人ではない者
俺を絡めりとり縛り上げている触手は巨大なイカの魔物のだった。確かに縛る力は強いが俺なら何の問題もなかった。ここが海中でなければ。海中で上手く動けない俺は触手を取り除く事が出来ず、縛られたままだ。その間も下半身が魚の魔物は銛で俺を突き、体当たりを仕掛けてくるがダメージは通らない。それでも魔物の攻勢は絶え間なく続く。今や魔物達の標的は完全に俺へと向いていた。
魔物達の攻撃で俺が傷つくことは無いのだが、問題は別にある。海中であるが故に呼吸が出来ないのだ。このままだと溺れて死んでしまう。何とかもがくが触手はガッチリと絡んで縛り俺を離さない。そろそろ息が持たない。俺は最後の力を振り絞り、腕を広げるようにして隙間を作り出そうとするが、そこに意識を集中させたのが悪かった。力を込めた瞬間、意識外から魔物の体当たりを顔にくらった。
「ごぽぉぉっ」
溜め込んでいた空気が一気に口から漏れてしまった。急いで口を閉じるが漏れた空気は戻らない。ヤバい……一気に体に力が入らなくなった。しかも意識がだんだんと薄れていく……本当にヤバい……このままここで死ぬんだろうか……視界もぼやけてきた……
くっ……何も出来ずに……
……終わるんだろうか……
体から力が抜けていく……
口からも残りの空気が出ていき、泡となって昇っていく……
昇っていく泡をぼやける視界で眺めていると、そこに居るはずがない人達が見えた……
サローナさん……タタさん……ナミニッサ……ナレリナ……
そして……アリア……
嫌だ……死ねない……死にたくない……
誰だ……誰が俺を……我を殺そうとしている!!
体の内から力が奔流となって溢れてくる。
頭の中がクリアになっていく。
今の我に空気は必要ない。
「いつまで我をその醜い触手で縛っているつもりだ」
触手を内から掴むと無造作に引き千切る。醜いイカの魔物が痛かったのか暴れ回っている。解放された我は警戒するように周りをぐるぐると泳ぎ回っている魔物達をぐるりと見渡すと、何やら可笑しくなってきた。
「……何やら随分とはしゃいでいるようだが、果たして水が無くても同じように出来るかな?」
我は体に力を込め、海底に向かって拳を放つ。
ドッッッッッッッパアアアァァァァァァッン!!!
放った拳の衝撃によって、この辺り一帯の海水が弾け飛ぶ。空から見るとわかると思うが、海面にぽっかりと穴が空いているように見えるだろう。大きさでいうなら大体そこそこの島が2、3は入るくらいだろうか?いや、4はいくだろうか……まぁいいか。そのまま海底へと着地する。周りには海水がなくなり、ビチビチと跳ねている下半身が魔物達やイカの魔物はどうにも動けないのか触手をうねうねと動かしている。他の魔物達も似たり寄ったりである。おっと、海水が戻ってくるな。
「よっと」
自然とどうすればいいのかがわかる。まるで初めから知っていたかのように。我が手を海面へと向け、力を使うと波は止まり海水がこの場へと戻ってくる事は無くなった。そうしてやっと、この場に魔物以外の存在がある事に気付いた。先程まで逃げていた魚達である。魚達はぴちぴちと跳ねているが、奇妙な事に頭の向きが逃げていた方向とは真逆であった。一体何故?と思ったが、答えは直ぐにわかった。我を助けようとしたのだろう。魔物達にすぐ殺されるとわかっていながら……我は魚達へと優しく微笑み、心の中で魚達のその勇気を讃えた。
「君達は死ぬべきではないな」
魚達へと手を向け力を発動させると、魚達はこの場から消え失せ、海中へと戻った。それを見届けると我はこの場に残っている魔物達へと視線を移す。
「さて……では鉄槌を下そうか」
我は足に力を込め、海底をコンコンと叩く。それだけで大地は鳴動し、隆起し、土で出来た無数の槍となって魔物達を次々貫き殺していく。我はその光景の中、ゆっくりと歩み、巨大なイカの前へと立つ。イカは残った触手を振るってくるが、我には効かない。我へと迫ってくる触手を1本掴むと、そのままぐいっと引っ張り、イカを我の眼前へと持ってくる。イカは引っ張られる勢いにバランス崩して我を潰すように倒れてくるのを、空いている方の手を拳に変え、空に向けるようにイカの巨体へとフルパワーで殴る。
ーーーーーーーーーーーーーーーボッ!!!!!
一瞬でイカの巨体はこの世から消え去り、空にあった雲は大きく穴を開け、一切の遮るものが無くなり、太陽の光がこの場を大きく照らす。照らされたこの場所に生きているモノは既に我しか居なかった。我はこの場を一瞥すると、まるでそこに階段があるかのように、一段ずつ歩いて上へと昇っていき、海上へと辿り着く。
「そうだ、戻しておかないと問題になるか?」
パチンッ!!
指を鳴らすと波にかけていたものが溶け、先程まで立っていた場所が再び海水で埋まり、海へと戻っていく。それを確認すると、俺はその場から飛び立ち船へと戻る。
そこで意識を失ったーーーーー