そして俺も異世界へ

作者: 治那

 異世界トリップとか界渡りとか召喚とか。

 様々なシチュエーションで先駆者達は旅立った。

 ドアを開けたら違う世界。一歩踏み出したら違う世界。声が聞こえた、手紙が届いたエトセトラ。

 もはやコンプリートの勢いだ。

 だから体育祭の応援練習として学ラン着て鉢巻きを巻いた俺がエールを挙げるポーズのままトリップしたのも、先人の身に起きたことを踏襲したに過ぎないのだ。

 

 何が言いたいのかというと。


 そんな珍しいことじゃないから絶叫するのはやめてほしいわけなんだ。

 組み合わせが悪かったのかな?

 ポーズ決めた男が教卓 (多分) の上に現れたのはまずかっただろうか。

 目の前の生徒達 (憶測) は爆竹投げ込まれた鶏小屋のような有り様だし、横目で伺えばまだ若い教師 (推定) が腰を抜かしている。

 ひょろっとしたお兄さんは「あわわわわ」と腕を必死に動かして立ち上がろうとする。


「あー、すいません。俺は怪しいやつにしか見えませんが無害な存在です。暴れたりしないんで落ち着いてくださいーって……肩、貸しましょうか?」

「えっ。ああっ!? すいません……」


 教卓から降りて教師が立ち上がろうとするのを助ける。

 ちびっこ達が「先生ダメー!」「バカヤロー、先生を放せ!」とか言ってきた。へこむからやめてほしい。まあ、子供達も騒ぎ立てるのに飽きたのだろう。

 立ち上がった先生の側に「だいじょうぶー?」「立てるー?」と心配しながらわらわらやって来た。


「おにーちゃん、だあれ?」

「いきなりでてきたよ」

「わかった! まほー使いだ! てんいまほうで来たんでしょ?」


 俺に対しても慣れたのか怖がらずに話しかけてくる。


「それがなー、よくわからないんだよな」


 正直に答えたら


「迷子だ!」

「お兄ちゃんまいご?」


 俺は迷子認定された。危険人物からちょっと怪しい謎の人にクラスチェンジしたところで、町長と会わせてもらうことになった。

 この町に滞在させてもらえるよう話をしにいくのだ。はしゃぐちびたちを高い高いしてやったら懐かれて、両腕にしがみつかれながら校舎を出る。


「兄さん! 大丈夫!?」


 校門からこちらに突進してくる女の子。

 俺の隣を歩く教師の妹なのだろう。

 よく似た顔だちを悪鬼のごとく歪めて走りながら、腰に差した剣を抜かずに殴りかかってきた。


「あぶねえな! いきなり何しやがる」

「うるさい、この悪漢! 学校から悲鳴が聞こえたと通報があったのよ。あんたの仕業でしょう!」


 確かにその通りだ。だがこの場合不可抗力ということを考慮してもらいたい。

 殴りかかり蹴りつけてくる動きは鋭いが、俺は一発も食らうことなくかわしている。


 え? なんでそんなことできるかって?


 現代っ子のケンカというのはスタンガンという一撃でおしまいになる怖い武器が平然と使われてくるんだぞ。

 避けるのが上手くなきゃぼろ負け確定だ。

 ……ちなみに俺は不良ではない。だが、見た目のごつさから目を付けられやすくいたってまじめな学生である俺はいいカモと見られてよくからまれる。

 正当防衛で撃退を続けた結果、腕っ節の良さと周囲の畏怖、そして親父の拳骨を手に入れた俺だった。


 はっきりと要らないものだが。


 動きつかれたのか女の子はぜえぜえと息を切らして座り込んでしまった。兄貴である教師が心配そうに声をかけている。

 ちびたちは目の前で行われたケンカに大喜びだ。誰も痛い思いをしていないから、劇でも見ている感じなんだろう、

 ちょうど授業の終わる時間だったようで、ちびたちは「またねー」と手を振りながら家路についた。

 俺の前にはへたりこむ女の子と、手を貸して立ち上がらせる兄貴。おい、ふらついてるなよお兄さん。


「とりあえず、この人は町長のところに話をしに行くんだよ。どうやら違う場所から転移してきたみたいだから、知り合いはいないみたいだし、大変だろう?」

「そうだったの……、いきなり殴りかかってごめんなさい。あたしはこの町の自警団に所属しているリンフィアよ」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。僕はこの町の学校で教師をしているエルクトといいます。こちらのリンフィアの兄です」

