王女の夢-ブリアナ-
ブクマ、評価ありがとうございます。本日二話目です。これで完結となります。
「お兄さま、どうしてフレデリック王子と結婚できないの?」
姿絵を見て、一目で好きになった4歳年上の隣国の王子様。
黒い髪に青い瞳。
背も高くて、とても優しい顔立ちをしている。この国のどの貴族よりもかっこいい。
10歳のわたしにはキラキラして見えた。
「もう婚約者がいるからと断られてしまった」
「でも、王女であるわたしの方が身分が上でしょう? その婚約者を側室にすればいいじゃない」
拗ねたように言えば、お兄さまは仕方がないと抱き上げてくれた。
「もう少し待っていろ。必ずお前を隣国の王妃にしてやるからな」
「約束よ?」
その約束が守られることはなかった。
お兄さまと約束した一年後、わたしはサルディル国を侵略した国の王族として身分を剥奪され、お母さまと一緒に幽閉されることになった。
国王であるお父さまと王太子であったお兄さまは侵略した王族として処刑されたのだ。
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わたしはエディーラ国の王女よ。
皆に傅かれ、蝶よ花よと育てられた。
それなりに王族のマナーとか習っていたけど、いらないじゃない?
だって、お父さまもお兄さまもわたしがどんな態度をしても可愛いって言ってくれるし、ちょっと畏まって挨拶すればよそよそしくて好きではないというんだもの。お母さまは侯爵家から嫁いできたからマナーはとても煩いけれど、この国で一番偉いお父さまがいらないというのなら、いらない。
「こんなところ嫌! 早く王宮に戻して!」
癇癪を起して、質素な食事が並ぶテーブルの上にカップを投げつけた。がしゃんと大きな音がして、パンとスープがこぼれた。テーブルから床に落ちた食器が甲高い音を立てて割れる。
「ブリアナ」
困ったようにため息をついたのはお母さま。
王妃だったのに、今では庶民のような質の悪いドレスを着ている。髪だって綺麗に梳かしつけているけど、ぱさぱさしていて宝飾品が何もない。
何もかも嫌だった。
何もかも悪夢のようだった。
こんなおいしくない食事は食事じゃない。
こんな物置のような部屋は部屋じゃない。
下着だって自分で洗わなくてはいけないなんて、おかしい。
「お母さま、どうしてお父さまもお兄さまも誰も迎えに来てくれないの!」
「エディーラ国は負けたのです。生きているだけでもありがたいこと……」
何それ、何それ!
こんなみじめな暮らしをしてまで生きていたくない。やっぱりお母さまは王族じゃないからそんな風に思えるんだわ。
癇癪を起していても、時間は流れていく。わたしだって、現状は理解していた。負けた王族が辿る道もなんとなく。
でもね、転機というのはちゃんとあるの。わたしは15歳になった時、この幽閉場所から出て行くことを決めた。
「ブリアナ、おやめなさい。行っては駄目よ」
お母さまはこの4年で王妃だったとは思えないほど疲れ果てた女になっていた。滑らかだった白肌は荒れはて、顔にはしわが刻まれている。手もふっくらとしていたのに、洗濯や掃除は自らやらねばならないからあかぎれていた。
王妃だったなんてウソみたいな姿。
「嫌よ! わたしは王妃になりたい。フレデリック様の隣に立ちたい!」
その機会があるなら、努力しなくちゃダメじゃない?
