22.名探偵とお嬢様
<<グラウス目線>>
僕が、王宮に行くようになったのは、八歳の頃でした。
側近、そして友人候補として。
一つ違いのシュトレ王子に紹介されました。
「なぁ、お前さ。そんなに美人なのに、アピールしてこないんだな」
「アピールですか?」
「いや……お前以外の女性は、みんなこう……積極的というか……さ」
はぁ?
今女性っていいましたよね?
なにいってるんですかね、この王子様は。
「まず、ひとつ大きな間違いがあります」
「間違い?」
「……僕、男ですよ?」
「………いや、そんなわけないだろ?」
「声や恰好でわかると思うのですが?」
「……いや、どう見ても女性だけど……」
ふぅ。
この程度の洞察力で、王子をやってるなんて。
王国の未来は暗いですね……。
**********
ある日。
いつも不機嫌なシュトレ王子が、突然目を輝かせて話しかけてきました。
「妖精のような女の子に出会ったんだ!」
すごい笑顔。
まるで別人のようですよ。
ウワサでは。
親に決められた公爵家の令嬢との婚約を破棄。
周囲を必死に説得して、その女の子と婚約したようでした。
あの王子をここまでさせるなんて。
一体どんな女性なんでしょう。
「そんなに素敵な方なんですか?」
「親友のグラウスでも、彼女は譲らないからな! 今は仮だとしても!」
「いえ、そこまでは言ってませんよ」
今まで死んだような目をしていた彼が、急に生き生きとしていて。
友達として嬉しかったのと。
少しだけうらやましい、そう思いました。
僕もいつか誰かを好きになったら、あんな風になれるのでしょうか。
しばらくして。
彼の婚約者さんですが。
なんだか、すごい人みだいで。
宮廷内は、彼女のうわさでもちきりに。
巨大なドラゴンを操ったとか。
強力なモンスター、オーガを倒したとか。
巨大な宗教団体を壊したり。
自動馬車や、魔星馬を考え付いたり。
うーん。
さすがに、話が大きくなりすぎていて。
全部信じることは出来ないですけど。
きっと王家が、王子の婚約者である彼女を『憧れの英雄』にしたいのでしょう。
少しだけ興味がでた僕は、彼女について調べてみることにしました。
宰相の父からも、物事の表だけではなくその裏側も見るように、常日頃から言われてましたから。
**********
王子の婚約者。
伯爵令嬢クレナ・ハルセルト。
――調べれば調べるほど。
彼女は面白い存在でした。
小さな竜を連れた少女は、かつてこの世界を救った伝説の「星乙女」と呼ばれていて。
民衆から圧倒的な支持を受けていました。
なにより。
どんなに調べても、彼女の功績に嘘が見つからない。
つまり。
あれだけのことを、僕と同じくらいの女の子がやってのけたということ。
これは、衝撃でした。
最初は誇張。
あるいは、誰かが仕立て上げたと思っていましたが。
ですが。
本当にあれだけのことを一人で……。
うーん。
考えをまとめるために、宮廷の廊下を歩いていると。
向こうの方から小さな赤いドラゴンが走ってきました。
宮廷内にドラゴン?!
ちいさいとはいえ、モンスターですし。
もしも暴れでもしたら大変なことに。
ここで止めないと。
とっさに、詠唱の構えをとったのですが。
「キナコー! どこにいったのー!」
急に可愛らしい声が、廊下に響き渡りました。
ピンク色のやわらかそうな髪に大きな赤紫の瞳。
髪の色と同じピンク色のおおきなリボンのついたドレス。
妖精のような少女が駆け寄ってきました。
あまりの可愛さに。
呼吸をすることを忘れてしまったみたいで。
息ができません。
「お願いします! そこの子を捕まえてください!」
彼女の声でハッと意識を取り戻した僕は、近づいてきたドラゴンを捕まえた。
「キミのペットなのかな?」
「すいません、ちょっと目をはなしたら走りだしてしまって」
ドラゴンを手渡すと、大事そうに抱きかかえて。
びっくりするような笑顔でお礼を言われた。
なんて幸せそうに笑う子なんだろう。
「大事な子なんですね。迷子にならないようにしっかり抱えてくださいね」
「ハイ! ありがとうございました、お姉さん!」
僕は、ドキドキする心臓を抑えながら、なんとか彼女と会話することができました。
世界がひっくり返りそうです。
こんな気持ちが僕に生まれるなんて。
彼女が見えなくなるまで、ずっと廊下でたたずんでいました。
……あれ?
今彼女、僕のことお姉さんっていってませんでした?
**********
それから。
僕は出会った少女の事を調べ始めました。
というよりも。
彼女の正体は、出会った時から気づいていました。
あの子が、クレナ・ハルセルト。
シュトレ王子の……婚約者。
彼女の笑顔を思い出すと。
今でも心臓の鼓動が早くなる気がします。
でも、彼女は……。
ふと。
父の書斎に明かりがまだついているのに気づきました。
こっそり、部屋の中をのぞくと。
父の姿はなく、床に沢山の姿絵が散らばっています。
なんでしょう、あれ。
部屋に入ると、姿絵は若い女性のものばかりでした。
まさか、父にそんな趣味が!
一瞬、怖い想像が頭をよぎりましたが。
よく見ると、どの絵にも数字が書かれていました。
点数?
でも、仮に点数だとしても、どれも十~二十前後の数字ですし。
何の点数でしょう?
父の机には、シュトレ王子と、クレナの姿絵が置いてあって。
そこにも数字が書かれています。
シュトレ王子には十七。
クレナには十五の数字。
なんでしょう。
年齢だと……だれも一致しませんね。
王子は、十二歳だし、彼女は十歳のはずですし。
うーん?
考えてみましょう。
この絵にかかれた数字には共通点があるはず。
……まさか!
以前、シュトレ王子がボソッと言っていたセリフを思い出す。
あれから、一度も言わなかったので忘れてましたが。
最初に言った言葉。
「今は仮だとしても!」
一体何が仮だったのか。あの時、少しだけ引っかかってはいたのですが。
もしそうだったら。
もしも僕の推理が正しかったら。
この二人の婚約は……あと五年までの仮のもので。
……父は、その後の王子の新しい相手を探している。
あくまでも推理ですし。
確証はありませんけど。
でも。
こんなに胸が躍ったのは久しぶりすぎて。
まだ、これだけじゃ証拠が足りません。
もっと調べるべきですね。
そして、もしこの推理があたっていたら。
その時僕は……。