「俺は大川 康平だ。えーと、さっきまでは学生をしていたんだが、今はどうすりゃいいんだろうな?」


 途方に暮れてみたが、この発言に二人は驚いたらしい。


「ええっ学生ですか!? 歴戦の傭兵かと思っていましたよ。リンフィアの攻撃をことごとくかわしていましたし」

「そうよ! あたしの動きより早く動けて学生って何!? 士官学校なの?」

「いや、俺の動きと学生業は無関係だから。単にケンカ慣れしているだけだよ」


 そんなやり取りをしながら、三人で連れ立って町長のいる役場へ向かった。


 ******


「それで、その人が学校内に現れたというのかい?」

「この町では、大した力のない爺さんしか魔法使いはいないから、彼が召喚したとも思えない。一体どういうことなんだ」


 役場の応接室には町長と自警団の団長のおじさん二人がいた。

 状況説明とその後の検討をまとめて済まそうということらしい。

 合理的でいいね。

 とりあえず、町に唯一居る魔法使いの爺さんにも話を聞こうということで、呼び出された爺さんも合流した。

 俺とエルクトの話を聞いて、「うーむ」と難しい顔で考え込んでしまった。


「これは憶測でしかないのじゃが……、召喚された可能性がある。普通なら、召喚された対象は召喚した術師のもとへ現れるのだが、稀に位置がずれることがあると聞く。それは単純に場所の問題ではなく、時間軸そのものがずれるという可能性があるのじゃ。おぬしが偶然にこちらに迷い込んだならもちろん、召喚されたにせよその場に召還した術師がいないのなら、元の世界へ帰る術はほぼないと言ってもよい」


 さらっと絶望フラグを立てないでくれ。

 しかし帰れないのが確定したなら、すぐにでも生活手段を手に入れなくてはならない。

 ここが戦場の只中とか、どっかの権力者のお膝元とかじゃなくてよかった! 血なまぐさい方向はあんまりなさそうだもんな。


「仕事と住む場所ですか。異界の住人ということで読み書きの教育が必要ですから、即戦力を求める仕事は向いていないでしょうね」

「町の求職課へ回されてきた仕事内容はほとんどが日銭稼ぎですからねえ。薪割とか」

「コウヘイさんはすごくいい動きするわ! 自警団に入れませんか団長!」

「悪い、俺がパス。人を殴ったりとか苦手なんだ」

「ふーむ、残念だな」

「異界の住人は見た目と中身が一致しないものじゃのう」


 この街で生活していきたいと伝えると、求人情報の書類を広げて各々が意見を交わす場になった。ていうか爺さん。あんたは俺をどんな目で見ているんだ。

 あーでもない、こーでもないと意見を交わしているうちに、エルクトが「そうだ」と手を打った。


「僕たちの父は商人でして、僕もリンフィアも跡継ぎにならないから手伝いの人を雇おうとしているんです。どうでしょう、コウヘイさんが良ければ父の所で働きませんか?」


 住むところは彼らの自宅。読み書きの勉強はエルクトから教えてもらえるという好条件。

 ぜひお願いします! と話はまとまった。


 ******


「ところで、おぬしに言っておくことがある」


 町長は会議があるからといなくなって、団長とリンフィアも自警団に戻った後、残った俺とエルクトに爺さんが声を掛けてきた。


「召喚された対象が生物の場合、魔法学的に何らかの補正がかかる場合がある。それは肉体強化などのわかりやすいものだったり、はたまた誰にもわからないようなものだったりする。おぬしのような異界の住人を素材として扱う魔法使いがおるかもしれんので、あまり周囲には身元がばれないようにすることじゃ」


 なかなかに背筋が凍るようなことを言い残して、爺さんも去っていった。


「で、でも父には事情を説明しないといけないですし、町長や団長さんも知っているから、大丈夫だと思うんですが……」

「ああ、本当にやばかったら、最初に言っておくだろう。あれはべらべら話さないほうがいいよってくらいの事だと思う」


 ちょっと舞い上がったテンションを見かねて忠告してくれたってことだろう。

 それよりも魔法学的な補正というのが気にかかる。俺にもついているんだろうか?

