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ニディ村

ブフさんの話によると、ニディ村は農業と放牧の村であり、乳製品系はニディ村が一番と呼ばれる程らしい。中でも牛は大切に育てられ、村の皆から愛されている存在で、今回逃げ出させる事しか出来なかった事に大層心を痛めているそうだ。というか、背中で「牛道」を説かれるのには参った。牛のここが可愛いだの、こう育ててやればいい乳を出すだの、牛への愛が強すぎる。聞く方の耳にも配慮して欲しい。正直逃げ出したかったのは秘密だ。「宿屋道」といい「牛道」といい、勘弁して欲しかった。適当に「そうですね~」とか「はいはい」と受け流していると、「そんな返事では牛道は極められんぞ」と怒られた。いや、まずその道に入った覚えはないんですが……


そうして、ニディ村へとブフさんの案内の元辿り着いたのだが、村人の姿がまったく無かった。ブフさんも様子がおかしい事に気付くと、どこからか悲鳴が上がる。急いで悲鳴が聴こえた方へ向かうと、村の中にある開けた場所で大勢の老若男女の方々が騒いでいた。皆、こちらとは反対方向の方へ向いていたため、俺達には気付いていないようだ。俺はブフさんを背負ったまま、近くに居る青年へと話し掛ける。


「あの、どうかしたんですか?皆あっちの方向いてますけど?」

「あぁ、実は……って誰?てか、ブフ爺さん!!牛探しにって、傷負ってんのか?」


忙しい人だな。


「うるさいのぅ……ほれ、大丈夫じゃ」


ブフさんが俺に背負まれたまま、腕をブンブンと振り回す。危ないからやめて下さい。


「それで、モルフよ。この騒ぎは一体なんじゃ?」


モルフと呼ばれた青年は、ブフさんのその言葉で思い出したように、ハッとした顔になり、ひそひそと声量を落として話し掛けてきた。というか、俺はいつまでブフさんを背負っていればいいのだろうか……


「……実は今、また盗賊共が来て……今度は大人数で攻めこまれて、ついさっきフラフが人質に取られちまった……奴等、俺達が儲けてるはずだからって、フラフの命が惜しければ村中の金品をよこせって要求してきたんだ……」

「なんじゃと!!!」


こら暴れるな!!うっかり落としちゃうかもしれないじゃないか!!


「えっと、それで金品を今集めているんですか?」

「いや、俺達が儲けてるなんてないよ。金のほとんどは愛する牛達のために使ってるから……て、ほんとに君誰?」

「あぁ、ワズと言います。この村を目指していたら、このブフさんが倒れていたので介抱して送り届けたんです」

「そうか、ブフ爺さんが世話になったな。助けてくれてありがとう。こんな状況でなければ良かったんだがな……」

「それで今はにらみ合いをしている感じですか?」

「あぁ、フラフにナイフが突きつけられてて身動きが取れないんだ。ここに金は無いっていくら言っても信じてくれないんだ」

「ふ~ん……とりあえず、様子を見なきゃ対応が取れないか……」


ブフさんを下ろして、モルフさんの先導で俺達は最前列へと向かった。その間にフラフについても聞いてみると、どうやらフラフは12歳の女の子でブフさんの可愛い孫娘であった。だから、先程怒っていたのか。


最前列に立って対岸を見ると、盗賊達は30人程が居るのが見えた。その中心に立っているのが頭だろうか?髭をもっさり生やした大男が先程からさっさと金を出しやがれと騒ぎまくっている。その手にはナイフと、その切っ先が首筋に当たっている女の子が泣きそうな顔で捕らえられていた。彼女がフラフだろう。周りの盗賊達も剣や短剣を構えて、こちら側を威嚇していた。


「おらおら、いい加減金持ってこいよ!!」

「ついでに、綺麗処の女も連れてっちまおうぜ」

「そうだな、たっぷり楽しませて貰おうぜ!!」


聴くに耐えないな。俺はさっさとこの騒動を終わらせようと1歩前に出るが、その横をブフさんが駆けていく。


「キサマァ!!ワシの孫娘をさっさと離さんかぁ!」


ちょっ!!いくらなんでも無謀すぎるでしょ!!


「なんだテメェ!!状況がわかってんのかぁ?」

「おじいちゃん!!!」


盗賊がブフさんに見せつけるように、フラフを前へと突き出す。ナイフはもちろん首筋に当てたままだ。ブフさんはその光景に足を止めたので、後から着いてきた俺とモルフさんが庇うように前に出た。


「テメェらも動くなよ!!動いた瞬間、このガキの命は終わりだからな!!」


正直、俺の速度ならフラフを助ける事は出来るかもしれない。だが、無事にとなると保証が出来ない。ナイフが首筋に当てられてる以上、少しでもナイフが動いてしまえばフラフが傷ついてしまう。それは避けたかった。


そんな風に悩んでいると、地面が揺れているような気がした。いや、既に気のせいじゃない。実際に揺れている。その揺れと共に今度は大量の何かが走っているような音が辺り一帯に響いた。


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!

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