すっかり忘れ果てられ、監視も監視の役割を果たしていないこの場所には今のサルディル国に支配された国を良く思わない人たちが集まっていた。
「陛下も心の内では煮えくり返っているのです」
近づいてきた男はそう繰り返した。サルディル国に負けて王に担ぎ上げられた男は田舎に住む貴族だ。ただ前国王の又従兄ということで王に据えられたのだ。直系でない国王もまたサルディル国に報復したいという。
「黙りなさい! そのようなことを言いに来ているのなら帰りなさい」
お母さまは激怒したけど、わたしは男の言う言葉が心から理解できた。こんな状況に甘んじているお母さまがおかしいのだ。
「もし、トルデス国を手に入れる……ブリアナ姫が王妃になることができればサルディル国を叩くことができるし、ブリアナ姫はエディーラ国の王女として身分が復活しますよ」
とろりと毒を含んだ甘い言葉はわたしの気持ちを掴んだ。お母さまが何かを言っているが、どうでもいい。
わたしはもう一度王女として暮らしたい。フレデリック様の王妃となって幸せになりたい。そのための苦労ならなんだってやるわ。
「これはエディーラ国王からブリアナ姫へ渡してほしいと預かってきました」
「なあに? これは」
「エディーラ国の毒花の種でございます。育て方を覚えていますか?」
「もちろんよ! この育て方を知っているのが王族ですもの」
満面の笑みで答えれば、男は満足そうに頷いた。お母さまの言葉も聞かずにわたしは男の手を取った。
******
後宮に入り寵姫になるはずだったのに予定が狂ってしまっていた。協力者の侯爵が自分の姪を王妃候補として婚約者を送り込んでしまったのだ。
フレデリック王の婚約者として城に上がるはずが、わたしは男爵家の娘として王都の一角で暮らしていた。思っていたように事が運ばずイライラしていたが、焦る必要はないとわたしを連れ出した男、今はわたしの父となった男爵は笑っていた。
「あの女はブリアナ様を後宮に入れるために掃除をしているのです」
「どうでもいいわ、そんなこと。わたしが後宮に行くのはいつになるのよ?」
「もうしばらくお待ちください。そう、ブリアナ様が花を綺麗に咲かせることが出来たときになるでしょう」
もっと言ってやりたかったが、黙っていた。男の言う通りにすれば、問題ないはずだからだ。
幽閉場所よりも少しだけいい暮らしをして、花を育てるために孤児院に通っていた。孤児院の院長はとても煩いおばさんだけど、まあ、暇つぶしにはなる。
それにフレデリック様のお母さまの話を聞くのはとてもためになった。きっとお母さまの思想を持ったわたしに心を許すようになるに違いない。彼のお母さまが実現できなかったことを実現できれば、王妃としても優秀だと褒めてくれるはずだ。
ある日を境に劇的に時間が動き始めた。この国来てからすでに2年が経過していた。
「この孤児院の者か?」
一目見てわかった。わたしが見間違えるわけがない。初めて見た絵姿よりも大人になり、王としての風格もある。庶民のような恰好をしているところを見ると、お忍びで視察に来たのだろう。笑みが浮かんでしまいそうになるのを必死にこらえた。
少しでも興味を引こうと、色々なことを話す。彼はとても優しい笑みを浮かべてわたしを見つめていた。じっと注がれる熱い眼差しに胸がドキドキする。
言葉が途切れた時に、ぎゅっと両手を握られた。
「俺の後宮に来てもらえないだろうか」
ほら、お母さま。
わたしはやっぱり王妃になるべき人間なのよ。
どんなところにいても、見いだされるのよ。
******
わたしは寵姫になった。王妃候補から愛妾に落ちたアラーナは色々と嫌がらせをしてくるがそれを逆手にとってフレデリックの寵愛を向けさせた。本当はすぐにでもアラーナを排除したかったが、流石に城を掌握しているヴィリアズ侯爵を敵には回せなかった。
初めて城で会った時に声を掛けたら、かなり驚いていた。無表情を装っていたけど焦ったに違いない。わたしの邪魔をしないでね、そういうつもりでにこやかに挨拶をした。
そして、アラーナにも毒を盛った。わたしの作っている毒花の毒は秘匿された毒だ。それなりの量を飲めばすぐに死んでしまうが、使い方はそれだけじゃない。少しの量でも飲めば、体を壊し長く苦しむのだ。
いい気味だ。寵姫はわたしなのに、自分が一番だというような振る舞いにはうんざりしていたのだ。あの女が死ねば、わたしは王妃になれる。笑いが止まらない。一年も頑張って生き延びているが、地獄のような苦しみだろう。潔く死を選ばないところが醜い。
「ブリアナ様」
護衛として付いてきたのはエディーラ国で暗部をしていた男だ。この男があの毒をアラーナの飲み物に入れた。アラーナの支配下である城でわたしの手足となって動いてくれる。
「なあに」
「国王がサルディル国の王女と結婚するようです」
「はあ?」
楽しい気持ちが一気にしぼんだ。淡々と男が続ける。
「アラーナ様の散財や色々な横領で金がないようです。その資金援助のために王妃に迎えるようです」
サルディル国!
