魔女の顕現 聖女の降誕
※この作品はフィクションです。実在の宗教や団体、企業等を批判する目的は一切ありません。が、宗教をモチーフとしているのでどのような表現が出ても不快感を現実と結び付ける事のない方以外にはお勧め致しません。
父は物静かな人だった。
母は美しい人だった。
家族の住む家は集落から少し外れの辺りにあったが、農作に適した土地以外に家を作ったというだけだったので特に疎外されている訳ではなく、近隣の住民と手を取り合いながら日々慎ましく生きていた。
その家には幼い姉妹が居た。
幼いながらも二人とも見目麗しく、姉は実り豊かな稲穂のような黄金色の髪と澄んだ泉のような瞳。妹は静謐な月光とまごう白金の髪と宵の口の空の瞳。二人は仲睦まじく、好奇心はあれど臆病なところのある妹を姉が安心させるように手を引く様は微笑ましいものだった。
長く続くと思われた家族四人での暮らしは、残念ながら父母の急逝により絶たれてしまったが、それでも心優しい村人達の手を借りながら姉妹は助け合い生きていた。
だが。
悪夢は突然訪れる。
ある日、妹は姉の言いつけ通り森から野苺を籠一杯に摘んで家に帰ろうとしていた。姉は妹が歩くことも出来ない頃より両親の言いつけを破りこっそりと森に入っていた為、森の動植物を知り尽くしていると妹は考えていた。姉に言わせればまだまだだそうだが、そうでなくとも実りの少なくなった畑の土を森のものと少しづつ入れ替えてみたり、寒さ暑さに強い作物を生み出そうと苦心している姉は素晴らしい人であると思った。ここ暫くは村人に請われ、その知識を使い薬師のようなこともしている。姉の薬は評判が良く、近隣の村にも届く程だそうな。今日は冬にむけてめいっぱいの野苺をジャムにするのである。普段は薬草を煮出すことにしか使っていない大鍋を使うから少し匂いがうつるかもしれないが、味は素晴らしいものになるはずだ。なんていったって、植物を知り尽くした姉と作るのだから——出来たてのジャムを使ったパイの味を想像し、口の中に涎が溜まる。そわそわと落ち着かないのを隠せないままに、妹は家の戸を開けるのだった。
「ただいまー!……あれ?」
彼女を出迎えたのは静寂であった。鍋を煮沸する音も、ましてや姉の応えもない。妹は肩透かしを食らって少し不満気な様子を見せたが、嗚呼そういえば姉のことを聞きつけ、他所の人がわざわざ会いに来ると言っていたと思い出しーー普通は定期的に訪れる行商に頼んで薬を渡す程度であるーー恐らく村長の家に行っているのだろうと、籠を提げたまま村の方へ足を向けた。
異変は村でも起こっていた。何時もすぐに誰かしらが声をかけて来るはずであるのに、今日は未だ誰からもそれが無い。一体全体どうしたのかと周囲を見回していると微かに声が聞こえた。広場からである。その声の方に姉のことを知っている人がいるのではと、妹は小走りでそちらへ向かった。
「すみませーん、誰かお姉ちゃんが何処に居るか……」
そこに居たのは見たことも無いような上質の服を来た人の前で鎧姿の男達に拘束された姉の姿であった。
「なんだ、この餓鬼は」
そんなこと、こっちが言いたい。何なのだ、私と姉の平穏な生活を、大好きな姉を脅かすお前等こそなんなのだーーそう頭はまくし立てているのに、肝心の口はまんじりともしないのであった。しかしそれは結果的には幸運であったのかもしれない。彼女が何の言葉も紡げずにいたから、彼女はその時の命を救われたのだから。しかしてその所為で彼女達の運命は決してしまったのだから、必ずしも幸運であったとは言えないだろう。
「その子はーー近所の身寄りの無い子です。私が出した指示に従ってはいましたが、何故それをするかの理由は理解していません。ただ野草取りをしていただけ、それで日銭を稼いでいるだけとーーそう認識するよう私が仕向けました。」
それまでただの一言も発さず妹を見ていた姉は、その顔を真っ直ぐと自分の前の人間へと向けた。それは彼女の高潔な覚悟の現れであった。然し乍らそれは彼女の前で踏ん反り返っている者にも、彼女を取り押さえる男達にも、彼女の妹にもわからなかった。妹を何としても守るという姉の意志はその年頃の子供に相応しくない程固く、それを理解するには妹は幼過ぎた。
「お、お姉……」
「私が」
そうして、二人の道は別たれた。
「私が、魔女の力を使い、操っていた子供です。」
この発言により、稲穂の髪と清漣の瞳を持つ少女ーー『魔女』カタリーナが誕生した。
そして、時を同じくして。
「どうして……どうして!?ねぇ、どういうこと?お姉ちゃんが、そんな、お姉ちゃんが魔女って、ねぇ!」
混乱しきった妹の言葉に、『魔女』を取り押さえていた男の一人が親切にも答えた。
「残念だな、嬢ちゃん。お前が姉と慕った女は悪魔と契約したっていう『魔女』だったのさ。騙されてたって訳だ、この人々に恐怖と混乱を齎す悪の手先に」
「そん、な……うそ……嘘よ……」
「嘘じゃないさ。まぁまだ真偽の程はわからんが、あのお偉方の様子からして裁判にかけるまでもなく『魔女』だろうよ」
「だ、騙されてた……?そんな、だって、お姉ちゃん」
「奴らは"絶対悪"なのさ。酷なようだが、それが教会の『事実』だ」
この言葉に『魔女』の妹であった少女は、復讐を決意した。それは彼女から『姉』を奪った教会にではない。教会に連れて行かれたのは『魔女』であり、彼女の姉ではなかった。彼女から『姉』を奪ったのは、魔女。優しい姉の皮を被り彼女を騙し続けていた『魔女』である。そして、彼女は此の世から一切の『魔女』を取り除くことを決めた。何故なら彼奴等は"絶対悪"であるからだ。
復讐者となった、月光の髪と夜空の瞳の妹ーーエカテリーナは、『聖女』と呼ばれた。
かくて、物語は始る。
文を書くリハビリがてら始めましたので、更新速度には期待しないでください。
9/9段落頭の一文字空けがやっと出来ました。