 そして、エルクトとリンフィアの家に来たのだが、これがでかい。

 商人だという父親は、さぞかしやり手なんだろうな。はたして、そんな人の手伝いができるようになるのかちょっと不安だ。


「ただいま、父さん」

「お、おじゃましまーす」


 でかい家の中に入っていくと、兄弟とよく似た顔立ちの渋いおじさんがいた。


「お帰りエルクト。そしていらっしゃい、少年。君の話は団長とリンフィアから聞いているよ」


 自警団に戻りがてら俺のことを話してくれたらしい。奥さんは実家の用事で隣町にいるらしく、帰るのは二、三日後とのこと。

 見知らぬ人間の俺を手伝いとして雇うことを、快く受け入れてくれた気のいい主人の為に、俺の頑張りが始まった。

 まずは一般常識としてエルクトから子供向けの教育を受ける。読み書きに始まり、土地の風習、地図の読み方に周辺の地理。計算としては四則計算のやり方がそのまま使えたので、異なる記号と数字を覚えればなんとかなった。

 数学に関しては元の世界と比べてもあまり違和感はなかった。よく考えたら古代文明の時点でかなりの数学的な知識は進んでいたようだから、人間が生活していくうえで必要なことは世界が違っても変わらないのかも、と納得した。面積の出し方とかでかい数字の計算とか。

 暦を作るのは星読みという職業の仕事らしい。名前だけ聞くとファンシーな印象だが、れっきとしたエリートのようだ。


 そして休日になるとリンフィアが絡んでくる。いやこれは誇張じゃないぞ。

「さあ、あたしと組み手をするわよ!」に始まり、「おいしいと評判のケーキを食べに行くわよ」と連れまわされて、何とも疲れる。

 かわいらしい外見に似合わず、自警団に入るくらい腕が立つので周囲の男連中は尻込みして声を掛け辛いらしい。

 女の子は剣を差して町を歩くリンフィアを一種の王子様的存在と感じているようで、二人で歩いていると俺に対して嫉妬の視線が突き刺さる。かなしい。

 なんだか妹ができた気分でエルクトと一緒にリンフィアをかまい倒す日々だった。

 二カ月が過ぎて、教育に一応の目処がついたところでいよいよ仕事が始まった。

 見習いの仕事として、墨作りや新しい紙の補充。伝言係りなどをこなして、夜にはまだまだ家庭教師エルクトによるお勉強。

 忙しくなり、前ほどリンフィアと遊べなくなったのが、なんだか物足りない。


 ******


 半年を過ぎたころから、少しずつ商売のことも教えてもらえるようになった。俺が勤めるイヴォール商家は主として綿花と麻を取り扱っていて、契約している農家を回って商品を受け取り、市場で売っているらしかった。


「ここでは糸にして、布を織ったりしていないんですか?」


 疑問に思ったので聞いてみると逆に驚かれた。


「他の奴らの商売を奪うのか?」


 なんでも、この国では商売は細かく細分化されていて、まとめることをしないらしい。

 建国以来この方針でやってきたことらしいのだが、ものすごく効率が悪く感じる。

 それに仕事内容によってはっきりと格差が出るじゃないか。

 俺は自分の世界のグループ会社の話をして、商売の統合をする利点を説明した。

 自分たちだけで商売を広げると周りの反発を買うことは必至なので、それぞれの商売のマニュアルを持っている商人たちと協力体制をとることにした。

 こちらの住人にとっては突拍子もない発想で、受け入れてもらうのに時間がかかったものの、三年かけてイヴォール家が中心となった商会は地方でも有数の商会として名を馳せることになった。