ぎりぎりと歯を噛み締めた。サルディル国の王女が王妃になったらわたしは王妃になれない。一生後宮の隅で暮らすことになる。
「どうしたらいいの? フレデリックはわたしを愛しているのにひどいわ」
どうにもならない状態に髪をかきむしった。
「王妃になる前に殺してしまうのが一番でしょう」
「でも、そうなると攻めてくるのではないの?」
「ヴィリアズ侯爵に罪を着せればいいのですよ。邪魔なものも一掃できます。サルディル国の支配下に置かれますが、いずれ撤退します。その時にブリアナ様にお子様がいればすんなりと王妃になれます」
そうね、そうだわ。サルディル国は反抗しない国は数年である程度の自治権を認めている。その時にわたしが王妃になればいいだけの話だ。子供がいなくても、わたしが寵姫であることには変わりはない。
そう、とても簡単な話だ。
サルディル国の王女を殺せばいいだけだ。
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痛い。
逃げられないように斬られた腱は手当てがされているが、痛み止めが切れると横になっているのも辛いほど痛かった。どこをどう間違えたのか。簡単にイレアナを殺せると思っていたのに、短時間であれほどのサルディル国の騎士が入り込んでいたとは想像を超えていた。ほとんど入れ替わっていたのではないのだろうか。
暗部もいることだからと油断したのがいけなかったのか。サルディル国を侮っていたのが悪かったのか。
薄暗く狭くて冷たい石牢の中で横になったまま、ぐるぐるといつまでも同じことを考えていた。
ようやく外に連れ出された。一人では歩けないので、荷車のようなものに乗せられて運ばれた。馬車に乗せられてがたがたと車体を揺らしながら移動している。何度か夜を外で迎えた。馬車を出る時は必ず夜だから、それだけは認識していた。
どこにいくのか、あまり興味がなかった。考えたところで好転するとは思えなかった。
眼を閉じれば、わたしに剣を向けたフレデリックの顔を思い出す。そしてフレデリックに守られるイレアナを。
その姿を思い出し、心がざわついた。王妃となった女に憎しみが湧く。
「この女か?」
明るい場所に引きずり出されて座り込んだ。ぼんやりと顔を上げてみれば、どこかお父さまに似た面差しをした男がいる。豪華な衣装を身に纏っているところを見ると、エディーラ国王だろう。
一気に意識が浮上した。わたしは祖国に帰ってきたのだ。
「おじ様、お助けください! わたしはブリアナです!」
そうだ、エディーラ国に戻ってきたのだ。王女としてこれから務めればいいだけではないか。手に届くところにわずかであっても血のつながりのある国王がいる。きっと助けてくれる。
「……前国王の娘、ブリアナ姫は5年前に母である前王妃と共に流行り病で亡くなっている」
低い声が無機質に響いた。
「は? 死んだ?」
「お前はよく似ているようだが、ブリアナ姫ではない」
そんなはずない。
だって、わたしは幽閉先でお母さまと一緒に過ごしていた。お父さまだってお兄さまだってわたしを愛してくれた。王宮での生活は今でも心の中で輝いている。王族しか知らない、エディーラ国の毒花の育て方だって知っている。
「確かでしょうか?」
サルディル国からやってきた王太子の代理が静かに問う。エディーラ国王はわたしから視線をそらさずに頷いた。
「ああ。もし証拠が欲しければ墓がある。立ち入りを許可しよう」
嘘だ。わたしは死んでなんかいない。
「我が国はサルディル国との条約を違えるつもりは全くない。だが、このような事態になったのは反勢力を御しれなかった我が国の責任でもある。今後このようなことが起きないように、扇動した者と共にその女も処分したい」
「ではこれからの話し合いをいたしましょう」
二人はそう言って、わたしを見ずに歩き始めた。
「待って! わたしは死んでなんかいない!」
喉が裂けるほどに大きな声で叫んだが、誰も立ち止まらない。誰もわたしを見ない。
追いかけようと立ち上がった。だが、立ち上がった途端にバランスを崩しその場に倒れこんだ。腱を切られた足に激痛が走った。
その場から一歩も動くことができず、茫然と去っていく人たちの後姿を見送った。
「信じて……わたしは王女なのよ……死んでなんかいないのよ」
涙があふれてきた。
どうして誰も信じてくれないの。
わたしはただ。
王妃になって、好きな人と幸せになりたかっただけなのに。
Fin.
最後まで読んでもらいありがとうございました。
色々とわたしにとって学ぶことの多かったお話だったと思います。改善できるところは次回に生かせたらと思います。
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