20.お嬢様と優しい嘘
――数日後。
私の部屋に、お父様を呼んでもらった。
クローゼットの中にはお母様が潜んでいる。
「なにかあったのかい、クレナ」
お父様は、優しい声で私に話しかける。
うん。大丈夫。
クローゼットには気づいてないみたい。
「ねぇ、お父様。お母様って本当に病気なの?」
私は、お母様に言われた通りのセリフを口にした。
「そうだよ、だから、クレナも寂しいだろうけど我慢しようね」
「そうかなぁ、元気そうだったけど~」
「しーっ、黙ってて」
私ににらまれると、ぴょんと肩から飛び降りた。
このおしゃべりドラゴン!
「……クレナ?」
お父様が、不思議そうな顔で、私を見つめる。
もう! お母様の計画が崩れちゃうじゃない!
キナコを抱きかかえて、口を押させようとしたその時。
「嘘よ!」
バンっと大きな音を立てて、クローゼットの扉が開く。
「私には、クレナが病気だからずっと会うのを我慢してっていってたじゃない!」
お母様が、クローゼットから飛び出してきた。
えええええ!?
もっといろいろお話を聞いてからって計画だったはずなのに!
ベッドの上の台本にちらりと目を落とす。
あれ。
でもやっぱり、お母さまは病気じゃないの?
「レディナ! なんでこの部屋に!」
「私が娘の部屋にらいたら、なにか問題があるのかしら」
お父様は、お母様の言葉に、驚いた表情を浮かべる。
「え……キミは、この子が娘のクレナだってわかるの……かい?」
「あたりまえじゃない! こんなにそっくりなのよ? すぐにわかったわよ」
お母様は、私の手を引いて、部屋を出ようとする。
「……奇跡だ」
「え?」
お父様は、私とお母様をひきよせると、強く抱きしめた。
「良かった……本当よかった……」
お父様は、笑顔で……泣いていた。
「レディナ、覚えていないだろうけど」
「……アナタ?」
「キミはずっと呪われてたんだ」
**********
お母様は、みんなが話していた通り、昔、冒険者だった。
ある依頼で、邪悪な魔法使いと対峙することがあって。
お母様は「赤い槍」と二つ名を持つくらい、強くて有名な冒険者で。
魔法使いを塔の最上階まで追いつめる。
いよいよトドメをさそうとした瞬間。地面に仕掛けられていたトラップが発動した。
それは魔法使いの嫉妬。
それはもっとも……残酷な呪い。
――お母様は。
――愛する娘を認識できなくなった。
どんなに娘が近くにいても、風景に溶け込んで認識ができない。
声も聞こえない。
娘が書いた文字も、絵すらも見ることが出来なかった。
お父様は、私たちに優しいウソをついた。
「今は病気だけど、いつかきっと良くなる……会うことが出来るよ」
**********
あれから。
お母様は、別宅から出て、お屋敷に引っ越してきた。
毎日、三人で一緒に朝食を食べている。
まるで、失った時間を取り戻そうとしてるみたいに。
最初は、すごく恥ずかしかったり、お互い気をつかったり。
少しだけぎこちなかったけど。
それもだんだんと落ち着いてきて。
今ではすっかり仲良し家族だ。
「ふふふ、どう、今回は自信作よ!」
「おお、懐かしいな。うん、美味しい!」
「お母様、これ美味し~」
なんだか、ポカポカ温かな雰囲気。
でも、なんで呪いがとけたんだろう?
「それは、前の日に買ったこの壺のおかげだろうな!」
自慢げに壺の説明を始めるお父様。
リビングには、金色に輝く壺が飾られている。
その前には、お供えものみたいなものまである。
もう完全に我が家の守り神扱いなんですけど。
……怪しい。
こんな壺で呪いなんてとけるのかなぁ。
「ねぇ、キナコ。どう思う?」
「なにが?」
「あの壺で呪いがとけると思う?」
部屋に戻った私は、キナコに問いかける。
キナコは、キラキラした目を向けてくる。
しっぽもブンブンふってるんだけど。
なに、この猫ドラゴン。すごく嬉しそうなんですけど。
「それは無理かな。だって呪い食べたのボクだよ?」
「……え?」
「むふぅ。すごく美味しかったよ。また食べたいな~」
そういえば。
倉庫に入ってから、ずっと何か食べてたけど。
あれって、呪いだったの?!
「あのね、ご主人様」
「なに?」
「呪いはね、強い願いと同じなの。だからとても純粋で、美味しいの」
「え? よくわかんないけど。キナコって……すごかったんだね」
正直。
ネコ系食いしんぼうドラゴンだと思ってた。
あー、でも。
呪いですらもたべちゃうって、考えてみたらやっぱり。
食いしんぼうドラゴン……だよね。
「ただ、呪いと影はちがうからね。影には絶対ちかづいたらダメだからね!」
呪いと……影?
よくわからないんだけど?
キナコは何を言ってるんだろう。
でも……。
私は、ベッドの上で、枕に顔をうずめる。
これからずっと、お母様に会えるんだ。
子供の頃に、ずっとさみしそうにしていたクレナに伝えてあげたいな。
『もう大丈夫だよ』って。