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温泉街オーセン

4日目の夜、俺達はオーセンへと辿り着いた。思いのほか早く動いていたみたいだ。中に入るため、門番にステータスを隠したギルドカードを見せる。一応、この街では入る際に昔の名残で身元確認をしているそうだ。俺はえ?必要なの?と最初辺りを見渡したのだが、俺以外にもそういう行動をする人は居るらしく、門番さんは苦笑いだった。何故見渡したのかというと、この街には簡単な柵はあるのだが、他の街にあるような高い壁が存在していなかった。門番さんに理由を聞くと、なんでも温泉に入って見える景観が損なわれるために、壁を全撤去したらしい。ただ、目には見えない魔力結界なるのが常に張られていると教えてくれた。他にも、この街は3つの区画に分かれていて、「混浴区」「男湯区」「女湯区」と呼ばれているらしく、内容は読んで字の如くだそうだ。だいたいの人は、やはり自分の性別区の方で温泉に入るのだが、極稀に混浴に入る強者が居るらしい。ほぼ男らしいが。混浴区も昔は混浴があるだけだったのだが、何でも最近南にある商店の知恵を借り、足湯という足だけ浸かる専用の男女共用の場所が出来たようで、そこが好評らしく混浴区にも人が多く訪れるようになったそうだ。実はその魔力結界もその商店の知恵だそうで、この街の住人はもう頭が上がらないと言っていた。一瞬、商店と聞いて黒づくめの行商を思い出したが、アレがこんな事をする奴とは思えなかったので別人だろう。というか、その商店凄いな。もし、実家に帰る事になったら寄ってみよう。そうして話している内にギルドカードを返してもらい、俺達は温泉街オーセンへの中へと入った。


俺達が入った場所は混浴区の入口だったらしく、今日もすでに夜遅いのでこのまま宿を探して1泊する予定だ。俺は今すぐにでもメアルを探しに行きたかったのだが、慣れない街の上、夜だとどこをどう進めばいいいのかが、さらにわからなくなるため明日に断念した。どうか無事で居て欲しい。混浴区の宿は既に全てが埋まっていたために、俺達は男湯区へと向かったのだが、全員賛成で納屋でもいいので混浴区で泊まる道を選んだ。何故なら男湯区は、ハオスイへと挑戦者と思われる筋肉ムキムキの男達が至る所に居り、その熱気と温泉の湯気でなんかこう……精神がガリガリと削られるような……許容出来ない場所というか……そのような場所と化していた。俺達の判断は間違っていないと思う。そのまま宿の人に頼み込み、納屋で俺達は1泊した。


翌日、宿の人の御好意で温泉に入らせてもらい、メアル探しの第一歩として、ハオスイを探しに行こうとしたのだが、宿の人に聞くとどうやらこの街でハオスイへの挑戦は1つの娯楽になっているらしく、場所は直に判明した。街の中央にある大きな舞台の上でハオスイは挑戦を受け戦っているのだが、それを楽しみに来る人も中には居るんだそうだ。そうして俺達は、その情報を元に街の中央にある舞台へと向かった。




舞台の上には2人の男女が居た。男性は見事に鍛えあげられた体を惜しげもなく披露し、観客達を盛り上げていた。手には大木すらも一撃でなぎ払えそうな大剣を持っていた。その大剣を片手でブンブンと頭の上で回し、観客達を更に煽る。一方、その男性に対峙するように立っているのは、14歳くらいの小さな背丈の少女だった。髪は明るい緑色をしており、2本の角があるかのように、2箇所程がピンと立っている。服装は確実に寝起きだろ?とでもいうような、だぼだぼの上下を着ており、両手は袖の中、片足は服を引き摺っているような状態でどうみてもこれから戦う者の姿ではない。だが、最も俺の注意を引いたのはその目である。幼さが残る小さな顔に眠そうな半眼なのだが、その目は黒く赤い。既にあの玉を飲んでいる状態だと思うんだが、体がひび割れているようには見えなかった。何故だろうか?しかし、あの行商が言っていた「彼女」とは間違いなく、今俺が見ている少女の事であり、その少女が「北の勇者ハオスイ」である事は結果から言えば理解出来た。目の前の戦いは少女・ハオスイの圧倒的な勝利で終わったのだ。開始の掛け声と共に、男性はその大剣をハオスイへと振るうが、ハオスイは微動だにせずそのまま眠そうにあくびをした。見ている者がハオスイの事を知らなければそれで終わったと思っただろう。だが、大剣はハオスイを斬る事もなく、体へと触れた瞬間粉々に砕け散った。その光景に観客は沸き、対戦相手の男性は信じられないモノでも見るかのような視線をハオスイへと向ける。いや、俺だって同じ出来るよ。しかし、男性が向けた視線の先にハオスイの姿は無く、ハオスイは男性の横へと移動していた。そして、ハオスイが何気なく放った拳によって、男性は訳が分からぬ内に街の外へと飛んでいった。多くの観客は何が起こったかわからぬ内にハオスイの勝利が確定しただろうが、それでも大いに盛り上がっていた。


「さすが「世界最強」……圧巻の強さだな。俺でも勝てんなこりゃ」

「世界最強?」


グレイブさんの呟きについつい反応してしまった。


「あぁ、ハオスイちゃんの呼び名だよ。俺の疾風迅雷みたいなもんだ」

「なるほど」


確かに他の人とは違ってデタラメな強さだった。普通剣は当たっただけじゃ砕けないよな……自分の事を考えるのはやめよう。とりあえず、今はメアルだ。ハオスイが居るって事はこの場に居るのだろうか?俺は辺りをキョロキョロと見渡すがそれらしい姿やモノは無かった。直接ハオスイに確認するかと思い、視線を向けるとハオスイはじっと俺を見ていたのか視線が合うと、ゆっくりと俺へと近付き、舞台上から俺の前に立つと言葉を投げかけてきた。


「……あなたがあの子の言ってた人?」


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