか思わなかった。
……思わなかったよぉ。
「しかたないなぁ」
私のワガママに、いつも少し困った顔で、優しく笑うお姉ちゃん。
失敗すると、いつも照れて、可愛く笑うお姉ちゃん。
いつもいつも。
笑顔でいる人だった。
「太陽みたいな人だよね」
誰かが言ってた。私もそう思う。
お姉ちゃんの周りは、いつもポカポカしていて、とても温かかった。
お姉ちゃんは、実はけっこうもてた。
高校に入ってすぐ、ラブレターをもらっていた。
「それイタズラ、からかって遊んでるんだよ」
「ラインのアドレスも聞かれるんだよ」
「それもイタズラ、危険だよ」
「そうか、こまったなぁ」
信じた。お姉ちゃんって天然入ってると思う。カワイイ。
それから、よく私に相談してくるようになった。
「全部イタズラよ、それ」
「おかしいな、真っ赤な顔で避けられたりするの。そんなに怒らせることしたかなぁ」
お姉ちゃんはやっぱり、少し困った顔で笑っていた。
害虫は私が全部ブロックしてあげてた。
お姉ちゃんには私がいるんだし、別にいいよね。
お姉ちゃんの高校の卒業式。
害虫から守るべく、お姉ちゃんの周りをガードしていたあの日。
お父さんとお母さんが事故にあった。
「実は前から仕事ってやってみたかったの。由衣のためじゃないからね」
うそだよ、大学決まってたじゃん。
私も働くよっていったら、気にしなくて平気だよって笑っていた。
……私にはお姉ちゃんが全てで。
お姉ちゃんが私の世界だった。
ずっとずっとずっと。
一緒にいられると思ってたのに。
なんで、ひどいよ!
……。
…………。
気が付くと、真っ白な空間にいた。
……ここ、どこだろう。
不思議な空間をゆっくりと歩いていく。
心臓がバクバク危険を知らせている。
これ以上進んだら絶対に危ない。
でも、なんでだろう。
その先に……。お姉ちゃんがいる気がした。