5.
お祖父さまの厳しい言葉にお父様は真っ青だ。
お祖父さまの表情もかなり険しい。お父様が何を言っても撤回することはないだろう。
お父様は必死の形相で私を見る。
「ソフィア、待ってくれ。それではこの家は傾いてしまうし、マリアの持参金にも困る。ソフィアからもなんとか言ってくれ」
「お父様、この商会はお母様のものですよ? どうして私が嫁いでいくのにこの家に残していかなければいけないのですか? この家にはお母様のものは殆ど残っていないというのに……。お母様のものが壊され、捨てられてもお父様は何もしてくれなかったじゃありませんか。私がどれだけ必死に残されたものを守っていたかわかりませんか? お父様には私たち三人の思い出は不要ということですか?」
「それは、ソフィアが新しい母親に早くなじむためには悪くないと……」
「そんなくだらない理由で私とお母様の大切な思い出を踏みにじったんですか? お母様のものは何も要らないということがよくわかりました。やっぱり、お母様の商会だって不要ですね」
こんな人が私のお父様だなんて……。この人もとっくの昔に私の家族ではなくなっていたのね。
私と父の会話に、お祖父さまもヘルムート様もお父様に対して怒りをあらわにしている。ポツリと「この家は不要だな」と聞こえてきた。
「マリアの持参金もお父様が考えることでしょう? 私には関係ありません。それに私、言いましたよね。私とアルフレッド様との婚約解消も本当に良いのか、この家のためになるようにしてほしいと。それに、お父様も私には早く家を出て行って欲しいのでしょう?」
義母は何も知らなかったようでかなり取り乱している。私をさっさと追い出したかったのに、私が出て行くことによって生活が維持できなくなることが受け入れられないらしい。
そんな中、突然脳天気な声が聞こえた。
「お父様。私、アルフレッド様ではなくヘルムート様と結婚したいです。ねぇ、良いでしょう? 公爵様の方が良いです。アルフレッド様より地位もあって格好いいですし。お姉様のものは私のものですもの、問題ないですよね。だって私の方が優れているんですもの」
この子は何を言っているのだろうか。頭の中はどんなお花畑なのか見てみたい。いや、見たくないけど。この状況でこんなことが言える図太さに驚きしかない。
そんなお馬鹿なマリアにヘルムート様は冷ややかな笑顔で拒否する。
「なぜ、私が君と結婚しなければいけないのですか?」
「だってお姉様は平民の娘ですよ? 私の方が公爵であるヘルムート様にふさわしいですわ。私はお姉様と違って両親ともに貴族ですし、若くてかわいいです。すべてにおいて優れているんですのよ。ヘルムート様もお姉様より私の方が良いでしょう?」
マリアの顔は私を選んで当然でしょ、といった顔だ。自分の容姿に自信があるのはいいが、品が無い。さらにヘルムート様の笑顔が冷ややかになる。
「断固、お断りです。あなたはとても残念な人ですね。あなたにはなんの魅力も知性のかけらも感じません。私の名前を軽々しく呼ばないでいただきたい。ソフィア嬢が平民の娘というならあなたは没落貴族の娘でしょう。私はソフィア嬢だから結婚したいのです。あなたと違ってとても素晴らしい女性ですから。さぁ、行きましょう。ここは空気が悪い」
マリアは断られると思っていなかったらしい。何を言われたのかわからない、といった感じだ。お祖父さまはそんなやりとりを見て父にはっきりと絶縁の意志を伝える。
「君には本当にがっかりだよ。娘がどうしてもというから結婚させたというのに、娘だけでなくソフィアまでないがしろにするとは……。これまでも散々ソフィアに我慢させてきたのだろう。娘を裏切った男だ。援助だって早々に打ち切るつもりだったが、残されたソフィアがかわいそうだからと続けてきた。しかし、それは間違いだったようだ。こんなことなら早くソフィアを引き取れば良かった」
「そ、それは……」
「私との縁は切れたものと思ってくれ。ちなみにソフィアの母方の親戚一同、同じ気持ちだそうだ。商会と縁のあった取引は全てなくなるだろうな。没落貴族では娘の縁談を探すのも大変だろう。教育の行き届いていない娘ならなおさらだ」
「ねぇ、没落貴族ってどういうこと?」
マリアはこの期に及んでまだ状況がわかっていないようだ。父がマリアにこれ以上失礼なことを言わないように必死に言い聞かせている。
「元々、傾きかけた侯爵の家にソフィアをやるつもりは無かったというのに。勝手に決めおって。この縁談は私の方で進めていたものだ。ソフィアがこの家から離れられるようにわざわざ隣国で探してまとまった縁談だ。今後、一切ソフィアに関わらないように」
どうりで話がスムーズに進むと思ったら、お祖父さまは私が手紙を送る前から準備を進めていたらしい。さすがはお祖父さまだ。
父は顔面蒼白だ。義母は泣き崩れている。マリアはよくわかっていないようで何か喚いている。
「お父様、お姉様にちゃんと言って。ヘルムート様を私に譲るようにって。お姉様が私のお願いを聞いてくれないの。ひどいでしょう」
マリアが馬鹿なことを言っているが、父は相手をする気力ももう残っていないようだ。
ヘルムート様は私には優しい笑顔を向け、エスコートする。お祖父さまも私を守るように並ぶ。私はすっきりした気持ちで家を後にした。
「ラッセル公爵、お待ちください! ソフィアも話を聞いてくれ。誤解だ」
何が誤解なのかしら。
父は必死に引き留めるが、だれも振り返らなかった。