前へ次へ
84/217

もう少しでオーセンです

それはオーセンに向かって4日目の事だった。俺達は野宿の後片付けをしていると、1人の男性がこちらへと向かってくるのをフロイドが気付いた。片付けの手を止め、俺達はその男性へと注意を向ける。男性は悠然とこちらへと歩いてくると、お互いの攻撃が届くギリギリの所で立ち止まった。男性は限りなく軽装に近い格好で、足は深い緑色のタイツを履いており、腰に細剣を差し、顔はそこそこ良くて切れ長の目なのだが、何やらこうムカムカしてくる感じの目つきだった。その男性は癖なのだろうか、前髪をくるくるといじりながら、俺達を値踏みするような目つきで見てくる。


「君達もアレかなぁ?もしかして、勝てるとか思ってる系?」

「……何がだ?」

「あっれぇ?ごまかしちゃう感じなの?俺、わかってんよ?アレだろ?君達も挑戦者なんだろ?つまり、俺のライバルって感じなんでしょ?」


とりあえず1発殴りたい。


「……挑戦者って何だ?」


俺が何の事か問うと、返答はグレイブさんから返ってきた。


「ワズ坊、知らなかったのか?温泉街オーセンに現在住み着いている北の勇者ハオスイちゃんは自分に勝った者の嫁になると公言してるんだよ。それで、大陸中に居る強さに自信がある奴が挑戦するんだが未だ負けなしで、それで俺が倒すと色んな奴がハオスイちゃんに挑戦してるんだよ」

「ふ~ん……」


未だ負けなしって相当強くゴツイ人なんだろうか?


「でぇ!つまり君達はぁ、つまりそういう事なんでしょ?」


どういう事だと言いたい。というか、ちょっとの間お前の事忘れてました。まだ居たのか。さっさと帰れ。


「だからぁ、君達がぁ卑怯な手でぇ、ハオスイを倒しちゃうかもしれないからぁ、今俺がぁ、やっちゃう!!みたいな?ついでに、金も頂いちゃおうかなぁ?みたいな」


イラッ!!


要はコイツ、こうやってここで山賊まがいの事をしてるって事じゃないのか?挑みに来る奴をカモにして。という事は、相当強いのだろうか?そうは見えないんだけど。しかも、こっちは俺にSランク冒険者のグレイブさん、インチキ執事のフロイドである。フロイドは別として俺達が負けるとは思えないんだけど。だが、そんなこっちの考えなど伝わらず、、目の前の男性は髪をいじる手は止めずに、空いているもう片方の手で細剣を抜き、切っ先を俺達へと向けてくる。俺はさっさと終わらせようと思い、一歩前に出るがその先を遮るようにフロイドが俺の前に出た。


「このような輩、ワズ様が直接手を下すまでもないでしょう。ここは私にお任せ下さい」

「えっ?いやいいよ。俺がさっさと終わらせるから」

「まぁ、待てよワズ坊。ここはフロイドに任せようぜ。俺はワズ坊の強さは船で見たが、フロイドが戦ってる所は見た事ねぇ。ここで少しフロイドの強さを確認しておきたいんんだ」


……フロイドの強さはどうでもいいけど、どう対処するのかは興味がある。


「じゃあ、フロイドに任せた」

「ありがとうございます」


フロイドは優雅に一礼すると、男性へと向き直る。


「では、私がお相手致しましょう」

「じゃあぁ、君からぁ俺の細剣の餌食にしてあげるよぉ!!」


そう言うと同時に男性はフロイドへと細剣の切っ先を向け、鋭い突きを繰り出した。だが、フロイドは突きを最小の動きで避けると、一気に近付いた男性に向け、手刀を放つが男性は身を低くし、そのまま突きの勢いでフロイドの横を通り過ぎていく。フロイドはゆっくりと向き直り、2人の立ち位置が入れ替わったような状態へとなった。というか、男性はその間もずっと前髪をいじる手を止めないので、むしろそっちの方が気になってしょうがない。


「なかなか、おやりになりますね」

「君もぉなかなかぁ……まさか俺の初撃をこうも見事にかわすとはねぇ」

「執事ですので」


おい、何互いに認め合いましたよ、みたいな空気を出してんだよ。いいから、さっさと終わらせろよ!!ていうか、コイツほんとにいつまで髪の毛いじってんだよ。見てるだけでなんかイライラするんだけど。しゃべり方もムカつくし。


「ふむ……あの男の突きも見事だったが、それをかわすフロイドもなかなかやるようだな」


冷静に分析してる人が隣に居た。いやいやいや、グレイブさんの言う通りかもしれないけど、もう俺はフロイドが強いとか弱いとかじゃなく、何でアイツは前髪いじるのをやめないのかが気になってしょうがない。


「では、今度はこちらからまいりましょう!!」


今度はフロイドから男性へと攻め込むが……


「ちょ、ちょっと待って!!」


と、細剣を持つ手を前に出し、フロイドの動きを止める。フロイドも律儀に止まってるし。


「どうされましたか?何か問題でも?」

「あぁ、大問題だぁ!!先程の動きでぇ、俺の前髪のセットが乱れちゃったよぉ。ちょぉっと直すから待ってくれよぉ」


そうして、フロイドはふむと一つ頷くと、その場で待ち始めた。え?待つの?いやいや、もういいよ、ぶん殴ってさっさと先に進もうぜ。だが、そんな俺の思いとは裏腹に、男性は丹念に前髪のセットをしだした。


「いや、今は戦闘中だろ?前髪がいちいち乱れたぐらいで戦いを止めるなよ」


と、俺がぼそっと言ったのが聴こえたのか、男性は真剣な眼差しで俺を凝視して叫んだ。もちろん、前髪をいじる手は止めていない。現在進行中だ。もうやめろソレ!!


「髪が乱れたままだと女にモテないだろうがっ!!!!!!!!!」


何言ってんだコイツ?そもそもこの場に女性は居ないのだが、何を気にする必要がある。だが、念のため隣の格好良い人に聞いてみた。


「そうなんですか?」

「いや、大事だとは思うが、そこまでじゃないと俺は思う」

「ですよね」


俺もグレイブさんと同じ思いである。そうして、なんだコイツは?と馬鹿を見るよう目を向けた瞬間、俺とグレイブさんの後にあった林の中から2つの影が飛び出してきた。


「ひゃっは~!!隙を見せぶべらぁっ!!」


いや、そこに誰かが居るのはわかってたから。それはグレイブさんも同じだったようで、お互い相手を1発で沈めておいた。なるほど。つまりイライラする男性が囮として注意を引いて、こいつらが後ろから襲う手口だったのか。まぁ、今回は相手が悪かったが。こんな事があったにも関わらず未だ髪をいじっている男性に視線を向けると、顔が青ざめていた。


「あっ……えっと……あれ?もしかして俺ヤバい感じって感じ?」


いい加減髪いじんのやめろや~!!




その後、ここには頭を丸坊主にされた若い男性が、のびてる男2人と共に「↑こいつらは()()人です」と書かれた紙を貼り付けられた状態で木に吊るされていた。前髪を気にしなくてよくなったのだから感謝して欲しい。


結局、フロイドの強さは謎のままだが、もういいやと考えないようにした。

前へ次へ目次