プロローグ -集まる視線-
ラクトラル魔術学院は初代学院長であり、スターレイ王国の伝説的な魔術師アナーヴィオ・ラクトラルの家名から付けられた学院である。
校章はスターレイ王国を示す星が魔術師を示すローブを羽織るような特徴的な構図。
敷地は近くの町も含めて広大であり、校舎の裏に広がる山々や森も学院のものでもっぱら魔術の実験場だ。
創設当初は魔術という学問に興味を持った一部の貴族のみが通うマイナーな学院だったが、現代では魔術師という存在が貴族の間で一般的になったことでこの学院を卒業することが優秀な魔術師のステータスの一つにもなっている。
事実、現在の宮廷魔術師は一人を除いて全員がラクトラル魔術学院の出身なので、宮廷魔術師を夢見る子らにとって入学は夢の第一歩といったところだろうか。
「おい実技一位のこれ誰だ……? 」
「馬鹿知らないのかよ」
そんな夢の第一歩である入学試験の結果が校舎前の広場に張り出されていた。
ラクトラル魔術学院の城のような校舎の前の広場では新入生が集まり、張り出されている筆記と実技の結果を見上げている。
この結果から所属するクラスが決定するので合格通知を受け取って今日学院に訪れた子らは興味津々だ。
その中で特に注目を集めたのは実技の一位の名前――カナタ・ディーラスコ。
「メリーベル王女殿下やトラウリヒの聖女を差し置いて一位だなんて……一体どこの家のやつだよ?」
「ほら、少し前に話題になっただろう公爵家の側近だ」
「宮廷魔術師を倒したっていうあれか!?」
「正直、公爵家の力を示すための戯言かと思っていたが……どうやら本当に実力はあるみたいだ」
ラクトラル魔術学院はその実績からスターレイ王国の王族や貴族はもちろんスターレイ王国と友好関係にある国から留学という形で入学してくる者もいる。
今年はトラウリヒ神国から聖女、シャーメリアン商業連合国からは精霊殺し、他にも他国から数人の留学生がラクトラル魔術学院に入学してきていたが……そんな面々を差し置き、公爵家の側近でしかないカナタが実技で一位をとったことがここに集まった新入生達をより一層ざわつかせていた。
この結果はつまり権力や金銭、国の交友関係を省みる忖度や不正による成績改竄がラクトラル魔術学院には一切ないことを指し示すものでもある。
「どんな化け物なんだろうな」
「それだけの実力があるならどうにかして取り込めねえか?」
「公爵家からどうやって取り込むというのだ」
「とりあえず、学院内の派閥は色々動くだろうよ。魔術の思想は家や権力じゃ縛れねえ魔術師の特権だ」
その実力に目を付ける者。
「主人であるルミナ様より平然と上をとるか」
「くくく、従者としては駄目駄目ねー」
「それか、そうすることを許されるほど信頼されているか」
魔術とは別の視点から見る者。
「……ちっ」
「あの名は先の事件の立役者ですから仕方ありません」
「それでもアンドレイス家の人間が上なのは面白くないな」
最初から対立している者。
「全く、いくら公爵家の側近とはいえ生意気だわ」
「いるわよねー、幼少期にたまたま伸びちゃって後から伸びなくなる才能だけ男……こいつもそうなんじゃないですかメリーベル様?」
「黙りなさい! あの男にだけはかかわっては駄目よ! いいわね!?」
「え? は、はい……」
「かしこ、まりました……?」
カナタの実力を知る者もここにはいる。
見知らぬ養子、見習いの側近候補と前夜祭で少し話題に挙がっただけの存在ではなく……同じ学び舎を共にする同世代の間の中でその名前は一気に注目されてしまう。
無理もない。噂が本当であれば実技一位のこの男は同年代でありながらスターレイ王国が誇る宮廷魔術師の一角を落とした怪物なのだから。
「で……その実技一位様は何でこんなに筆記の順位はひでえんだ?」
「さあ? 腹でも壊してたんだろ」
燦然と輝く実技一位に対して、実技が高順位で無ければ名前が埋もれてるであろう筆記の一〇三位。
他の者が順当に実技と筆記を同じくらいの順位をとっている中、何故こんなに差があるのかと何人かが首を傾げた。
それもそのはず。彼等が知っているのは広まったカナタの噂のみ。
カナタの性格や公爵家の側近になった経緯は勿論、最近まで教育を受けていなかった結果出来上がったアンバランスさなど知るはずもない。
「あ、見てくださいカナタ様凄いですよ! 実技一位です! これはもうパーティーですよパーティー!」
「わ、わ! 流石ですねカナタ!」
「カナタ様の実力なら当然ではあるのでしょうが、本当に一位を獲るとは……」
その名前に広場に集まった新入生達の視線が一斉にそちらのほうへ。
視線の先には無邪気に喜んでいる公女ルミナと護衛騎士、そして使用人らしき女性。
本来なら公女ルミナに注目するのだろうが、今は違う。
「ありがとうございます、結構緊張していたんですけどいい結果で安心しました」
もう一人いる、ルミナと同じくらいの少年に全員の視線が集まった。
「……あれが?」
「なんか思ってたより……」
「普通……ですわね?」
そこにいたのは見た目は何の変哲もない少年。
魔術師の纏う神秘性や強者の堂々とした振る舞いもなく、脅威を一切感じない。
半分が侮った。半分は警戒した。決して前者が特別愚かなわけではなく、どちらであっても問題ない。
――彼等がカナタの事を知る時間は、これからいくらでもあるのだから。
いつもありがとうございます。
ここからは魔術学院編第四部「闊歩する怪物」となります。
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