 俺が隊商を率いて行商の旅に出るようになってから、リンフィアは心配性になった。

 家を出る前には「危ないからしちゃいけないこと10ヶ条」を読み聞かされて、帰った後は感想文のような報告書を書かされた。


「なあ、リンフィアはなんだってあんなに気にするんだ?」

「いやあ、兄としては複雑ですねえ。でも君なら嬉しいとも思いますよ」


 エルクトに聞いてもさっぱりだった。


「旦那様。俺ってやつはほっといたらどうにかなりそうな雰囲気でも出してるんでしょうか」

「どうにもなってほしくないからあんなに心配するんだろうけどね。まあ君になら喜んで送り出すよ」


 主人に聞いてもイマイチだった。


「奥様。年頃の妹の女心がわからないのですが」

「あらあら。妹だなんて言わないであげて? あの子はあなたに見てほしくて一生懸命なのよ」


 奥様、妹はダメだなんて……、俺はしょせん他人ということですか?

 落ち込んでしまい部屋でぐれていると、なんだか眠くなってきた。つくづく俺は悩み事に向いていない。

 眠る俺の顔に何か柔らかいものが触れている。意識がゆっくりと浮上してきて、ぼんやりしながら目を開けた。

 輪郭がぼやけるほどの至近距離でリンフィアの顔がある。何してるんだろう? と思う間もなく、閉じていた目を開いたリンフィアは俺と目が合うと悲鳴を上げて後ずさった。


「あ、あ、あの、ごめ、なさい」


 どもりながら謝ろうとする真っ赤な顔を見て、彼女が俺のことを好きなんだと唐突に悟ってしまった。

 ちょ、え、マジで? いつから俺のこと好きだったんだ? 最初は絶対遊び相手兼兄貴代わりだったよな?

 だから俺もついつい妹に対する兄貴気分で接してきたわけだけど。

 つらつら考えているせいで黙り込んでしまい、それがマイナス方向に解釈させてしまったのか、泣き出したリンフィアは部屋から出ていこうとした。

 そうはさせじと腕を掴んで引き止める。


「悪い、逃げないでくれ。お前の気持ちがわかったから」

「……!!」


 じたばたと暴れるのを抱きしめて抑え、一世一代の告白をした。


「俺も、リンフィアが好きだよ」


 ピタッと腕の中で動きが止まる。

 そうだ、ずっと好きだったんだ。同じ家で暮らして、リンフィアの父親の元で仕事をしていて。

 妹として扱わなければ許されないんじゃないかと思い込んでいたけれど、本当はちゃんと女の子として見ていた。


「あ、あたし……コウヘイのことが好き」


 赤い顔のまま、泣いたままで気持ちを告げるリンフィアはものすごく可愛かった。


 ******


 そして月日は流れて、俺は国一番の商会の長となり、女性として初めて自警団の団長となったリンフィアに婿入りしてイヴォールの姓を名乗っている。

 一人娘のアリシアにはこちらの名前の他に元の世界の名前として、大川 留美子という名前を付けた。


 母親が、もし生まれた子供が女の子だったら付けたいと言っていた名前だ。


 吹聴しないよう言い含めて、俺の素性と娘自身の特異性については説明しておいた。

 数年前に大往生した魔法使いの爺さんの話では、どうも召喚対象が娘である可能性が高いらしい。

 俺は娘を生み出すためにこの世界に呼ばれたという、何ともスケールの大きな召喚じゃないか。

 どうやらそれが俺の魔法補正だったようで、本命召喚者かもしれない娘にも、何かしらの補正がかかっている可能性があるが、それが何かはわからない。

 異世界トリップで本命じゃなかった展開の中でも珍しいタイプなので、どういう対処をすればいいのかわからない。

 とりあえず、俺の跡を継いで商人の道を志す娘にはどんな状況でも落ち着いて対応できるように日頃から言い聞かせている。

 リンフィアは「力ずくで抑え込まれないように」と護身術の伝授に余念がない。

 そうして大事に育てた娘が、『異界から来た男が現地の女性と結婚して生まれた娘』略して『異界から来た娘』として歴史に残る存在になるとはまだ知らない俺達だった。